第9話 白百合。

《まぁ、百合が大嫌いだったのね》

「はぃー、匂いが本当にダメで、言う機会も無かったので致し方無いとは思うのですが」

『花言葉は純潔、無垢、贈るには少し難しい花だとは思うんですけど』


「安価で良く売れるので、カモにされた部分も些か有るかと」


《ふふふふ、不器用童貞にしても過ぎるわねベルナルドは、ふふふ》

『お返事は出されたんですか?』

「はい、取り敢えずは嫌いな花を羅列させて頂いて、ついでに匂いについても、差し当たっては次は香水が贈られる可能性も鑑みて、はい」


《ふふっ、先手を打たれて形無しね、ふふふふ》


「あのー、こうした愚痴にお付き合いさせるのは未だに」

《寧ろ私は面倒が無くて良かったわと思ってるわ、あの方は既に私の好みを把握してらっしゃるから、私が気に入るモノしかくれないの》


「愛されてらっしゃる事が良く伝わる事例だとは思いますが、何処かに恐ろしさを感じるんですが?」

《そうね、ふふふ》


「あ、それで、劇についてなんですけど。再び貴族と庶民物をお願いしようかと、しかも男女其々で」

『あぁ、良いですね、女性当主も存在していますし』

《そうね》


「で、今回は1回の劇の中盤で場面転換をし、実は令嬢になる為の礼儀作法の勉強はコレでも半分だとするんです」


『ですけど、それだけでは単に大袈裟な表現だ、と』

「そこで、終幕後のアンケートで大袈裟に見えたって項目に丸を付けて頂いた方に、実際に貴族と一緒に練習して頂くんです。上手く行けば成り立て令嬢や令息には自信が付きますし、庶民にしてみれば貴族でも大変なんだ、と」


《そうね、成り立てでも貴族は貴族だものね》

『ですけど、集めるとなると』

「そこで引き籠ってらっしゃる方にも出て頂いて、恥ずかしいでしょうから仮面も付けて頂く、そうすれば成り立ても頑張ろうと、思えないかな、と」


《アニエスは、そうした場が欲しかったのね》

「ですね、私は、ですけど。あ、それと並行して学園でも、庶民用の授業に取り入れて頂こうかなと。そこで礼儀作法が素晴らしい方が居れば、今度は同じ庶民の素晴らしい見本として出て頂く、とかで、どうかなと」


『僕は、凄く良いとは思いますが』

《場所、よね》

「はい、王都でお貸し頂ける場所に関しましては全く無知ですので、かなり絵空事だとも思っております」


《そこをどうにかするのが大人よ、良いわ、持ち帰って相談させて頂くわね》

「はい、ありがとうございます」

『では僕も書いておきますね』


「あ、でも今直ぐは無理でしょうから、やはり次の舞台はガーランド侯爵令息のしたい舞台が宜しいかと?」

《そうね、どんな物語なのかしら?》


『今回は令息が主人公の話なんですが、少し、変わり種でして』


 男装の令嬢が令息として育てられ、婚約までさせられてしまう物語。

 そして家も何もかもを捨て、逃げた先で侍女として生きる。


 けれど品の良さから見初められてしまい、地方の男爵位と言えど苦悩する。


《コレはある意味、アニエスね》

『はい、庶民にしてみれば男爵位と騎士爵は近しい、ですがコレと同じ様に大きな差が有る。そして結局は周囲の目や評価次第だ、と』


「私、それはまだ読んでいないくて、結ばれるんでしょうか?」


『どう思いますか?』

「物語だからこそ結ばれて欲しいと思いますけど、では、どう結ばれるのかと思う。難しいだろうな、と」


『ですので、そこで休憩を敢えて挟もうかと』

《成程ね、考える時間を強制的に与えるのね》

「ですけど途中で帰らない様にとの配慮が必要ですね、ココで一旦は終幕なのかと、慣れない方は帰ってしまうかも知れませんから」


『はい、そこも配慮させて頂きますね』


「それで、どうなるんでしょう?」


《ふふふ、課題、かしらね?》

『はい、ですね、本と終わりを変えても良いと原作者の方から許可は得ていますので』

「えー、見るまで答えを知れないんですか、まぁ、普通はそうですけど」


《アナタなりで良いのよ、私だって未だに考えている最中ですもの》

「本当にそうですか?もう答えが出てらっしゃるのでは?」


《様々な手段を講じなくてはならない場合、答えは1つでは無いでしょう?》

『ですけど出し切ったからと言って本当に全てとは限らない』


「んー、コレは奥深い作品になりそうですね」


 自分と立場が違うのだから、と考えもしない者は貴族にも庶民にも居る。


 食事をし、睡眠を取り、其々に好みが有る。

 生きる、と言う事に関しては性差すら無く、同じだと言うのに。


《そうね》




 実家に帰る前に贈り物をし、王都の家を出る直前に、アニエスからの返事が届いた。

 だが。


 まさか、よりによって初めての贈り物で、大嫌いな物を贈ってしまうとは。

 馬車内だから良いものを、俺は思わず大きな溜息をついてしまった。


《マルタン》


「はい?」


《最初の贈り物で失敗した場合、どうしたら良い》


「諦める」

《それ意外でだ》


「他の女を探す」

《却下だ》


「えー、何でそんな執着してるんすか?大して知らないんですよね?」


『あ、崩れ落ちた。ダメだよマルタン、童貞はこうした事に打たれ弱いんだから』

《童貞は関係無いだろうメナート》

「何を贈ったんすか?」


《白百合を》

『あぁ、良い様にカモられたんですね、アレは好みが分かれるんですよ』

「無垢、純潔、まさに純潔の騎士様っすねぇ」


『マルタン、貴族は寧ろ童貞を誇るべきなんだからね?』

「でも初手で大嫌いな花を贈るのは無いっしょ」


『崩れ落ちないで下さいアーチュウ、次です次、次は成功させましょう』

「つか手頃な女に相談とかしないんすか?」


《百合を指定はされていないが、して、コレだ》


「あー、どんまい、運です運」

『本来ならドレスや靴ですが』

《一定額を越えた場合、同額返すぞと脅されているんだ》


「嫌われてません?」

『あ、致命傷を負わせないで下さい、ご実家に付く前に死なれては困ります』


《どうしたら良い、メナート》


『小さくても安くても構いませんから、似合うだろう品と共に情報交換なされば宜しいかと』

「でも嫌われてたら喜ばないんじゃ?」


『本当に殺さないで下さいマルタン。それに貴族は本当に嫌なら受け取らず送り返すのが礼儀ですから、受け取って頂けましたし大丈夫かと』

「で、次は送り返されたりして」


『とどめを刺す気は無いのですが、ご心配なら今回同様、生物をご実家にお届けしてはどうでしょう』

「あー、食い物なら家族で食うだろうし。成程、生き物だから受け取ったかもか」


『とどめを刺しましたね』

「てへへ」


『ココでは構いませんが、ご実家に着いたらシャッキリして下さいね、私が怒られてしまいますから』


 メナートは侍従で部下、幼い頃からウチに居た幼馴染でも有る。

 妾の子だからと虐げられていた所を、父が拾って養子に、何処の家から拾われたのかは知らないが。


 似ている顔を見た事が有る、大臣の。


「あ、現実逃避してる顔だコレ」

《マルタン》

『そっとしておいて差し上げましょう、品物を考えていたのかも知れませんよ、封筒に入る大きさの何かを』


《あぁ、だな》

「絶対嘘っしょ」

『かも知れませんね』


 本当に、何を贈れば良いのか。

 何を贈れば、喜ばれるのか。




『それで、ご婚約様から何を贈られましたの?』


 お茶会で大ピンチです。


 お返事を出して直ぐに贈られたのが、家族にもと白い綿の反物。

 確かに助かりましたけど、流石に他の方にご披露するワケには。


「白い、物を」

『まぁ、純粋、無垢を表すお色ですわね』

《当たり障りの無い所では、やっぱり百合かしら》

『薔薇かも知れませんわね』

《それとも、白いドレスかしら?》


「あ、高価な物はご遠慮頂いているんです、そもそも爵位に差が有りますので。目が覚めた暁に、なんて勿体無い事をしたのだろうと後悔して頂きたくないのと、財を削り次の方に恨まれたくは無いので」


 今の私に出来る事は、コレだけでして。


《まぁ、なんて健気なの》

『賢明でらっしゃるのね』

「あ、いえ、こうした事に不慣れで」

《それでも、先々の事を考えてらっしゃって、良い手だと思うわ》

『以前のお相手だけでは無く、品物も考えさせられてしまいますものね』


《そうそう》

『あの女にはアレで、私にはコレ、だなんて嫌ですものね』

《それに贈る方も、どうしてあんな方にあんな高価な物を贈ってしまったのかと、後悔される方も多いと聞きますものね》

『ほら、やっぱり賢明でらっしゃる選択だわ』


「ですけど可愛げが有りませんし、家が商家ですので」

『家が騎士爵でも娘まで剣を習う者は少ないわ』

《しかも、お仕事について分かってらっしゃらない伯爵令嬢もいらっしゃると聞くし》

『ウチの父が嘆いてましたわ、婚約者にと推さなくて良かったって』

《難を逃れて幸いでしたね、たかが親の爵位しか理解していない者には、本当に困ったものですわ》


 私へ向けられた嫌味なのか、単に本音を言ってらっしゃるだけなのか。

 全く、分かりません。


『ふふふ、さ、お食べになって』

「あ、はい、頂きます」

《コチラね、新作なのよ》

『そうそう、気まぐれなパティシエだから買うのが大変らしいわ』

《素敵な方なのよね》




 カミーユ様から招待する様に言われた男爵家のご令嬢さん、とても賢いのに。


『勿体無いわね』

《本当に、親の爵位は親の爵位、ご本人の内面を映し出すモノでは無いのだけれど》

『どうしても、肩書きから先に知ってしまうものね』

《例え庶民でも無くてはならないモノ、だものね》


 料理人、パン屋の経営者、大工に銀細工職人。

 何も無いのは子供か無職。


 しかも何処の誰か、も無いとなると。

 治安を乱す何か、王都にはそうした者は入れない、存在は許されない。


 だからこそ、立場を示す爵位が存在しているに過ぎない、と言うのに。


《ねぇ、守って差し上げましょう?》

『そうね、カミーユ様からの紹介では無くとも』

《優秀な者を取り立てるのも、私達辺境伯令嬢の努め》

『ですわね、そうしましょう』


 それにしても、アニエス嬢が困惑なさる贈り物って、何かしら。

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