第4話 商人とチョコレート

 食事のあと私たちは再び移動を開始した。道中、何体かお化け玉ねぎを発見したので捕まえておく。その時も、捕獲をヴァルが手伝ってくれた。彼の魔法があれば素早い玉ねぎの捕獲も容易だ。


 捕獲した玉ねぎお化けは私の【生物野菜袋】に詰めておく。袋の中に入れたままの飛び人参はまだ持ちそうだ。


 そして、時々ヴァルが魔獣を追い払ってくれたりということがあり……昼過ぎくらいの時刻。とある商人に遭遇した。


 ヴァルが商人に声をかける。


「よう、リリー。元気にしてるか」

「……ん、ぼちぼち」


 リリーと呼ばれた女商人は銀髪のエルフで、なんだか覇気が無かった。でも、元気が無い、という感じでもない。自然体で覇気が無いのだ。おそらく、これが彼女の普通のテンションなのだろう。でも、彼女のような商人は珍しい。世界樹ダンジョンで見かける他の商人はもっと、元気があって、はきはきと喋るものなのだが。


「ヴァル……冒険の連れとは、珍しいね」

「なり行でな。コイツにポーションを使って数が減った。買わせてくれ」

「うん……良いよ」


 二人は長い付き合いなのだろうか。口数が多いわけではないが、気心の知れた仲のような感じがする。


「リリー、俺たちはこれから上へ向かうが、お前はしばらくこの辺より下の層に居るんだな。上には、この辺にある魔蜂の巣を荒らして回ってた怪物が移動してる」

「……そうなんだね」


 ヴァルから忠告を聞いたリリーは特に表情を帰ることもなく相槌を打った。魔蜂の巣を荒らして回ってる怪物が上に向かったのね。なるほど。


「え!?」


 私は自分でも、びっくりするくらいに大きな声を出してしまった。その声に二人が反応してこちらを見た。二人はとくに驚いてはいない感じだったが、私は落ち着いてはいられない。


「ど、どういうこと!? 魔蜂を襲うような怪物が上の層へ向かってるっていうの!? あの巨大な魔蜂を襲うような怪物が!?」


 驚いている私を見ながらヴァルはため息をついた。


「あのって、大げさだな。魔蜂なんて、ただのデカいだけの蜂だ。毒を持たないし、すぐ接近に気付ける分、ただの蜂より安全まである」

「私はその魔蜂に腹を貫かれて死にかけたんですけど!? いや、そうじゃなくて、その危ないデカ虫を襲っているような怪物が、これから私たちの向かう上層に居るっていうの!?」

「そうだ。が、安心しろ。お前のことは俺が守ってやる」


 な、に。毛むくじゃらのクマさんのくせに、かっこいいことを言ってくれる。一瞬、胸がときめいてしまったじゃないか。


「それとも、お前も安全なところに避難しておくか? それなら、ここでお別れだな」


 ヴァルの言葉に私はむっとしてしまう。そして気付いた時には反発するように言っていた。


「ついていくわよ! 私があなたに言ったこと、忘れてはいないでしょう?」

「俺の主張を改めさせたいんだろ。世の中不味い物ばっかりだっていう俺の主張を」

「そうよ! だから、ついていくわ」

「了解だ。せいぜい、俺が守れる範囲に居ることだ」


 そんな風に話をしていた私たちの間に、ぬっと割り込んでくる銀髪の少女が居た。彼女は私とヴァルを交互に見て、少しだけ口元を緩めた。


「……仲良しだね」

「っ!?」


 私はリリーの言葉に動揺してしまう。ヴァルは平気そうにしているのに、これじゃあ、まるで私が彼を意識しているみたいじゃないか。そんなことは断じてない。はずだ。命を助けられたとしても、クマ相手に本気で恋をするようなことはない。


「……で、そろそろ商売しても、良い?」


 リリーが訪ねてきたので、私は耳の先に熱を感じながらも頷いた。ヴァルも、それで構わないようだ。


 私たちはリリーに必要な物を売ってもらった。彼女は腕時計など科学的なものは持ってなくて、そういうものには興味が無いそうだった。彼女は世界樹から得られる自然の恵みを気に入っているらしく、そういうものを商売で取り扱いたいのだという。


 彼女は科学にあまり興味を示さず、口数も少ないから、ヴァルは取引の相手として彼女を贔屓にしているらしかった。世界樹には外からのものを取り扱う商人も多くいるというのに、ヴァルが外の世界の新しいものに疎いのは、そう言う理由もあるらしかった。


 だけれども、リリーが扱う商品の中には自然の恵み、とは呼べないようなものが少量混じっていた。それは、人の手によって食材を計算して組み立てたもの。少しでも計算が狂うと美味く完成しないそれを私は一種の芸術品だと思ってる。それは――お菓子だ。


 ヴァルはお菓子の入った包みを爪の先でぷらぷらと揺らしながら説明してくれる。


「リリーには甘いものを探すのを手伝ってもらっていてな。彼女は伝手で時々、お菓子というものを手に入れてくれる」

「あなたが世界樹にこもる前は、世界にはお菓子すらなかったのかしら?」


 私の言葉に対し、ヴァルは鼻で笑う。


「まさか、お菓子自体は昔から存在したさ。それなりに値の張るものだったが」

「お菓子なんて高い物じゃないでしょ」


 その言葉を聞いてヴァルはまたため息をついた。


「昔は高かったんだよ」


 むむ? 昔は砂糖が手に入り難かったりしたのだろうか。


「ま、そんな話は置いておいてだ。早速リリーが手に入れてくれたチョコレートという物を食べてみようじゃないか」

「うん……食べて」


 リリーに促されて、ヴァルは包みの封を外した。そして彼はその中にあった黒く小さな物体を、ひょいっと口へ運んだ。彼は少しの間口をもごもごさせて。


「……こんなものか」


 とつまらなそうに言った。


「どんなもの?」

「食べてみるか?」

「貰えるなら、貰うけど」

「良いぞ。少なくとも、これは俺が求める世界で最も甘い物ではない」


 ヴァルからチョコレートを分けてもらう。というか彼に袋をそのまま渡された。ううむ、こんなには要らないかなあ。


「リリー。一緒に食べようか?」

「……じゃあ、そうしようか」


 私はリリーと一緒にチョコレートを食べてみる。しっとりとした苦みの中に、ほのかな甘みを感じる。これは……苦みの方がちょっと強いかな。


 気になったことがあって、ヴァルにひとつ訪ねてみる。


「ヴァルって苦いのは苦手」

「別に苦手ではない。ただ、チョコレートという物は思ったよりは甘さを感じなかったという話だ」

「そうかもね。これはちょっと苦みが強い。これはこれで、私は好きよ」

「なら、リリーと一緒に食べてるんだな。それと……」


 ヴァルは照れるように頬を搔いていた。そっぽを向いて彼は言う。


「リリー。今回もありがとうな」

「……良いってことよ」


 それから、結局チョコレートは全ては食べきれず、残ったいくらかは後で私が食べるということになった。


 再び出発をしようというタイミングで、私はリリーに袖を引かれた。彼女の方を見ると、その綺麗な口の近くに片手があった。まるで片手だけでヤッホーをするかのような形に見える。


「……ヴァルは素直じゃなくて……考えが硬いところもあるけど……」

「そうね」

「……優しくて……頼りになるクマでもあるから」

「うん、それも知ってる」


 私が答えると彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「彼をよろしく」

「了解」


 そして彼女は私の服の袖から手を離した。私は頷き、先を歩くヴァルの元へ小走りで向かった。そして彼の横まで追いついた時、私は振り返る。


 リリーは何も言わず、私たちに手を振っていた。私も彼女に手を振り返す。その時に、ヴァルも私たちのしていることに気付いた。ヴァルもその場で足を止め、リリーに手を振っていた。


 数時間後、世界樹の葉の明かりが弱まって来る夕飯時。薄暗いダンジョンの太く大きな木の上で私たちは怪物に相対していた。


 クマのように巨大な、鶏の体に蛇の尾を合わせ持つ凶暴な魔獣。コカトリスの姿がそこにはあった。


 これは、面倒なことになった。

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