第12話 野菜のマリネ
朝、目覚めた私はテントの外へ出て伸びをした。
腕時計の時刻を確認すると、今は午前五時。早朝と言っても良い時間だ。世界樹の葉の明かりはまだ弱い。
欠伸をしながら、朝食は何を作ろうかと考える。ヴァルはまだ眠っているようだし……どうするか。
生物野菜袋にはまだ飛び人参と玉ねぎお化けが残っていたはずだ。朝食でそれを使い切ってしまおう。それで野菜袋は空になる。どうせなら、リリーからもっと多くの食品を買っていても良かったかもしれない。
では、今朝の料理を作っていこう。今回は人参と玉ねぎのマリネを作ろうと思う。
必要な食材と調理器具を取り出し、眠い頭で調理を開始。ヴァルのために美味しい料理を作ってあげねば。
まずは玉ねぎお化けの皮をむき、上下を切り取る。そうして薄切りにし、水にさらしておく。
続いて飛び人参。これは皮を向き、千切りにして塩を振り、よく揉む。そうすることで水気が出てしんなりする。
玉ねぎと人参はよく絞って水気を切り、器にまとめておく。では、次はマリネ液を作っていこう。
オリーブオイルと酢、砂糖と塩、コショウを混ぜてマリネ液を作る。別の陽気に作っていたそれを、野菜の入った器に加えて混ぜ合わせれば完成だ。味がしっかりとなじむまで置いておくのが良さそうだが、すぐにヴァルの感想を聞きたい気持ちもある。どうするか。
丁度そのタイミングでヴァルがテントから出てきた。のそのそと歩く彼はまだ眠そうだ。
「お、料理を作っていたのか」
「ええ、野菜のマリネを作ったわ。できれば、もうちょっと何かあると、なお良しだけど」
「だったらパンでも出そう。だいぶ前に手に入れたものがある」
「だいぶ前ってどれくらい?」
訪ねるとヴァルはあごの下に手を当てて考え出した。ちょっと待て。そんな考えるほどに前か。
「手に入れたのはだいぶ前だが、ずっと魔法で異空間に突っ込んでたから問題ない。俺の保存食は腐れことが無いんだ」
「……なら、それをいただきましょうか」
マリネと共にパンを食べることになった。パンはそのままでは寂しいのでバターを塗っていただく。
「それじゃあ、座って。すぐにマリネをいただきましょう」
「了解した」
私は料理の入った器を持って移動する。席に着いて、ヴァルは空間魔法によってパンとバターを取り出す。
それでは、マリネからいただこう。フォークですくって一口。
酢が利いていて酸味がある。ただ、もう少し時間をかけて置いていても良かったのかもしれない。まあまあ美味くできたかな。というくらいの感じだ。
ヴァルの反応を見ると、彼もまあまあ美味いというような顔をしていた。うう、もっと美味いマリネを食べさせたかった。
「まあまあ……だな」
「うう、私の力不足なばっかりに、満足させられなかったわ」
「お前は上手くやってるだろ」
「いえ、今回はちょっと失敗したかもなあ、なんて」
「それは大きなミスなのか?」
「いや、大きなミスをしたわけじゃないんだけど、もっとおいしく作れたかなあって」
言い訳になるから言わないが、眠い頭で作っていたから、いつもとは調味料の分量などを間違えているような気がするのだ。それはちょっとの差だろうが、そのちょっとの差で料理の味は変わる。
「だったら」
そう言ってヴァルはにやりと笑う。
「次の機会があれば、もっと美味いマリネを作ってくれ」
「もちろんよ」
「でもな、エルシー」
ヴァルは私の目を見て言う。
「このマリネは、なかなか良かったぞ。次の料理も楽しみにしてる」
そう言われて、私は少しだけ気が楽になった……気が楽になった?
もしかしたら、私はヴァルのために美味しい料理を作らなければという思いが強くなりすぎていたのかもしれない。次からは、もっと楽な気持ちで作ろう。ほどよい緊張感を保ちながら。あまり気負いして料理を作らなくても、ヴァルは私の料理を楽しみにしてくれているのだから。
でも、私はどうしてそんなにも気負いしてしまったのだろうか。いつの間にか、私の中でヴァルという存在が大きくなっているのか。親しくなってきたから……いや、私は……もしかしたら。
「……どうしたエルシー。考え事か」
ヴァルに訊かれて私は大きく首を振った。彼からすると、今の私は何か焦っているようにも見えたかもしれない。
「いえ、なんでもないわ。それより、ヴァル。今日はこれから何をする予定なの」
「そうだな……」
ヴァルは少し黙っていたが、やがて再び喋り出す。
「今日は明るいうちに水源へ向かおうと思う。水辺の近くには商人なんかも集まっているだろうから、必要な物があれば取引しておこう。できればバジリスクの解体なんかも誰かに任せられれば良いが……俺はリリー以外の商人とは親しくないんだよな。しかし、なんとかなるだろう」
「そうね。それは賛成よ。そろそろ水が無くなりそうだから」
「俺の分は余裕があるが、お前はそうだろうな」
「いざという時はヴァルの水を分けてね」
「構わんさ」
この後、キャンプを片づけたら、まずはダンジョン内にある水源を目指す。世界樹ダンジョンにはところどころ、水が手に入るポイントがある。私たちが行くのも、そんな複数ある場所のひとつだ。
「で、だ。今日は水源からある場所に移動して、また水源に戻ってこようと思ってる」
「どこへ行くの?」
「前にもちらっと話したが、俺の目的はこの層に居るツリーマンだ。もっと正確に言えば、ツリーマンに実る果実が目的なんだ」
「なるほど」
「そのため、ツリーマンの群生地へ向かう。危険な場所だから、ついてくるなら俺から離れないことだ」
ついてくるなら、だって。そんなのもちろん。
「ついていくに決まってるじゃない。そうじゃなければ、誰があなたのために食事を用意するの?」
私がそう言うとヴァルはふっと笑う。
「そうだな。確かに。エルシーが料理を作ってくれるといつも以上に頑張れる」
「これからは、料理を作るのをいつもにしたってかまわないのよ」
するとヴァルが目を丸くして。
「お前……それは……」
困惑する彼を見て、私は自分で言ったことの意味を理解した。耳が熱くなっていくのを感じる。たぶん、今の私の長い耳は真っ赤になっているんじゃないかと思う。それくらいに私の耳は熱くなっていた。
「そう言う意味じゃないからね! そう言う意味じゃ!」
「ああ、分かったから落ち着け。分かったから」
ヴァルになだめられ、なんとか落ち着く。というか、彼も少し焦っているように見えた。え……もしかして……いや、そんなことはないか。私は首を振ってその可能性を頭から消した。だって、まさか、そんなわけ、ないって」
「とにかく、今日はダンジョンの水源とツリーマンの群生地へ向かうのね」
「ああ、水源には昼までに到着したい。そこで昼食としよう」
「水源に商人たちが集まってるなら、そこで何か料理を買っても良いわね。それとも、私が何か作ったほうが良いかしら」
「そんなの、もちろん……」
そこまで言ってヴァルは黙ってしまった。彼の顔は恥ずかしそうで、その先の言葉を言いたくても言えない、というような感じだった。なんとなく彼が何を言おうとしているのかは分かる。
「ヴァル、あなた。私の料理を食べたいのね?」
それを聞くとヴァルは照れながら頷き、私も彼と同じような表情をしているんだろうなと思った。私も、照れているのだ。
「そうだよ。俺はお前の料理が食べたいんだ。食べたいって、それだけだ」
「そうね」
うん、きっとそれだけ。でも、それが確認できればお昼の予定は決められる。
「じゃあ、お昼になったら私が料理を作ってあげるわ。楽しみにしててね」
「ああ、楽しみにしてる」
ヴァルはとてもうれしそうな顔をして、私もその顔を見ると嬉しく思えた。
その後、キャンプを片づけて、私たちは出発する。目指すはダンジョンの水源。今日のお昼はそこで作る!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます