三章 乾き、枯れ、造られたもの

 神の祝福はミリアに訪れたのだ、ジェームズに訪れた訳ではない。姓は違えどクーフォイ家の一人であるミリアに奇跡が起きただけなのである。それ故かジェームズは未だに混乱していた、昼時にレドール家の一行がクーフォイ家邸を訪れてから当たり前のように豪華な夕食を食べ終えるその瞬間まで。

「今日の夕食は味付けがいつもより薄かったぞ、どういうことだセバス。」

「誠に申し訳ございません。味付けはいつも通りの分量、手順、時間で行っていたはずなのですが、お気に召さなかったでしょうか。では、明日の夕食は通常より味付けを濃くしておくようにシェフに言いつけておきます。」

「ああ、よろしく頼むぞ。私は濃い味付けが好きなんだ。」

「貴方、これ以上味を濃くしてどうするの。夕食はいつも通りの味だったわよ、きっとレオのことがまだ受け入れ切れていないのね。ほら、今日はもう寝ましょう。」

「そうさせてもらうよ。済まなかったなセバス。」

「お気になさらず、お休みなさいませジェームズ様。」

その日セバスはジェームズに初めて謝罪をされた。執事としての人生を二十歳で歩み始め、その時からクーフォイ家に仕えて三十年、その長い時間の中で初めてのことだった。クーフォイ家を支える優秀な執事セバスにも小さな奇跡が起きていたわけだ。

 「貴方、大丈夫?すごく顔色が悪いわよ、ただの気疲れじゃないんじゃないかしら。私、心配だわ。」

「気にするな、私はここ二十年風邪さえなったこともない。流行していた疫病だってかからずに済んだじゃないか。」

「そういう少しの慢心が貴方の命を落とすことに繋がってしまうのよ、私は貴方とこれからもずっと一緒に居たい。だからお願い、病院に行きましょう。」

「分かった、行こう。しかし今日はもう遅いから今すぐにという訳にはいかない。もう寝ようキャサリン。」

「分かったわ。お休み、貴方。」

寝室の明かりを消し、二人は向き合って眠りについた。

 ジェームズが死んだ、癌が原因だったようだ。ジェームズに衝撃と混乱が訪れたあの夜、癌の進行度は末期に達していた。翌日病院へジェームズと共に受診しそのことを知らされたキャサリンは、診察室で酷く泣き崩れたらしい。発覚から四か月、苦しい闘病の末、ジェームズは亡くなったのだ。今までの愚行に対する神の怒りだろうか、死というのはこの世で一番悲しいことだろう。例えそれが偽りを重ね乾き、枯れてしまった命だとしても。

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