第8話 元気の塩からあげ
テントの中へこもったヴァルが出てこない時間、私は考えていた。どうすればヴァルが元気を取り戻してくれるかだ。彼が元気を失ったのは私に責任がある。それなら、私がどうにかして彼を元気にさせなければ。
私がヴァルのためにできることと言えば料理を作ることくらいだ。であれば、どのような料理が良いか。やはり肉が良いだろう。肉料理で……あげものが良いんじゃないだろうか。だとすれば……お昼に作るのは、からあげが良いのではないだろうか!
うん、からあげか。我ながら良い考えだと思う。それを作ろう。
肉は、ヴァルにコカトリスの肉を出してもらうとして、それ以外の準備をしておこう。
まずはタレを作る。必要になるのは、おろしにんにく、酒、塩、コショウ。
生物野菜袋から吸血にんにくを取り出す。生きたままの吸血にんにくを肌に触れた状態で、長時間そのままにしておくと皮膚に根を降ろされて血液を吸われる。私はこれで一度痛い目を見たことがある。なので手早くすりおろし器を使ってすりおろしてしまう。
おろしにんにく、酒、塩、コショウを同じ器に入れる。これでたれの準備はできた。
必要な調理器具も用意しておく。肉を切るための包丁とまな板。あげものを作るための鍋だ。あげものを作る時の鍋は厚く、底が深いものを使うべきだろう。でないと危険だ。
調理器具を準備し、私はテントの中のヴァルへ、外からそっと話しかける。
「ヴァル。昼食の準備をしたいから、コカトリスの肉が欲しいの」
「……分かった。どれくらいだ」
私が欲しい肉の量を言うと、ヴァルは空間魔法の呪文を唱えて、必要なだけの肉を出してくれた。
「ありがとう。ヴァル」
「ああ、昼食ができたら呼んでくれ……」
ヴァルはだいぶ気が滅入っている。これは、とびきり美味しい唐揚げを作らなければ。
調理場に戻った私は、コカトリスの肉を一口大に切り、器の中に用意しておいた液体と一緒によく揉む。しっかり揉んだそれは一定時間置いておく。手を綺麗にしておこう。
あとは片栗粉をまぶした肉をあげるだけ。不要なものを片づけながら、時間が経つのを待とう。
世界樹ダンジョンの中は今日も、ほのかに灯る世界樹の葉たちによって照らされている。一枚一枚の明かりは弱くともそれが沢山あるから充分な光量になる。そして、その明かりは不思議と目に優しいのだ。
片づけはすぐに終わり、私はのんびりとダンジョンに流れる風を感じていた。世界樹にはいくつもの穴があり、そこから外の空気が流れ込んでいるのだという。今もそよ風が涼しく、私には心地よい。エルフは元々風の魔法を操る種族だったそうだから、エルフ族の私は風を好ましく感じるのかもしれない。
……しばらく時間が経ったが、ヴァルがテントから出て来る様子はない。
では、火を起こし、鍋に油を注ぎ、鍋の油を加熱していく。使う油はコカトリスの肉が少し出るか、ひたるかくらいの量で良い。
同時並行でタレを揉んで置いておいた肉に片栗粉をまぶす。まんべなくまぶしたら、手を綺麗にしつつ、油が充分に加熱するのを待つ。
油が充分に温まったら、コカトリスの肉を入れていく。跳ねた油で火傷しないよう注意しよう。しっかりと肉があげられていく音がして、そのうち美味しそうな匂いが辺りに漂い始める。丁度そのタイミングでヴァルがテントから出てきた。昼前という時間もあって、美味しそうな音と匂いに釣られてきたのかもしれない。
「……良い匂いだな」
ヴァルはまだ元気が無さそうに見えたけど、鍋の中のからあげに興味を惹かれているのが分かった。
「もうすぐできるわよ」
「そうか。それは楽しみだ」
楽しみ? 彼は今楽しみと言ったか。それは、うん。良いね。なんだか私も嬉しくなっってしまう。
「……何を笑っているんだ?」
「私、今笑ってる?」
訊き返すとヴァルは頷いて「ああ」と答えた。
「きっとあなたが楽しみだといってくれたから、私も嬉しくなって笑っちゃったんだわ」
「俺は今さっき楽しみだと言ったのか?」
「そうよ。気付いてなかったの?」
ヴァルは口元に手を当てて考えている様子だった。気落ちしていたからか、思っていたことがぽろっと口に出てしまったのかもしれない。口元に手を当てたままの彼の表情には照れくさそうな感情が見てとれた。
からあげも充分にあがったようだ。私はかまどの火を消し、鍋から食器にからあげを移す。熱々のからあげは、とても美味しうに見える。
「名付けて、元気の塩からあげよ!」
「元気の?」
不思議そうな顔をするヴァルに私は笑顔で答える。
「これを食べて元気を出してほしいって、そういう気持ちで作ったの!」
「なるほど……お前らしいな」
何が私らしいのか。それをヴァルは言わなかったけど、肯定的な言葉として受け取っておく。というより、彼の口ぶりからは皮肉的なニュアンスは感じられなかった。
「さ、食べましょう」
「そうだな。いただこう」
私とヴァルの二人で食器に山盛りのあげものを食べていく。からあげの衣はサクサクで中はジューシー。ひとつひとつがしっかりとした食べ応え。言い換えるならば、ガツンとくる味だ。
「どう、ヴァル。美味しい?」
「ああ……美味いな」
彼の返事を聞いて、私は一瞬、聞き間違えをしたのかと思った。それは気落ちしていた彼の心がうっかりと漏らしてしまったものだろうか。ただ、今の彼の表情は嬉しそうに見える。
「ヴァル。あなた今……美味いと言ったの?」
「言ったよ。これはな」
そう言ってヴァルはふてぶてしくも見えるような表情で笑う。
「これは美味い。さっきまでの悩みが吹っ飛ぶくらいにはガツンときた。だが、俺がお前の料理で美味いと言ったのはこれだけさ。お前が作る料理の中のたったひとつだ」
「それでも、あなたが美味いと言ってくれたのは私にとって嬉しいことね。大きな進歩だとも感じるわ」
「そうかい」
ヴァルが「美味しい」と言ってくれたから、私は嬉しくなって、彼の前でガッツポーズをしてみせた。
「なんだそのポーズは?」
「ガッツポーズよ。何かを成し遂げた時や、嬉しくてたまらない時はこのポーズをするの」
少なくとも私は、だ。
「なるほど。だが。さっきも言ったが、俺が美味いと言ったのはな。エルシー、お前が作る料理の中のたったひとつだ。これから他にも、俺に美味いと言わせるだけの料理を教えてくれるんだろう?」
「ええ、そのつもりよ」
私がはっきり答えると、ヴァルは嬉しそうに笑う。
「世界は俺の愛したものを奪ったようだが、新たに愛せるかもしれないものをもたらしてくれたな」
「それは……料理ってこと?」
ヴァルは頷く。
「なんというか。さっきまで悩んでたことが、お前の料理を食べたおかげか、心の隅に置いておけるようになった。今の俺には……いや、よそう」
彼は黒くて太い腕を振って、恥ずかしそうに笑った。それから彼が再び、からあげを食べ始めたので、私も一緒に同じ料理を食べる。ガツンとして元気の出る味だった。
ヴァルがたくさん食べてくれたので、山盛りのからあげはすっかり無くなってしまった。不要になったものを片づけ、昼過ぎになったがキャンプを片づける。ヴァルが空間魔法で異空間に収納するので、キャンプの片付けは一瞬の作業だった。
それから出発するというタイミングで、ヴァルが私に言う。
「できれば、今夜のうちにバジリスクを仕留めてしまいたい。あれがダンジョンで暴れ回って良いことは無いからな」
「じゃあ、今夜ヴァルはバジリスクと戦うのね?」
「それはちょっと違うな」
ヴァルは弓を引くポーズをとった。
「バジリスクがこちらに気付かないギリギリの距離から奴を狙撃する。古い弓の魔法を見せてやろう」
その時、私はわくわくしていることに気づいた。
私は、ヴァルが見せてくれる魔法を想像してわくわくしている。
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