【本文】スポット 『グラバー園 自働電話』

 猛暑が続いたある日のこと。

 仕事が休みで、朝から時間を無駄に過ごしていたが、いきなり数年前に買った携帯が壊れてしまい。しぶしぶ買い替えることになった。


 とはいえ、貯金は雀の涙ほどしかない。給料日までには日にちがあり、携帯ショップで新品を購入する余裕がなかった。


 仕事では会社の電話を使い、パソコンでのやり取りが多く。知人からは飲みの誘いが殆どで、滅多に掛かって来ることはない。その為、急を要する事は無いが、ともあれ無いと何かと不便なこのご時世。


 どちらにせよ遅かれ早かれ買い替えなければ行けず。部屋にあったパソコンを開き、普段はあまり利用しないフリマサイトで、安く売っていないか探すことに ─── 。


 しかし、しばらく探してみたものの、目に余るほどの品数に対し、中古でも手に届かない品ばかり。さらに価格帯など条件を絞り探すことにしたのだった。


 それから、何度かページを更新していると、目を疑うくらい安価な商品を見つけた。


 価格は1万。

 最新ではないが、一つ前のモデル。

 中古だが状態も良く、多少の傷がある程度。

 商品説明には『ジャンク品ではありません。』と記されていた。


 さらに、説明は続いている。


 だが、続きを読もうとした時。ふと、画面の隅に表示されていた時間に目がいった。


『9秒前』


 それは、今しがた出品されたばかりを意味した。


 それにより先を越される不安に煽られ、それ以上、説明を確認せずに購入。購入後、「買ってしまってから見ても……」と思い、続きを見ることはしなかった。


     ◆◇◆◇◆


 翌日、仕事中に届いた荷物をコンビニで受け取り帰宅した。早速、箱を開け買った携帯を部屋のベットで寝転びながら、色々と設定する。


 それから間もなくの事だった。テレビも点けず、耳鳴りが聞こえるほど静まり返っていた部屋に、突如として聞こえてきた耳を突き刺すような着信音。


〈ジリリリリン……ジリリリリン…………〉


 まだ設定が終わっていなかった携帯からは、黒電話の不快音が発せられていた。


 いきなり聞こえたその音に驚き、買ったばかりの携帯をベットに落としてしまう。


 SIMカードは、今までの物を使っていたことで、番号は変わっていない。その為、不気味と感じつつも、番号を知っている友達ないしは会社の人からだと思い、裏返っていた携帯を拾い上げ、その音構わず、すぐに画面を確認した。


 『非通知』


 その表示を見て出るのをやめた。そのカードには連絡先も登録されている為、その番号からであれば、登録してある名前が表示されるはず。そう思い、出ずに電話が切れるのを待つ事にした。


 しばらくすると、不快な着信音と共に電話が切れ、すぐ不快に感じた着信音は、落ち着いたメロディーへと変えた。


 それから数時間が経ち、夕食の準備をしていると、ベットに置いてあった携帯が鳴る。


〈ジリリリリン……ジリリリリン…………〉


 その音に、食材を切っていた手が止まり、同時に振り返る動きも止まった。


 ベットに置かれた携帯からは、設定した音ではなく、再び耳を刺すような不快な黒電話の音が流れていたのだった。


 その異常な状況に呆然と立ちすくみ、鳴り続ける携帯をただ見てるだけしか出来なかった。


 しばらくして電話は切れた。


 すっかり静まり返った部屋で、誰からなのか、なぜ着信音がもとに戻っているのか気になり、夕食の準備が手につかない。


 その為、恐る恐るベットに向かい、画面を確認したが発信者は、やはり非通知からだった。


 ただ、着信音の設定には異常が見られなかったことで、何とも言えない不気味さが残る。このままでは、恐怖により自尊心が損なわれ壊れてしまいそうになる。そう思い、「非通知の時は黒電話の音が鳴るのだろう」と納得させた。


 そう納得させると不意に、それまで感じていた恐怖心が消え気持ちが楽になったが、同時に忌々しき状況に気づく。不気味だと感じ、出ることを躊躇っていたその電話は、二度も同じ番号から掛かって来ている。


 もしかしたら、登録してないだけで、自分に関係する電話かもしれない。


 そう思い、掛け直してみたが繋がらない。仕方なく、次に掛かって来た時に出てみる事にした。


 それから数時間してまた電話が鳴った。


〈ジリリリリン……ジリリリリン…………〉


 やはり、着信音は黒電話の音。画面の表示には番号のみ、番号も今まで掛かって来ていた番号。それにより、普通に出てみることにした。


「もしもし……」


 出てみると、『微かに何かの音』がする。


「もしもし、どなたですか?」


 しかし、いくら呼び掛けても返事は返ってこない。それから数度、呼び掛けたが状況は変わらないまま。間違い電話なのか、相手の電話が壊れているのか、全く相手の状況がわからないが、埒があかず電話を切ることにした。


 それからしばらく時間が経過し、寝る時間になったが電話は鳴らず、その日は気にせず眠る事にした。


     ◆◇◆◇◆


 翌日、いつも通りの朝を迎え会社に向かう。仕事中に携帯が鳴ることはなく、珍しく忙しかったことで仕事に没頭していると、あっという間に昼休みになっていた。昼食を食べ午後の仕事をこなす。気づくと就業時間になり、その頃には電話の件を完全に忘れ、その日の仕事を終えた。


 そして、久しぶりに会社の同僚と二人で飲みに行くことになり、そのまま店に向かうことに。店に着くと、生ビールとつまみを注文し、一先ずお互い乾いた喉を潤した。日中の忙しさによって、へとへとだった体にキンキンのビールが染み渡る。


 それから酒を飲み喉が潤ったことで、焼き鳥やら枝豆やら食べながら、たわいもない話で盛り上がった。


 だが、それから大ジョッキを二杯ほど飲んだ頃、電話が鳴った。今時、黒電話の音は珍しく、今ではあまり聞きなれない音に、周りの視線が向けられ、慌てて着信を切り電源を落とす。


 それがきっかけで、また思い出してしまったが、「お前、変わった着信音にしてんだな?」と同僚に聞かれ、昨日のことを全て話すことにした。


 酒が入っていたことで、同僚は笑いあまり親身に話を聞いてはくれなかったが、それがむしろ気持ちを楽にしてくれ、仕事の疲れと一緒に吹き飛ばすように、酒をあおって忘れることにした。


 そして、いい感じに酔った頃、翌日も仕事だった為、数時間でお互い別れることになった。


 その日、その一度しか電話はなかった。


     ◆◇◆◇◆


 そのまた翌日のこと。仕事を終え、その日は飲むことなく、真っ直ぐ帰宅したが、部屋でのんびりしていると、電話が鳴った。


 電話に出るが、微かに何かが聞こえるだけで、はっきり聞き取れず、呼び掛けても変わらず返答はない。


 すると、ある事に気づいた。


 その電話は、いつも夕方を過ぎてから鳴り、日中の明るい時間には掛かってきていない。


 さらに、他の法則はないかと履歴を確認する。


 初日は3回。二日目は1回。そして、今現在1回。


 まだ、今日が終わるまで時間があり確証は無いが、少なくとも計5回のうち3回は同じ時間に掛かっていた。それも、最初の着信に出た3回目の時間。


 偶然にも、着信に出た日を境に、同じ時間にしか掛かってきていない。


 考えすぎかもしれないが、三日連続で同じ時間に掛かってきたことは、紛れもなく事実。


 着信に出ても応答がない状況がさらに不安を煽る。


 その為、番号を拒否リストへと登録した。


 その日、その1回の着信以降、電話が鳴ることはなかった。


     ◆◇◆◇◆


 だが、その翌日。


 仕事から帰り、いつものように過ごしていると、いつものように電話が鳴った。


 着信拒否したはずの番号。黒電話の不穏で不気味な着信音。そして、昨夜と同じ時間の着信。さらに、拒否した事を思い出し、電話に出る意欲を阻害した。


 すぐに『拒否』を選び切ろうとするが、全く反応しない。何度選択しても切れない状況が、それまで以上の恐怖に拍車をかける。


 少しすれば、いつもみたいに勝手に切れるはず……。


 そう信じ、電話には出ないが、切れるまでの間その音を聞いてはいられない。耐えかね音を抑える為に、枕を上に被せ、勝手に切れることのを待った。


 それから少しして、ようやく着信音は聞こえなくなった。


 ふーっと息を吐き、枕をどける。


 なぜか画面には『通話中』の文字。


〈電車が走る音〉

『……け……て……』


 すると、その状況に神経が研ぎ澄まされてことで、今まで何かの音だと思っていたものが、僅かながら少女の囁き声に聞こえた。


〈踏切の音〉

『助けて……。ねぇ、助けて……』


〈ツー……ツー……ツー……〉


 それは勝手に切れた。


 だが、切れたはずの携帯から、その少女とは別の少女の声が聞こえてきた。それはまるで、自分の携帯を通して二人で会話をしているようだった。


『ネェ、ナニシテルノ?』

『サガシモノ……』


〈ツー……ツー……ツー……〉

〈ジリリリリン……〉


『ネェ、ドコニアルノ?』

『ワカラナイ……』


〈ツー……ツー……ツー……〉

〈ジリリリリン……〉


『ネェ、ソレドウスルノ?』

『モッテイクノ……』


〈ツー……ツー……ツー……〉

〈ジリリリリン……〉

 

『ネェ、ドコニイッタノ?』

『ココニイルヨ……』


〈ツー……ツー……ツー……〉

〈ジリリリリン……〉


『ネェ、モウスグアエルカナ?』

『タブン……』


〈ツー……ツー……ツー……〉

〈ジリリリリン……〉


『ネェ、ドコニイルノ?』

『オハカダヨ……』


〈ツー……ツー……ツー…………〉


 その状況に凍りつき意識を失った。


     ◆◇◆◇◆


 後日、ふと気になり商品説明を見返した。


 そこには、『遺品処分の為』という文字と共に、『私の大切な一人娘が事故で亡くなりました。娘の物を見ると辛くなり、先に進むことが出来ません。不謹慎ですが、どなたか代わりに使って下さい。どうか、大切にして下さい。』と書いてあった。


 それを見て、どこか切なくなった。

 

 しかし、その書き込みを見て、思い出したくない記憶までも蘇る。


 ふと履歴を見たが、その履歴だけ消えていた。


 「あれ? そういえば非通知だったよな……あの着信。それに、一人娘って……もう一人の声って……」


 なぜ、『非通知』なのに『電話番号』が表示されていたのか。


 一人娘とあるが、二人の声がはっきりと聞こえていた。


 それに、


 『探し物』とは?

 

 『分からない』とは?


 『持っていくの』とは?


 それ以降は、覚えていない。


 携帯がないと不便と思いそのまま持っていたが、その日のうちにお寺へと持っていくことにしたのだった。


     ◆◇◆◇◆


 果たして、その少女が探していたもの。


 それはなんだったのだろうか?


『アナタモ、イッショニサガシテ。ワタシノ、 ……』


〈電車が走る音〉

〈踏切の音〉


   了

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