第10話 バジリスク狩り

 目的地に向かっていた途中、私とヴァルは骨だけになった魔獣を見つけた。その骨にはところどころに噛み痕のようなものが確認できる。また、骨のところどころにはスライムがひっついている。近いうちにこの骨はスライムたちに消化されてしまうことだろう。


 ヴァルは骨の前に立ち、それを観察しながらあごの下に手を当てる。


「これはバジリスクのしわざだな。食べられて、しばらく時間が経っているようだ」

「一度確認するけど、バジリスクってどんな姿の魔獣なの? 相手を見ただけで心臓を止める危険な魔獣だってことは知ってるけど」


 その魔獣がどのように危険かはヴァルに教えてもらったが、姿を実際に見たことはない。バジリスクがいったいどのような姿をしているのか知りたい。


 ヴァルは私を見て、それから魔獣の骨を指さした。それは骨だけになっても、それなりの大きさの魔獣だと分かる。生きていた時はヴァルくらいの大きさはあったかもしれない。


「この大きさの魔獣を軽く食べきっているから、俺の予想よりもデカい個体かもしれない。もしかしたら三メートル級の大きさかもしれない。それくらいの大きさの黒いトカゲだ」


 三メートル級のトカゲか……その姿を想像して私は身震いした。ヴァルと一緒に居れば大丈夫だろうが、それはかなり危険な怪物のように思えた。実際、他の魔獣を襲うし、人だって襲うだろう。なにより、ヴァルがバジリスクを怪物と評していた。きっと私には手に負えない魔獣だ。


「バジリスクを放置しておけばこのダンジョンの環境が狂うだろう。あいつは誰かがこのダンジョンに持ち込んだ外来種だ」

「確かに、私も何年かこのダンジョンを行ったり来たりしてるけどバジリスクなんて魔獣の話は聞いたこともなかったわね。誰かが勝手に持ち込んだと言うのなら納得かも」


 とはいえ世界樹ダンジョンはこの大陸でも屈指の広さを誇るダンジョンだ。数年程度の探索では、実は全く知らなかったということもあるだろう。けれど、このダンジョンの中で数百年は活動しているというヴァルの言葉を信じるならば、バジリスクという魔獣は外から持ち込まれた存在なのだろう。


「でも、そんな危険な魔獣を持ち込んだのは、どういう理由なのかしら?」

「そんなことは俺には分からない。魔獣を扱いきれなくなって逃げしたのかもしれないし、何か深い理由があるのかもしれない。だが、このダンジョンや、そこで暮らす者にとっては迷惑な話さ」


 確かに、バジリスクが持ち込まれた理由を考えても仕方が無いかもしれない。それよりも考えるべきは、どのようにしてその魔獣を駆除するかだ。とはいえ、私には駆除を実行する力はないので。全てヴァル任せになってしまうのだが。


「……まあ、任せておけ。倒せない敵ではない」


 私たちは再び移動を開始した。


 腕時計を確認し、時刻は二十時といったところ。世界樹の葉の明かりも弱まり、辺りが薄暗くなったころ、ヴァルが立ち止まった。


「この辺りが、バジリスクに気付かれないギリギリのポイントだろう。ここから奴を狙撃する」

「ヴァルの魔法で?」

「その通りだ。エルシー」


 ヴァルは頷き、そして遠くにある何かを指さす。


「この先、北に二キロほどか。バジリスクの気配がする。今は動いていない。眠っているのか、得物に食らいついているのか、なんにせよ好都合だ。俺の探知魔法は奴の気配を今もしっかり把握している」

「得物が人だとは考えたくないわね」

「そう祈ろう」


 そしてヴァルは呪文を唱える。


「ゴッデスボウ」


 ヴァルの手元に弓が現れる。それは彼が使う他の道具の魔法と同じように光っていて、それでいて他とは違い炎のように揺らめいていた。


「古の魔法。女神の弓の模倣だ。これで射貫くこのできないものは無い。当たるのであればな」

「バジリスクに当てられる?」


 私の問いにヴァルは自信をもって答える。


「魔法ほどではないが弓の扱いも得意だ。魔法は母から知り、弓は父から知った。そんな俺にこの魔法は似合いだろう?」


 そうかもしれない。私が頷くと黒くてごわごわした顔が嬉しそうに笑った。


「バジリスクの鱗は並の魔法を通さないが、この魔法なら通る……見てろ」


 ヴァルは光の弓を構え、そうすると光の矢が出現した。彼は弓をしっかりと引き、放つ。


 一瞬だった。ヴァルが矢を手から話したかと思うと、矢はすでにどこかへ消えていた。ただ、彼の満足そうな顔を見ると、ことが上手くいったのだろうと感じることができる。


「やったの?」


 私がそう聞くと、ヴァルは「やった」と短く答えた。彼の顔は一仕事を終えたように、すっきりとしていた。


「ここにキャンプを置いて、魔除けの結界を張ったら、俺はバジリスクの死体を確認してくる。お前は待ってろ」

「それは大丈夫? 主に私が」

「俺の結界を信頼しろ。それに今はダンジョンも薄暗くなっている。この辺の魔獣たちは落ち着いてくる時間だ」

「……その言葉を信じるわ」


 ほどなくしてキャンプと結界の設置が終わった。


「それじゃあ、ちょっと行ってくる」


 そう言ってヴァルは呪文を唱えた。


「フライト」


 するとヴァルの体がふわりと浮いた。黒くて大きなクマの体が浮いているから、それがなんだか不思議というか、妙な姿に見える。でも、それ以上に私は宙に浮く彼に驚き、羨ましくも思った。


「宙に浮いてる!?」

「この魔法は魔力の消費が激しい。すぐに目的を済ませてくる!」


 ヴァルは遠くへ飛んで行ってしまう。それから少しして彼は戻ってきた。ふわりと着地した彼は呪文を唱える。


「チョイス」


 ヴァルの横に大きな黒色のトカゲの死体が出現した。三メートルはありそうだ。これがバジリスク!?


「本当におっきいトカゲねえー」


 バジリスクの頭には風穴が空いていた。ヴァルの魔法によるものだろう。近づいてつついてみたが、バジリスクが動くことはない。死体ではないから当たり前か。


 死体の瞳はどこを向いているのか分からない。そういえば……今のバジリスクは瞳を見ても大丈夫なのか? なんともなっていないから大丈夫……みたいだが。


「この魔獣の瞳ってそのままにしておいても大丈夫なの?」


 そう訊いてみるとヴァルは可笑しそうに笑った。


「大丈夫さ。バジリスクは相手を睨むことでその心臓を止めるが、それは魔法の力によるものだ。魔法を使えるのはなにも人類に限った話じゃないし、呪文を唱えなくても魔法というものは発動できる。それでも人が魔法を使う時に呪文を唱えるのは魔法のイメージを固めやすくするため。それと魔法を安定して発動させるためなんだ」

「へえー。そうなのね!」


 それにしても。


「ヴァル。あなた随分とこの魔獣について詳しいみたいだけど……」

「その理由か。簡単なことだ。昔、俺が大学に通っていたころ、この魔獣を研究している生徒と仲が良かった。というよりは、そいつの一族と俺の一族とが家族ぐるみのつきあいだったって話だ」


 つまり。


「その人はヴァルの友達?」

「ずいぶん昔に仲違いしたままだがな。あいつは色々な魔獣に詳しかったし、俺も色々と教えてもらった。今も、そいつはどこかでキメラの研究を続けているのかもしれないな。あいつは相当な才能を持ったエルフだった」


 前から思っていたことだが、クマは大学に通えるものなのだろうか。でも、なん百年も昔はクマも大学に通えていたのかもしれない。というか、彼は実際なんという種族なのか。それも私は知らない。魔法を使うクマだなんて、私は最近まで見たことも聞いたことも、なかった。


「アドミト」


 ヴァルが呪文を唱えると魔獣の死体が異空間に収納される。


「さて、エルシー。俺は腹が減った。何か料理を作ってほしい」


 細かいことを考えるのは後でも良いだろう。今は彼のために料理を作ろう。


「分かったわ。美味しい夕食を作りましょう」

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