第3話 五三〇〇年〇八月二十七日 ③
「旧ネバダ州レイチェル……」ガラップは少しばかり考え込むと、興奮した様子で、「エリア51か!」
「エリア51?」
「地球文明のとある国と、太陽系外文明が接触した場所だよ」
「まさか」クルルはまったく信じていない様子だ。「国家がこの恒星系に接触したのは二五〇〇年前だ。その約五〇〇年前に消え去った地球文明との接触はありえない」
「確かに、降臨は」ガラップは己の信心深さを強調して、「地球文明の消失に間に合わなかった。あくまで、そういう噂があったというだけの施設だよ。実際のところは単なる軍事施設の一つだったんだろう。でも、僕たちが行くことには意味がある」
「それはどういう?」
「噂は、そうであって欲しい、という願いから産まれるものだ。地球文明への弔いとして、噓から出た
「なるほど」クルルは一旦納得した様子を見せると、いたずらっぽく笑って言った。「きちんと弔ってやれば、残骸拾いなんていう墓荒らしも許されるんじゃないか?」
「噂してしまうほど夢見た恒星間文明の一部になれるんだ、残骸拾いもまた弔いさ」
クルルは失笑した。「今のキミを見ていると、自分の主義が間違っていなかったと心から思えるよ!」
適当な会話を挟みながら、数時間かけて岩がちなエリアを踏破した。突然に吹き荒れた流砂に飲み込まれたり、凶暴な肉食鳥に襲われたりといったトラブルに見舞われたが、特段探索に影響のない範囲で収まった。途中、文明の残骸を度々回収すると、ボックスは四分の一程が埋まった。
なだらかな荒野に差し込むと、ガラップはバックパックから、折り畳み式の六輪駆動を取り出した。
六輪駆動は恒星光を動力源としているが、光源との位置関係が──太陽系を想定するならば──木星ほどで使い物にならなくなる。実際のところ、恒星光の利用にあたって、惑星がベストな距離であることは稀だ。その為、殆どの惑星探索では、風力発電を主だって使用する。今回のようなどちらも使える場合は、より費用を抑えられる光エネルギーを利用した発電機の方が、粗利向上の面で優れている。
時速六十キロ程度で、風を切って進む。
一瞬の風がわずかに肉体から熱を奪い、新たに到来した一瞬の風が、またわずかに熱を奪う。それが折り重なって涼しさとなり、皮膚と専用の神経を通して、心地よさをガラップに届ける。
しかし最初は永遠に続くと思っていたドライブの快感は、ものの数十分で俄かに鳴りを潜めだした。恒星間文明的な時間間隔が、アイデンティティの変更に伴って歪んでいたことに、ガラップはようやく気づいた。
クルルは、「退屈なら減速しようか? 六輪駆動の運転程度なら、キミ自身が肉体を動かす必要もないだろう。私がモニターしているし、キミが必要になったらこちらから呼びかける」
ガラップは恥じ入った様子で、「頼む」
百分の一に減速。
数主観分後、引き伸ばした風景の帯が徐々に収束し、視界の歪みが修正されていくと、それが目的地に到着した合図であるとガラップは理解した。
「ありがとう、クルル」
「どうも」
辺りを見渡すと、何もない荒野だった。とはいえ、何もない、というのはあくまで文明に基準を置いた話であり、自然に重きを置くのであれば、むしろ足りないものなどある筈もない。文明が消えておよそ二八〇〇年。たったそれだけの期間で天地万物に蹂躙された軍事施設の様相は、より先へと歩を進めた恒星間文明生まれのガラップにとって無惨というほかなかった。
「一応、ライブラリから歴史にアクセスしておいたけど」クルルは心底つまらない、という様子で、「国家の惑星精査の結果によると、この位置には何の構造物もないようだ。ほんの少し、過去の探索者たちのおこぼれがあるかも、という程度だね。それでもグランドキャニオンよりかは、はるかにらしいものがあるだろう」
「そうだね」
ガラップは頷くと、目を閉じてかつてそこにあった文明を想った。成長には営みがあったのだろう。滅びの前には哀しみに包まれたのだろう。ガラップの知る地球文明に関する知識、価値観といった情報は、国家が地球に対して最初に行った惑星精査によって得られたものだ。自らの文明に関する歴史を、文明自身が蓄積していなければ、知りえる代物ではなかった。そこから伺えるのは、自らを省みる勤勉さだ。数ミレニアムというニアミスで出会えなかったことを、ガラップはとても残念に思った。
「まった」
ガラップはハッとした様子で、自らの知識を疑った。
「何の構造物もない? その惑星精査は一体いつのものだ?」
「いつ、って惑星精査は最初の……ちょっと待ってて」そう言ってライブラリを閲覧しにジャンプしたクルルが、個人環境から戻ってくると、「地球を発見した際に行った簡易精査じゃ、大まかな歴史しか分からなかったらしい。太陽系内に突入してから、より緻密な精査を行った……だから、時期は接触の少し前だ」
ガラップは頷いて、「降臨は約二五〇〇年前。地球文明の消滅がその約五〇〇年前。仮にも宇宙を目指していた文明の、その中でも最大の部類に入る国が持っていた軍事施設が、たった五〇〇年で完全に消滅した? それも自然の作用のみで?」
「それは分からないけど……他の構造物は一部しか残っていないものがほとんどだ。植物や土砂や雨風によるダメージの蓄積具合と、時間との整合性はきちんと取れている。だからこそ、何もなくなったエリア51が不可解だという、キミの意見は察しがつく。でも、それはそんなにおかしなことでもない」
ガラップはあえて自ら考えを押し殺して、「どうして?」
「そもそも、地球文明の消滅の原因は、自らが造った兵器による自滅だ。エリア51が軍事施設だというのなら、文明の消滅と一緒に消え去ったことは十分にありえる話だ」
「その兵器が軍事施設を消滅させるほどの破壊力を持っていて、なおかつ、軍事施設以外には何の影響も及ぼさずに文明を消滅させたって? それはいったいどんな兵器なら可能なんだ?」
「教会の浄化機関なら……いや、あれはワープ機構の応用兵器だから、それなら恒星間文明に至っているはずなのか。まさか、教会が?」
「兵器ではないけれど」目敏く指摘すると、ガラップは得意げに、「確かに、浄化機関のワープ機構なら、適当な宇宙にエリア51を飛ばせる。けれど、それには専用の施設を地球に建設する必要がある。そんな情報はライブラリには残っていない」
クルルはお手上げといった様子だった。「なら、一体どんな可能性が?」
「仮説なら、ある」そう自信なさげに呟くと、一呼吸置いて「ほんの一瞬のニアミスだったんだ。僕たちの国家が地球を見つける前に、別の恒星間文明が地球文明を更地にした。エリア51が宇宙的脅威に対する軍事施設であったからこそ、あの噂が流れたと考えれば、侵略者がそこだけを完璧に消滅させた理由を説明できる」
「そんなばかな」クルルは信じられないといった様子で笑うと、「国家はこれまで、一度たりとも他の恒星間文明を見つけていない! それが太陽系内に居て、しかもたった五〇〇年のニアミスだって? 国家はよほどの節穴だったのか」
一通りクルルの笑い声を聞き終えると、ガラップは真剣に言った。
「あるいは、本当にそうだったのかもしれない」
ガラップはバックパックから磁気探査に必要な機器一揃いと、掘削機を取り出した。
「国家は宇宙一帯を全天精査して、真っ先に他の恒星間文明が存在しないことを証明した。けれどそれは、今その瞬間にいない、ということが分かっただけで、過去に恒星間文明が存在したことについては何の結論も出していない。これで存在した証拠だけが見つかったなら、どんなに節穴だろうね」
「国家に影すら踏ませない恒星間文明が、わざわざ地球文明を殺したって言うわけ?」
「そこは彼ら自身に確かめなくちゃわからないけど」ガラップは磁気探査の用意をしながら、まるで自分に言い聞かせるように言った。「少なくとも、エリア51の違和感は彼らを想定すれば補える」
磁気探査を始めると、旧エリア51の地下にいくつかの金属反応が現れた。
「教会のワープ機構には、加速器で作った人工元素が使われている。それが使用の際にどうしても周囲に残ってしまうんだ。だから、自然環境に存在する元素でも、地球文明産の元素でも、国家産の元素でもない人工元素が見つかれば、それが他の恒星間文明の証拠になるはずだ」
掘削機を使って金属を掘り出す。ほとんどが軍事施設の名残りと思しき鉄鋼やアルミの残骸で、そちらは本来の業務としてボックスに回した。けれど、一つだけ異質な雰囲気を纏った金属を見つけた。いや、どちらかといえば、金属を纏っている、というべきか。
見たことのない金属で被膜加工された、五十センチ程度の杖状の何か。
「これは……何かわかる? クルル」
「今使っている探索用の計測器じゃなんとも。私の記憶でもちょっと分からないや……これは、本当にもしかするのかもしれない」
高揚した気分で空を見上げた。すでには陽は落ち、文明の消えた地球の夜空では誰に邪魔されることもなく、星が爛々と輝きを放っている。ガラップは夜風を纏って身震いし、杖に視線を落とすと、その物体の重要性を改めて理解して、果ての無い荒野に置き去りにされた気分になった。
そんな様子を見て、クルルは冗談交じりに笑って言った。「そろそろ国家にも名前をつけなくちゃいけない。自己紹介で恥ずかしいことにならないようにね」
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