第7話 オムレツと世界の真実

 ヴァルからの注文があり、コカトリスの卵を使って何か料理を作ることになった、卵を使った料理か。何を作ろう?


「ねえ、あなたから何か作ってほしい料理のリクエストはある?」


 そうヴァルに訊いてみたのだが。


「お前に一任する」


 帰って来たのはそんな答えだった。何でも良いと言われるのが、一番困るのだが……ま、やってみよう。


「そうね。卵を使った料理ならベーコンエッグ……は今ベーコンが無いから……目玉焼きというのも簡単すぎるし……そうね、今回はオムレツを作ってみましょうか」

「オムレツか。俺はあれをうまく作れん」


 料理に対して感心の薄いヴァルも流石にオムレツは知っているか。では、今日の朝食はオムレツに決まりだ。


「形を綺麗に作るのは慣れが必要かもしれないわね。とはいえ、シンプルな料理よ」


 かまどにはコーヒーを作るために使った火がついたままだ。早速オムレツを作っていくとしよう。


 鞄から必要な物を出して調理を開始する。


 まずは卵を割り、器の中へ。ヴァルがくれた卵は全て使ってしまう。コカトリスの卵が三つだから、普通より大きめのオムレツになるだろう。


 割った卵に塩コショウを加え、かき混ぜる。


 次はフライパンに油をしき、火の上へ。ほどなくして油が充分に温まったら、さきほどかき混ぜた卵を器からフライパンへと流し込む。


 卵は短い時間で固まる。だから、フライパンに流し込んだ卵をすぐに、へらでかき混ぜる。私はこの時、卵を外側からかき混ぜるようにしている。


 半熟状に、ほどよく卵が固まってきたら、卵の手前から三分の二ほど包んでいく。そうしたら今度は反対側の卵を包む。


 作業は手早く済ませていく、オムレツをフライパンの奥へと寄せて、半月の形に整えていく。ここまでは良い感じだ。


 それでは、よっと!


 フレイパンを持つ手の、手首を拳でトンと叩いた。フライパンの上でオムレツが跳び上がり、ひっくり返った。


「上手いものだな」


 感心したようにオムレツを見つめるヴァルに私は「そうでしょう」と得意気に言った。オムレツは一時期、綺麗な形を作れるように一生懸命練習したものだその努力はこうして形になっているというわけだ。


 ひっくり返したオムレツは、後は折り目の部分を固めるだけだ。フライパンから、用意していた器へ料理を移す。エルシー自慢のオムレツの完成だ。コカトリスの卵を使ったので、いつもより大きめにできた。食べ応えがありそうだ。


「さ、一緒に食べましょう」

「そうだな」


 二人で席に着き、オムレツを半分に切り分けた。断面から、半熟状の卵がとろとろしているのが確認できる。それぞれの手に持つスプーンでオムレツをすくって食べてみる。


 うん、ふわふわのとろとろだ。我ながら美味いオムレツを作れたと思う。


 ヴァルは……美味そうにオムレツを食べている。口では言わなくても、表情に美味いと出ていた。彼はすぐに自分の分を食べ終わり、こちらを向く。


「こ、これは私の分よ」

「分かってる。それより、俺は感心しているんだ」

「そう」

「これだけのものを作るにはそれだけの練習を重ねたんじゃないか。なるほど、料理とは練習次第でここまで変わるものなのだな」


 それは。


「つまりあなたは美味しいと言っているのね」

「そうは言っていない。感心したと言っているんだ」

「頑なねえ」


 とはいえ感心されて嫌な気はしない。少しだけ、私はオムレツを作る練習と、その日々についてヴァルに話した。ヴァルは私の話を興味深そうに聞いていた。


「……と、私がしたオムレツの練習はこんな感じ。あなたも料理の練習をしてみる?」

「まあ、気が向いたら練習してみてもいいかもな」

「本当は練習したいんでしょ? 素直じゃないんだから」

「そうかもな」


 ヴァルはそう言って首の裏を掻いた。おや、ちょっと素直な反応になってきたかも。


「……逆に、俺からお前に魔法を教えてやってもいいぞ。色々と料理を食べさせてもらっているからな。魔法というものは素晴らしいぞ。この世界に生まれたからには魔法を学ぶことを一度は志さないとならん。それくらいに愛すべきものなのだから」

「ヴァル。それは……」

「どうした?」


 彼は知らないのか。外の事情に疎くとも、それは知っているかと思っていたが。


「ヴァル。今、この世界で魔法を使える存在なんて少数派なのよ」

「らしいな。外には便利な道具が沢山あるから」

「そうね。でもヴァル。魔法を使わない人たちが多いのはそれだけの理由じゃないわ」

「……どういうことだ?」


 そう問いかけてくるヴァルへ私は説明を始める。


「この世界の、多くの人々は魔法を覚えなくなったんじゃない。覚えられなくなったのよ」

「え?」


 ヴァルが困惑しているのが分かった。彼が魔法を愛していることは知っている。だからこそ、私はその事実を彼に伝えるべきか、迷った。だが、知っておくべきことだろう。


「そうね。少し歴史の話をしましょう。そうしなくてはならないわ」


 私の話をヴァルは黙って聞いている。彼にはなるべく正確に、この世界の事実を知らせたい。


「かつて、数百年前と言われているわ。女神アルマ様はこの世界に多くの異世界人を遣わせたと言われているわ。多くの異世界人をこの世界に遣わせて、アルマは姿を消した」

「アルマは魔法の女神だ。なんで……そんなこと……」

「さてね。でも実際に多くの異世界人がこの世界にやって来たのは数百年前だし、彼らを呼び寄せたのはアルマ様だと伝わっているのよ」


 ヴァルは何か考えているようだったが、やがて私に「話を続けてくれ」と言った。


「……異世界人たちはこの世界になかった、いくつもの発明をもたらしたわ。彼らは魔法というものが使えない代わりに、科学というものを持っていた。他にも異世界人によってこの世界に与えられたものは沢山あると聞いている。私が気づかないで、普段使っているようなものまで、実は異世界人の知恵によるものなのかもしれない」

「それで、その話がどうして、この世界の奴らが魔法を使えなくなる話につながるんだ」

「ちゃんと説明するわ」


 私の言葉に対しヴァルは頷く。


「異世界人たちは魔法を使うことはできない。だけど、多くの役に立つ知識を持っていた。だから、彼らは最終的にはこの世界の人々に受け入れられたの。そして、中にはこの世界の人との間に子どもを作る異世界人もいた」


 ここからが重要なところだ。私はそれを意識してヴァルに言う。


「異世界人の血が混じった子どもは、異世界人と同じように魔法を使うことができない」


 そこまで話した時、ヴァルにも話が見えてきたようだった。苦い顔をする彼に、私は伝える。


「異世界人は魔法を使えない。彼らは魔力を持たなかったから。それは訓練を積んでも、どうにもならないことで、その特徴は子孫にも反映されるの。そして、そう言う人が今は沢山居る」


 私は肩をすくめて笑ってみた。そんな私をヴァルは悲しそうな目で見ていた。


「じゃあ、エルシー。お前も……」

「私にも四分の一ほど異世界人の血が流れているのよ。そうなると魔法が得意だと言われていたエルフ族でも、魔力を失ってしまう。魔法が使えなくなるのよ」


 つまり、私たちは。


「私たちは、科学という力を得た代わりに、魔法という力を失った世代なの。異世界人との混血が始まったころは、魔法の道具……魔道具を使って魔法を使えるようにしようって動きもあったけど、そんな魔道具たちも異世界人が作る科学の道具が広まるにつれて必要とはされなくなっていったの。そうして魔道具も廃れていったのよ」

「そうか……そんな……なんで……」


 ヴァルが動揺しているのはすぐに分かった。彼は静かにしているが、その心は今、複雑な状態なのかもしれない。


「だから、ヴァル。私は魔法を使えないわ」

「了解だ……エルシー。俺はちょっと考えたい。休ませてくれ」

「ええ、そうすると良いわ」


 ヴァルは重い足取りでテントへ入っていった。その後、彼がテントから出てきたのは昼前のことだった。

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