第3話 玉ねぎお化けのおやき
キャンプの撤収はあっと言う間に終わった。ヴァルが『アドミト』の魔法で簡単に多くの物をどこかへ収入してしまった。彼はどれだけ多くの物でもどこかに収納できてしまうのかもしれない。
「さあ、行こう」
「そうね」
「それと、一応これを飲んでおけ」
ヴァルは私に液体の入った瓶を渡してきた。
「ポーションかしら」
「そうだ。治癒魔法だけじゃ傷は治せても体力はなかなか回復しない。だから飲んでおけ」
「今になって渡す?」
「逆に聞くが、起きてすぐのお前が知り合ったばかりのクマから渡された薬を飲んだか?」
「う、それは……」
たぶん飲んでない。起きてすぐにだと、警戒心のほうが勝っただろう。ある程度、彼と話をした後じゃないと薬を渡されても困っていたと思う。
瓶の蓋を開けて中の液体を飲んでみた。意外と飲みやすい。程よい甘みがある。
「あなた魔法薬も作れるの?」
「一応作れるがな、それは付き合いの長い商人から買ったものだ。ツリーマンの居る上層を目指す前に、彼女に会いに行く」
「了解」
キャンプのあった地から二人で一緒に移動する。時々、私からヴァルに適当に話を振ってみるものの、彼は「ああ」とか「そうだな」としか言わない。特別会話が下手なわけじゃないだろうに、今はその気じゃないのかな。
そんなことを考えていた時、ふとヴァルが私の持っている物をちらりと見たのに気付く。なんとなく彼がそれをあまり好きではないように感じられる。
「エルシー。お前の持っているそれだが」
「狩猟銃がどうかしたの?」
「最近の冒険者は皆それを持ってるのか? 時々、見かける冒険者は大体持っているが」
「私は冒険者じゃなくて料理人見習いだけどね。まあ、今の冒険者はだいたい銃を持って居るんじゃないかしら」
「冒険者が剣と魔法ではなく、銃とかいう道具に命を預ける時代か。気に入らないな」
「でも、便利よ。引き金を引けば誰でも魔獣を倒せるんだから」
ヴァルは苦い顔をした。それから彼と私はしばらく黙って大きな枝の上を渡っていた。一時間ほどは黙って歩いただろうか。気まずい。そんな時、私は枝の上を這うように進む一体の魔獣を見つけた。
あれは小さな球のような形をしていて、体の下から生える何本ものひげ根をせわしなく動かしている。
ヴァルがその魔獣の名を口にした。
「玉ねぎお化けだな」
「そのようね。あれで料理をしてみようかしら」
「あの魔獣を? そんなに美味くはならない気がするが。たまにかじるが、辛いだけだ」
「魔獣と言っても、あれは命があるだけの玉ねぎよ。美味しく食べられるわ」
「なら、採ってやろう」
ヴァルは黒くごわごわした毛の生えた太い腕を玉ねぎお化けへ向ける。そして呪文を唱えた。
「ショックアロー」
白い光が目標物へ飛んでいき、命中した。玉ねぎお化けは大きく痙攣した後、その場で動かなくなった。
「殺したの?」
「今のは相手を麻痺させる魔法だ。魔法抵抗のある相手には効かんが、あの程度の魔獣であれば簡単に動きを止められるさ」
「魔法って何でもできるのね」
「何でもではないがな。ほとんどのことはできる。だからこそ、そんな魔法に変わるものが現れる世界など想像もできなかったが……」
ヴァルはトンガリ帽子のつばを長く太い爪でいじっていた。そんな彼の表情に複雑そうな感情が見え、寂しそうでもあった。
「さて、せっかくヴァルが食材を採ってくれたんですもの。私が料理してあげましょうか」
「昼には少し早いが……そうしてくれ」
「あいあい。あ、ヴァル、簡易かまどの準備頼める?」
「それくらいなら、任された」
私はその場で必要な食材と調理器具を用意する。もちろん今回は玉ねぎお化けも使う。
「今回は何を作るんだ?」
訪ねてきたヴァルに私は料理の名を言う。
「今回は玉ねぎお化けのおやきを作るわ!」
「おやき?」
「簡単な料理よ。すぐにできるからね」
まずは玉ねぎお化けの皮を向く。こうなってしまうともう、ただの玉ねぎだ。
次はまな板と包丁の出番。玉ねぎの上と下を切り取る。そうしてから、粗みじん切りだ。
「ほぅ。そのようにして細かく切るのか」
「今回は粗みじん切りだからね。料理によってはもっと細かく刻む時もあるのよ」
「なるほど。しかし、見ていると目が痛くなってくるな」
「そこは、我慢するしかないわね」
玉ねぎを切ったら、それをボウルに入れて、小麦粉と卵、少量の水と塩コショウも加えた。それを混ぜてしまう。
さて、こっちの準備はできた。ヴァルのほうも簡易かまどの準備をしてくれたようだ。
「ありがとうね。ヴァル。後は焼くだけよ」
「これくらい簡単なことだ」
火を起こし、フライパンの上に油をしく。油が温まってきたら、さっき混ぜていた食材を投入。フライ返しを使って形を整えた。そしてフライパンに蓋をする。
「少し焼いたら良い感じに固まるわ。タイミングを見てひっくり返すのよ」
「そのタイミングっていうのはどう図るんだ?」
「経験で分かるようになるわ」
「そんなものか」
少し待って、ふたを開ける。フライパンからはジュージューと美味しそうな音がする。おやきをひっくり返すのに良いタイミングだろう。一応、おやきの下にフライ返しを差し込んでみて、良い感じの硬さになっているかどうかを確認する。
「良い感じね」
フライ返しを使っておやきをひっくり返した。程よく焼き色がついている。後は裏面にも火を通して、完成だ。
「完成! 玉ねぎお化けのおやきよ!」
「ほぅ。これが」
「ちゃんと切り分けるからね。つまみ食いしちゃだめよ」
「了解した」
切り分けたおやきをそれぞれの食器に盛る。それでは、いただきます。
私は切り分けたおやきのひとつを口に運んだ。うん、ふんわりとして優しい味だ。熱の通った玉ねぎが程よい甘みを与えてくれる。
ヴァルの様子はどうだろうか。彼がおやきを口に運ぶところを見守る。
「……ほぅ」
彼は決して美味いとは言わない。だが、その味を悪く思ってはいないことは確かだった。
「悪くはないが、何か足りないような気もする……」
「それが分かるなら、こういうものはいかがかしら」
私は鞄からひとつの瓶を取り出した。
「それはなんだ?」
「ポン酢よ。知らない?」
「知らない」
「ちょっとだけ、かけてみるわね。気に入ったら、もっとかけると良いわ」
私はヴァルのおやきにちょっとだけポン酢をかけた。彼はそれを口に運び、驚くように目を丸くした。
「美味しい?」
「ま、まあまあだな」
むむ。意地でも美味しいとは言わないつもりか。だけど、私はあきらめない。絶対に、その口から「美味しい!」と言わせてやる。
その後、おやきを食べ終わって一息ついていたところだった。そろそろ食器を片づけるために動き出そうとしていてところで、ヴァルが口を開いた。
「エルシー。俺はこのおやきという料理もポン酢も知らなかった」
「料理に興味がなかったんだから、そうなんじゃない?」
「それだけじゃない。マッチも、銃も、腕時計も、昔には存在しなかった。そんな技術がどこから生まれたんだ?」
「あなた……本当に外のことは何も知らないのね」
「知らないさ。その技術の出所はどこなんだ。この数百年のうちに何かが決定的に変わる転機があったとしか思えん」
別に隠すようなことでもないし、彼には教えるべきだろう。彼自身が知りたがっているのだし。
「簡単なことよ。この何百年かの間で、異世界人という人々が私たちの世界にやってきた。そうして彼らは異世界の技術……彼らは科学と呼んでいるものだけど、それを私たちへともたらしたのよ」
「異世界人?」
「そう、異なる世界からやってきた人たちだから異世界人。もはや、ダンジョンの外は彼らの世界よ」
私の言葉にヴァルは少なからずショックを受けているようだった。
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