第2話 冒険の目的

「美味しい?」


 フレンチトーストをつまみ食いしたヴァルに訪ねると、彼は恥ずかしさをごまかすかのように、そっぽを向いた。


「ま……まあまあだな」

「どうかしら? 本当はほっぺが落ちるくらい美味しかったんじゃないの?」

「ふん……盛り付けをするんだろう? さっさとしたらどうだ?」

「ヴァルがつまみ食いをするから手が止まったんじゃない」

「確かに、そうだな」


 ヴァルが私に謝ることはなかった。ただ、彼が申し訳なく思っているのは彼の表情から感じることができた。なんというか、とても表情の分かりやすいクマなのだ。その黒くてごわごわとした顔からは、はっきりと彼の感情を見てとることができる。


「どうした? エルシー。俺の顔なんか見て」

「い、いえ。なんでもないわ」


 彼をじっと見つめていたことに気付かれた。私もなんだか恥ずかしくなって、さっと目を離す。それからフレンチトーストが冷めないうちに急いで皿に盛りつけた。そこで私はあることを思い出す。ヴァルが持っていたあれ。蜂蜜の垂れていたあれがあるなら、この料理をもっと美味しくできるだろう。


「ヴァル。さっき、あなたはハチの巣のかけらを持っていたわよね。私じゃ両腕を使っても抱えきれないような、大きなやつ」

「お前、死にかけていたのに、そんなものを見ていたのか。まあ、金髪のエルフは知りたがりというのは昔から聞く話だが」

「昔はそんな話があったの?」

「いや、昔って……お前はエルフだろう?」

「エルフって言っても私は若い方よ。つい最近百歳になったばかりだし」

「ほぅ」


 ヴァルはまじまじと私の顔を眺めていた。そんなに見つめられると、嫌ではないけど。私の顔はエルフ基準で言えばとりたてて特徴のあるものではないんだけど。


「ねえ、ヴァル。良ければ蜂蜜を分けてくれない? フレンチトーストにかける分で充分だから」

「なんでそんなことをする必要がある?」


 訝しむ彼に私は一言で説明する。


「その方が美味しいからよ」

「ふむ……まあ良いだろう」


 彼は何かを受け止めるように腕を挙げ、唱えた。


「チョイス」


 すると彼の手の上にハチの巣のかけらが出現した。魔法だ!


「さあ、皿を出せ。蜂蜜をかければ良いのだろう?」

「え、ええ。そうね」


 彼の魔法に驚きつつ、私は皿を出してフレンチトーストに蜂蜜をかけてもらった。もう充分な量だと伝えると、彼は再び魔法の呪文を唱えた。


「アドミト」


 すると彼が持っていたものが、ひゅっとどこかに消えてしまった。驚きながら彼を見ていると、彼は説明をしてくれる。


「空間魔法だ。昔、ある王国の魔女に習った。物を収納したり、取り出したりできて便利だ。この魔法を教えてくれた魔女は、特別で凄腕だった」

「便利な魔法ね。その魔法でなんでも収納したり取り出したりするの?」

「いや、なんでもは収納しない。この魔法の欠点は、収納した物を忘れてしまうと、思い出すまで取り出せなくなってしまうことだ。棚を探れば忘れていた物が不意に出て来る。というわけにはいかない」

「なるほどね」

「そんなことよりだ。エルシー。お前が作ってくれた料理が冷めてしまう」


 確かに、そうね。


「冷めないうちにいただいちゃいましょう」

「ああ、そうしよう」


 私が作ったフレンチトーストはふわふわの触感で、甘みが口に広がる。ヴァルがかけてくれた蜂蜜と合わせて、幸せいっぱいの味だ。


 ヴァルは美味しいとは言わなかったけれど、味には満足しているのが感じられた。美味しそうな顔をして食べるから、作った私も嬉しくなってしまう。


「ふむ、確かに……お前の作る料理は、俺の作るものよりはだいぶましだ。お前の料理の腕を認めるよ」

「私も、あなたの魔法の腕を認めるわ。でも、あなた普段どんな料理を作ってるの?」


 その質問に対しヴァルはふんと鼻を鳴らして。


「料理なんて熱を通せばいいだろう。大抵のものはそれで食える。物によってはそのまま食える」


 当然のようにそう答えた。私は彼に呆れてしまう。


「ヴァル、それは料理とは呼べないわよ……」

「俺が言ったものだって立派な料理だ」

「見解の相違ね。でもまあ、そういうものだけでは飽きるでしょう?」

「それは確かに、そうだが……」


 そして、そんな偏ったものばかり食べているから、世の中は不味い物ばかりという考えになるのだ。そこは、まだ本人には言わないでおくけど。


「私、決めたわ。あなたにはもっと色々な料理を知ってもらいたい。だから、ヴァルが食べるものを私に作らせて」

「それは、俺についてくるということか?」

「そうなるわね」


 ヴァルは首を振った。


「お前にも世界樹ダンジョンへ来た目的があるだろう。わざわざ俺のために後回しにする必要はない」

「私は料理の修行のためにこのダンジョンにやってきたの。ここでなら色々と面白い食材が手に入るからね。でも、その目的にあなたも加わったのよ。ヴァル。私は世の中不味い物ばかりだと主張するあなたの考えを改めさせたい。改めさせてみせるわよ」

「……勝手にしろ」


 ヴァルはため息をついた。それからすぐに彼は言う。


「一応、行動を共にするなら、俺が世界樹で行動する目的も話しておこう。俺は、世界で最も甘いものを探している」

「世界で最も甘い物?」


 それはなんだか抽象的で、ふわっとした印象の話だった。世界で最も甘い物とはなんだろう?


「心当たりはあるか?」

「いや、ないわね」

「そうだろうな。俺も何百年もこの世界樹の中で探し回っているが、一向に見つからない」

「何百年も!?」

「それがどうした?」


 私はそれを言うべきかどうか迷った。でも、最終的に私はそれを言った。


「何百年も探してないんじゃ、いかに広い世界樹ダンジョンの中にも、それは存在しないんじゃ……ないかしら」

「そうかもな。だが、こっちにも事情がある。それに」

「それに?」

「同じ棚でも、探れば、探していた物が不意に出て来るかもしれない」

「でも、それは……」

「……良いんだ。他にやることが無いんだと思ってくれ」


 ヴァルは困ったように肩をすくめた。


「とりあえず、この辺の魔蜂の巣はハズレだ。今度はもっと上層にある、ツリーマンたちに実る果実を狙いに行く。ついてくるなら勝手にしろ」

「ええ、勝手にさせてもらうわ」


 それから、私は食器や調理器具を洗い、一時間ほどのんびりと過ごした。


「……エルシー。そろそろ出発できるか?」

「出発できるわ。ここのキャンプの撤収を手伝いましょうか?」

「さっきまで死にかけていた人間にそんなことさせるか」

「あら、意外ね」

「お前は俺をどんな奴だと思ってるんだ」

「黒い毛皮のかわいいクマさん」


 ヴァルはその答えは予想していなかったのか、きょとんとした顔で固まってしまった。からかわれるのには慣れていないのだろう。


「まあ、お前が俺をどういうやつだと思っていても、どうでも良いがな」

「ねえ、ヴァル」

「なんだ?」

「ひとつ、教えて欲しいことがあるのよ」


 それは彼に助けられた時から私が知りたいと思っていたことだ。遅かれ早かれ私はそれを訊くだろう。なら、今のうちに教えてもらおう。


「あなたは何故、瀕死の私を助けてくれたの?」

「ああ、そんなことか」

「そんなこと?」

「だって、目の前で助けられる奴に死なれたら気分が良くないだろ。だから助けた」


 彼がそれをあまりにも自然に言ったから、私は一瞬戸惑ってしまった。嘘をついているようには見えないし、彼は心の底から、そのように考えて行動したのかもしれない。


「どうした? 固まったりなんかして」

「いえ、改めて、助けてくれてありがとう」

「できることをしただけだ」

「それと、これからよろしくね。ヴァル」

「ああ、よろしく。エルシー」


 そうして、私たち二人の世界樹での冒険譚が始まった。

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