第9話 古い魔法の話
私とヴァルは世界樹ダンジョンの中を移動している。人が乗って歩いても、まだ充分幅に余裕のある大きな枝から、同じくらいに大きな枝へと渡り歩く。
そのうち、私は宙に浮いている飛び人参を複数見つけた。頭の葉っぱをくるくる回して、飛び人参たちは宙に浮いている。私たちから離れた位置に存在するそれらに手は届きそうにない。
「ヴァル。あの人参を魔法で採ることはできる? 今夜の食事に使いたいの」
「人参か。食料ならコカトリスの肉がまだまだあると思うが」
「野菜も食べなきゃだめよ。今は人参を切らしてるから欲しいのよ」
「……ま、良いだろう」
ヴァルは肩をすくめて、それから魔法の呪文を唱えた。
「ラッソー」
するとヴァルの黒くてごわごわした手元に光り輝く投げ縄が現れた。と、いうよりは投げ縄の形をした光が現れたのか。
「見てろ。お望み通り人参を採ってやる」
彼は光の投げ縄をぶんぶんと振り回し、それを遠くに浮く人参めがけて投げた。投げ縄は見事に人参を捕え、ヴァルは捕えたそれを手繰り寄せる。
「ざっとこんなものだ」
ヴァルは投げ縄から人参を離し、それを私にくれた。
「ありがとう。できれば、あと何本か手に入るかしら」
「了解」
彼は嫌な顔をせず、次々に人参を投げ縄で捕まえてくれた。私はそれらを生物野菜袋に詰め、今夜は何を作ろうかと考える。
「……そうねえ。今夜は人参のグラッセを作ろうかしら」
「なんだ。そのグラッセって?」
「人参のバター煮……と言えばいいのかしら。今夜は楽しみにしてて」
「ああ、楽しみにしていよう」
充分な人参も採れたことだし、移動を再開する。道中はヴァルが一緒に居てくれるので安心だ。いや、いざとなれば私も銃で戦うが。彼のように魔法は使えなくても、一応、私にも戦うための道具はある。
歩きながら、私はふと頭に浮かんだことをヴァルに聞いた。
「……それにしても、道具を模倣する魔法なんてものもあるのね。その道具があれば不要な魔法のようにも思えるけど」
「かもしれないな。さっき見せた投げ縄の魔法は古い時代の魔法だから。学者によっては道具を模倣する魔法こそが、最も古い魔法なのだと言ってたりしたくらいだ」
「へえ。単純に明かりや火を起こす魔法が最も古いものかと思っていたけど」
「俺の話も一説に過ぎないがな。お前が聞いてくれるなら、道中で太古の魔法の話をしてやろう」
彼の提案に私は頷いて答える。
「ぜひ聞かせて!」
「分かった。随分と乗り気なようで嬉しいよ。では、魔法の話をする前にひとつ質問だ。大昔の、さらに大昔の人々はどのようにして火を起こしたと思う?」
その質問に私は一度考えてみる。太古の人々が火を起こすために使っていたもの。
「火打石とか……そうでなければ……木の板と棒で、こう……」
私は手をこすり合わせるようなジェスチャーをしてみせた。それを見てヴァルは頷く。
「そう言うお前が想像するような道具を使って太古の人々は火を起こしていた。そして、太古の人々にとっては、そのようにして火が起きるのが最も自然な形だったかもしれない」
「言われてみると……そうかもしれないわね」
私が火を起こすにはマッチを使うのが一般的と思っているように、昔の人々は火打石を使うのが一般的と思っていたのかもしれない。私にとっては火打石というものは魔法が使われていた時代より、さらに昔の道具という印象だけど。
ヴァルは私の横を歩きながら一本の指を立てた。その姿はなんだか大学の偉い学者さんのようにも見えた。クマなのに。
「では、魔法の話をしよう。魔法とは魔力を現実に干渉できる形にしたものだ。そのような形を作るために最も必要なものはイメージだ。何がどのように働いて、その結果、どのような形になるのか。それをイメージすることが魔法においては重要と言われてきた。世の中にはそういうイメージが曖昧なまま感覚で魔法を使える奴も居たが……ああいうのは例外だ」
「その例外を私は知らないけれど」
「なら、要らない補足だったな。説明を続けよう」
とりあえず、魔法にイメージが必要だということは分かった。私は彼の次の言葉を待つ。
「さて、魔法とはどのようなイメージのものから始まったのか。そのことで学会では二つの意見に分かれていた……少なくとも、俺が国の大学で学んでいたころはそうだった」
「どういう意見で分かれていたの?」
「それは魔法を使う時、大昔の人間は結果をイメージして魔法を作ったのか、過程をイメージして魔法を作ったのか、という話だ」
んん? つまりどういうことだ?
「大昔の人々は火を起こすのに火打石などの道具を使っていたと言っただろう。そのことから、人々は石を打ち合わせるイメージから、魔法で火を起こすためには、火打石を模倣する魔法から作ったんじゃないかという説が出た。実際、そういう魔法はある」
ヴァルは私から少し離れた位置に立ち「見てろ」と言った。私も立ち止まり、彼を見る。
「フリント」
彼の手元に二つの石が現れた。正確には二つの石の形をした光だ。その様子から、先程見せてもらった投げ縄の魔法を思い出せる。
「この魔法は火打石を模倣したものだ」
そう言ってヴァルは手元で光る二つの石を打ち合わせた。そうすると、火花が散る。私がそれを確認した後、ヴァルの手元から光の石が消えた。
「そして、単純に火を起こす魔法もある。火の魔法は人族の得意分野だったな。それも、要らない補足か」
「要らなくなんかないわ。聞いてて楽しい」
「そうか。それはどうも」
ヴァルは照れながら大きなトンガリ帽子を被り直した。彼が照れているとそれがすぐに分かって、なんだか可愛くも思える。
「話を戻そう。火打石を真似る魔法と、単純に火を起こす魔法。これはどちらがより古い魔法なのかということで議論になった。俺が大学に居る間に結果は出ていなかったがな。個人的には前者の魔法が先だったんじゃないかと思ってる」
「それはどうして?」
「何がどのように働いて、その結果、どのような形になるのか。それをイメージすることが魔法においては重要だと言っただろう。魔法というのはイメージの世界だから、火を起こす過程を想像して、単純に火が起きるイメージを作るのは簡単と思うかもしれない。が、これは意外と難しいんだ」
「そうなの?」
私には二つの魔法の違いがピンとこないが……ヴァルは頷く。
「火というものは、人の身近にありながら触れることは難しく、危険だ。そういうものの形をはっきりと想像するのは意外と難しい。それよりは、人の身近にあって、なおかつ触れることも多い道具の方が、形を想像することは容易いとは思わないか?」
「そうね。触れられないものよりは、触れられるものの方が形を想像するのは簡単かもね」
なんとなくだが、ヴァルの話が分かったような気がする。
「大昔の人々は生活を豊かにするため、様々な道具を発明した。それは火を起こす道具や、農具や、戦うための道具などだ。そうして数々の道具を模倣するところから、魔法は発展していき、人々には無くてはならないものにまでなっていったんだと思う」
そこまで言ってヴァルは寂しそうに笑った。
「俺の話はあくまでひとつの説だが、そのように道具を模倣するところから始まった魔法が、最終的には、新しい時代の道具に立場を奪われたのだとしたら、それは……なんだか寂しく思えるよ」
「うん……」
この話を聞いて、世界から魔法が無くなろうとしていることに対するヴァルの悲しみが、より理解できたような気がする。魔法と無縁に生きてきた私が、彼と同じだけ悲しむことはできないけれど、その気持ちはもっと理解したいと思った。
「さ、魔法の話は終わりだ。今夜中には目的のポイントまで行きたいからな。歩こう」
「そうね。歩きましょう」
私たちは再び、目的地へ向かって歩き始めた。
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