第11話 飛び人参のグラッセ

 では今夜は飛び人参のグラッセを作ってみよう。


 調味料と調理器具を取り出し、人参以外は準備完了。


 これから作るの料理は少し時間がかかる。とはいえ、時間がかかるだけで難しいものではない。


 生物野菜袋から飛び人参を取り出す。この時、人参が飛んでどこかに行かないよう注意しなければならない。人参を取り出したら皮をむき、まな板の上でカット。主に輪切りにし、一部はシャトー切りにしてみた。シャトーというのは異世界ゆかりの言葉らしい。今の私たちの世界には異世界由来の言葉も多く存在する。


 人参をカットしたら、それを鍋に入れ、水を注ぐ。さらにバターと砂糖、少量の塩を加えて加熱する。かまどに火をつける時、今日はヴァルが魔法で手伝ってくれた。


 鍋から水気が無くなり、人参に照りが出るまで煮詰める。この作業が、なかなか時間がかかるのだ。


「しばらく待つわよ」

「しばらくってどれくらい?」

「鍋から水気が無くなって、人参に照りが出るくらいまで」

「それは長そうだ」


 ヴァルは肩をすくめた。でも彼が文句を言うことはない。


「今のうちにもう一品作りましょう」

「もう一品って?」


 訪ねてきたヴァルに私は頷いて答える。


「コカトリスのステーキよ」

「ほぅ」


 シンプルにコカトリスの肉を焼く。それが、人参のグラッセとはベストな組み合わせになってくれるだろう。


「ヴァル。コカトリスの肉を出してくれる?」

「了解だ」


 彼はいつもの空間魔法を使い必要な肉を出してくれた。私はそれを必要なサイズに切る。

今回はコカトリスの尻尾の肉を使ってみよう。切った肉は両面に塩コショウをかけておく。


 フライパンに油をしいて加熱する。簡易かまどのひとつは使用中なので、ヴァルにもうひとつ出してもらった。彼の魔法があるのでマッチを使わずともすぐに火が起こせて便利だ。


 油が充分に温まったら、コカトリスの肉を焼いていく。片面に焼き目がつくまで焼き、そうしたら肉を裏返す。後はフライパンに蓋をして数分焼く。


 ほどなくして蓋を外し、コカトリスのステーキが出来上がった。美味しそうな匂いが辺りに漂っている。ステーキの匂いだけではない。鍋の中で煮込んでいるグラッセの匂いも漂っている。


「バターの良い香りね」

「こっちの鍋のことか?」


 ヴァルが鍋を指さして言うので、私は頷いた。


「そうよ。そっちの匂いのこと」

「確かにな。肉の方の匂い良い感じだが」

「食べるのが楽しみね」

「ああ、そうだな」


 出会ったばかりのころと比べるとヴァルは私に対してだいぶ素直になったと思う。それでも、時々は素直じゃないと感じることもあるけど……私たちはだいぶ打ち解けたのだと思う。


 それからしばらく待ち、鍋の水気が無くなった。良い感じに照りが出てるし、鍋から出して良いだろう。


 ステーキを皿に盛り、グラッセを付け合わせる。


「コカトリスのステーキと飛び人参のグラッセ! 完成よ!」

「早速食べるとしよう」

「そうね。食べましょう」


 二人で夕食を食べ始める。


 まずはステーキから。ぱくりっ!


 おお、程よく塩コショウが利いていて、しっかり焼けている。味は、まあこんなものか。蛇のような尻尾の味には興味があったが、それほど変わった味ではないな。というか鶏肉のような味がする。


 さて、グラッセも食べてみよう。


 ……うん! こっちはかなり良い!


 バターで煮た人参はやわらかく、口の中でほくほくと感じられ、噛めば濃厚な味が口に広がる。鍋の中で煮られた人参はその中にバターを始めとした調味料、そして人参自身の味が凝縮されている。一度湯に溶け出た味が再び人参の中に詰め込まれているのだ。これが上手くならないわけがない!


 ヴァルの方を見ると、彼はそれを嬉しそうに食べていた。彼の口元が緩んでいるように見える。


「どう、ヴァル。美味しい」

「そうだな……まあ……良いんじゃないか?」

「なかなか美味しいとは言ってくれないわね」

「だが、良いぞ」


 素直なところもでてきたけど、こういうところは素直じゃないわねえ。でも、彼が嬉しそうに夕食を食べているので良しとしよう。


 夕食を終え、片づけも済ませた。私たちは夜のキャンプ場でのんびりと過ごしていた。辺りには世界樹の葉がわずかに灯り、薄暗い。


 私は座椅子に座りながら、体面に座るヴァルと話していた。話題はヴァルの大学時代についてだ。


「あなたの通っていた大学はクマでも通えるところだったの? あなたと大学のこと、私はもっと知りたいわ」

「ちょっと訳があって、今の俺はクマをやっているが、かつてはエルフだったんだ。大学はクマが通える場所ではなかったよ」


 なるほど……え!?


「……あなたエルフだったの!?」


 そのカミングアウトは私には驚きをもって迎えられた。ヴァルは静かに頷く。


「ああ、色々あってな。今はクマをやっている。俺はエルフへと戻る方法を探しているが……それについては、おいおい話すとしよう。今は大学の話だ」

「あなたがクマに変わってエルフに戻ろうとしてる話って、凄く気になるんだけど」

「おいおい話す。今は話す気分じゃないんだ」


 そう言われると、無理に話せとは言えない。複雑な事情がありそうだし、彼が話す気になるまで待つとしよう。凄く気になるけど。


「さて、大学についてだが、俺が通っていたのはこの世界樹がある……」


 そこでヴァルは一度黙る。


「確認だが、今もこの土地に存在する国の名前はアルマニアだよな?」

「ええ、そうよ」

「それは良かった。数百年も経てば国が変わってるなんてこともあるだろうからな。アルマニアが健在なようで嬉しいよ」


 アルマニアというのはこの世界樹が存在する自然豊かなエルフの国だ。ユーロン大陸の東に位置している。


「そこで俺はアルマニア大学という場所に在籍していた」

「うっそ。超名門じゃない!? 昔は魔法の大学だったって聞いてたけど、本当だったのね!」


 まさかヴァルが通っていたのがアルマニア大学とは思わなかった。


「その口ぶりだと今は魔法を教えてないのか……いや、外の世界はもう魔法が失われようとしていたんだったな。だが、大学自体は残っていたようで嬉しいよ」

「アルマニア大学と言えば、国でも最も長い歴史を持つ名門よ。今も、そこからは多くの政治家や、科学者や、世界を動かすような人たちが出てきてる。ヴァルって凄いのね」

「まあな。俺が通っていたころは魔法を教える大学だったよ。まあ、良い。話を続けよう」


 それから、ヴァルはかつてアルマニアで教えていたと言われる様々な授業について教えてくれた。詠唱呪文から、魔道具について、魔法薬の精製や、キメラの研究など、それらの話はまるで別世界の御伽噺のようにも感じられた。


「特にキメラの研究は危険で、気をつけていなければ命にかかわることもあった。なにせ相手は魔獣だからな。隙を見せれば襲われる。実際、キメラに襲われて死にかけたやつが当時の学友に居たよ」

「ぞっとする話ね」

「そうだな。ぞっとするが、興味深い分野でもあった。キメラ研究は戦争や治安維持への魔獣の利用を目的にして発展していったが、中には新たな人類の想像を目指してるやつも居た。それは、ホムンクルスと呼ばれる分野だったがな」


 ホムンクルス……世界樹の外にそのような存在を見聞きしたことはない。おそらく。


「その研究は……実を結んではいないと思う。私はホムンクルスという存在を今知ったわ」

「そうか。結局、魔法によって新人類が誕生することはなかったか。これから科学というものによって誕生する可能性はあるのだろうが」

「あなたはそう思うの?」


 私が聞くとヴァルは悔しそうとも、寂しそうとも、とれるような表情をして言った。


「だって、化学は魔法に変わるものなんだろう。それくらい凄いことをやってもらえないと、かつて人類と共にあった魔法の立場が無いじゃないか」


 それから再び、眠くなるまで私たちは話を続けた。

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