第5話 コカトリスのシチュー

 コカトリスは危険な魔獣だ。二メートルを超える巨体は鶏と蛇を組み合わせたようで、かなり俊敏に動く。特殊な能力こそ持たないが、並の冒険者では相手にならない。というほどの相手だ。


 私はライフル銃を構えながら、動けないでいた。コカトリスが私を睨んでいる。蛇に睨まれたカエルのような気分だ。


 死ぬかもしれない。そんな考えが頭を過ぎった時、ヴァルが動いた。その黒く大きな手が素早く動いた。動いたような気がした。その時には、彼の口が呪文を唱えていた。


「ウインドショット」


 次の瞬間、コカトリスの頭部が弾けた。


「え……弾けた!?」


 自分の目を疑った。世界樹ダンジョンの中でも凶暴な魔獣として知られるコカトリスが、呆気なく頭を失ったのだ。たったの一撃で、魔法というものは、こんなにも強力なのか。


 困惑している私を、ヴァルが見た。


「何を呆けている?」

「いや、魔獣を、一撃でぇ?」

「お前の銃だって魔獣に当たれば一撃で仕留められるだろ」

「無理無理。当たっても一撃じゃコカトリスの頭は破壊できないし、そもそも当たるようなもんじゃない」

「お前、こんな、のろまな魔獣に攻撃を当てられないのか?」


 なぜか逆に、ヴァルに驚かれた。このクマは私とは常識が違うらしい。まあ、彼とは生まれた時代が違うようだし、見ている世界が異なるのは、おかしなことではないか。


 ヴァルはあごの下に手を当てながら魔獣の死体を眺めている。


「エルシー。お前はこいつも料理にできるのか?」

「魔獣の肉を調理できるかってこと? 一応、そういう経験は何度かあるわよ」

「なら、こいつを料理に使うと良い」

「……気軽に言ってくれるわね。血抜きもしなきゃいけないし、大型の魔獣を解体するのは骨が折れそうだわ」

「なら、手伝ってやる。血を抜けば良いんだな」


 ヴァルは魔獣の死体に触れる。


「ドラキュリア」


 すると、ヴァルの体が赤く光った。いったい何が起こったのかと考えていると、ヴァルは振り返ってこちらを向く。


「血を抜いたぞ」

「え? 魔獣の血を抜いたの? 今のちょっとの時間で?」

「そう言っているだろう」


 血を抜く魔法だなんて、便利というか、都合の良い魔法だ。


「昔、北の吸血鬼に習った魔法だ。振れた相手から血を吸い取り、自らの魔力に返還することができる」

「吸血鬼って、はるか昔に絶滅した種族だって聞いてるんだけど」

「俺がこの魔法を習ったのは、はるか昔だ。もう、あの吸血鬼も亡くなっているかもしれない。が、しぶとい奴だったから、今もしれっと生きている気がするな」

「……ヴァルって意外と付き合いが広い?」


 その質問をして、つい口が滑ったと反省する。が、彼はふっと笑い、別に嫌ではないというような感じで私に言う。


「失礼な奴だな。まあ、昔の話だよ。それで、魔獣を解体するなら、どうすれば良い? 俺の魔法が役に立つなら、手伝ってやる」


 出会ったばかりの時に比べると、今の彼の態度はかなり協力的だった。私の料理を食べて、それに興味を持ったのかもしれない。そうだとしたら嬉しい。


「私は魔獣解体のプロというわけではないのだけれど、やるだけやってみましょうか!」


 それから魔獣の解体は思っていたよりはスムーズに進んだ。コカトリスが半分以上、鶏の姿をしていたから。なんとかなった。それに、ヴァルが魔法の刃で魔獣の体をスパスパと切っていくのだ。本当に、彼は何でもできそうだ。


 魔獣の解体が終わり、その場で料理を作るついでにキャンプもすることになった。寝泊まりなどをするために必要な物はヴァルが空間魔法であっと言う間に用意してくれた。彼は得意気な顔をしていた。


「料理を作るのに、必要なことがあれば言うと良い。俺の魔法が役に立つなら、手を貸してやらんこともない」

「私の料理が食べたいから、手を貸したいんだって言えばいいのに、素直じゃないわね」

「……ふん」


 ヴァルは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。それでも、彼は私が手伝ってほしいと言うのを待っているようだった。


「良いわ。ヴァル。手を貸して」

「そうこなくてはな。それで、今夜は何を作るんだ」

「夕食には丁度良い時間だし、シチューを作ってみようかしら。コカトリスのシチューよ」


 そういうわけで、調理を始める。


 調理器具の他、食材にはコカトリスの肉やいくつかの野菜、牛乳やバター、あといくつかの調味料が必要になる。野菜は生物野菜袋の中にあるものを使うので、袋から取り出す時に逃げられないよう注意が必要だ。


 まずはコカトリスの肉を切る。これは一口大だ。切ってから、塩コショウをかけておく。


「ヴァル。袋から野菜を取り出すから、逃げないようにあなたも見てて」

「分かった」


 袋から玉ねぎお化け、飛び人参、そして昼にリリーから買ったばかりのゴロゴロ芋を取り出す。どの野菜も元気いっぱいで逃げ出そうとするので手早くカットしていく。玉ねぎはくし切り、人参は乱切り、じゃがいもは一口大にカットだ。


 さて、食材の下準備が終わったところで、油をしいた鍋にコカトリスの肉を入れて炒めていく。


「その肉、もう食べられそうだな」


 とヴァルが言うので。


「まだ食べちゃだめよ」


 私から釘をさしておく。


 炒めた肉は一度、鍋から取り出し、それから鍋にカットした野菜を入れて炒める。そうして程よいタイミングで水を加えて煮る。水気が少なるまで熱を加えてから、鍋へバターと小麦粉を投入した。さらに牛乳を加え、へらで混ぜながら加熱する。牛乳は魔牛からとれた特別なものだ。


 へらで混ぜ、火にかけながら、さらに少しずつ牛乳を注いでいく。そうして牛乳を注ぎ終わったら少量のバターと、水を加えたら、時々へらで混ぜながら火にかけ続ける。


 鍋の中でシチューのとろみが良い感じになってきたら、おたまを使って少し味見をしてみた。


「うん、良い感じね」

「そうか。どんな味だ?」

「ヴァルも味見をしたいんでしょ。ほら」


 私からヴァルへおたまを貸した。彼はお玉ですくったシチューに口をつける。そして、彼の頬がわずかに緩んだ。


「ま、ありじゃないか」

「美味しいんでしょ?」

「ありと言ったんだ。美味いとは言っていない」


 素直じゃないんだから。


「さ、火を止めて器に盛りましょう。本当はブロッコリーなんかもあればよかったんだけど、無い物ねだりはできないわね」

「俺にはこれでも充分……」

「充分? なに?」

「なんでもない」


 ヴァルはトンガリ帽子を爪でいじりながら、ごまかした。私はそこで彼を追及したりはしない。そのうち、自然に彼の口から「美味い」と言わせてやる。


 コカトリスの使わなかった肉はヴァルが空間魔法で収納しておいてくれることになった。なんでも魔法で異空間に収納した食べ物は腐らないのだとか。便利だなあ。


 簡易的に作った席に着き、二人で器に盛ったシチューを食べる。


 コクのある優しい味わいだ。程よい大きさの肉や野菜は食べ応えがある。優しい味わいながら、しっかりと食べているという感じがする。なかなか美味くできているのではないだろうか。このシチューにはヴァルも満足しているようだった。美味いとは言わないが、好感触なのは分かる。


「美味しいシチューを食べられて、上層に向かっていた危険な魔獣も退治できて、今夜は、とても良い夜なんじゃないかしら」


 シチューを食べながら、私がそう言った時、ヴァルが不思議そうな顔をした。それから彼は言う。


「俺が話した上層へ向かう危険な魔獣は、こいつじゃないぞ。魔蜂の巣の傷つき具合から考えて、大きさはコカトリスとそれほど変わらないだろうが、上層へ向かった魔獣はコカトリスなんかよりも、よっぽど危険なやつだ」


 え?


「よっぽど危険な奴って?」

「俺の見立てが正しければの話だけどな」


 そう前置きしてからヴァルは魔獣の名を口にした。


「バジリスクだ。魔蜂の巣を荒らして、上層へ向かっている魔獣は。その目で相手を見ただけで、対象の心臓を止めると呼ばれる魔獣、バジリスクだ」


 どうやら、とんでもない魔獣が私たちの向かう先には居るらしい。

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