第10話 従姉妹。

《お兄様、従姉妹だからこそ言わせて頂きますが、綿の反物など論外ですわ》


《だが、あの場では》

《髪飾り等も有ったでしょうに》


《相手は、成り上がり男爵令嬢なんだ》


《は?何でですの?》

《気に入った》


《まぁ、それなら話は別ですわね。綿の反物でお喜びになる成り上がり男爵令嬢でしたら、さぞ安上がりでしょうしね》


《いや、一定額以上はの品に関しては、同額の品物を送り返すと言われているんだ》


《そんなに困ってる家なんですの?》

《いや、王都でも繁盛している》


《だとして、他に何を贈ったんですの》


《好みを知らずに、白百合を贈ってしまし》


《好みが分かれますわよ?特に香りがキツいんですもの》


《匂いが、大嫌いだ、と》


《メナートお兄様》

『生憎と百合の件では買い物に同行していないんだよ』


《で・す・が》

《いや、俺が即決したんだ、すまない》

『幼い姪子さん等も居るそうですし、まぁ、それなりには妥当かと。それに気持ちが1番ですから』


《まぁ、それはそうですけれど》


《ルージュ、もうそろそろ良いんじゃないかしら?》


《伯母様が、仰るなら》

《アーチュウ、アナタは真面目で誠実な子。きっとお嬢さんは爵位差に尻込みしてらっしゃるのよ、大丈夫、私はアナタとアナタが選んだ子を信じてるわ》


《ありがとうございます、母上》


 俺は、凄い難しいと思うんだけどな。


「期待させて持ち上げて、失敗したらどうするつもりなんすかね」


『そうだね、そこは私も警戒している所なんですよね』

「俺、マジで親友が死んじゃったんすよね」


 貴族位の女に惚れて、そこそこ良い感じになって。

 けど、結局は政略結婚に負けて、相手は貴族と結婚。


 庶民だったから、別に結婚には問題は無いんすけど。


『凄く惚れていたんだね』

「で、雨の日に出掛けて、数日して見付かって。手紙を処分して欲しいって言われて、もう、嫌になったって」


『あぁ』

「まぁ、軟弱者って言われたら終わりなんすけど、凄い幸せそうだったのに。もう、本当にボロボロになっちゃって、何してもダメで」


 アーチュウ様は凄い良い貴族で、良い人で。

 だから無理はして欲しく無いんすよね、俺みたいな庶民でも、こうして侍従にしてくれたし。


『強くても、だからこそ、崩れる時は一気に崩れるからね』

「山でも何でも、一瞬っすからね」


 嫌われても憎まれても良いから、あの時もっと、ちゃんと忠告出来てたら。




《全く、納得いきませんわ》


『何処が、かなルージュ』

《全部、ですわ、メナートお兄様は納得いきますの?》


『うん、1つ1つ、良いかな』

《先ずは申し込みを受けた事、単なる男爵位ならまだしも商家の成り上がりですのよ?》


『個の利益だけでなく周囲にも活気を齎した事が、評価されたそうだね』


《だからと言って、贈り物の金額を指定なさるだなんて》

『貴族の贈り物に関しても自ら相談に乗ったりしているそうだからね、独自の揉め事を回避する術なんだと思うよ』


《ですけれど、乗り気では無いだなんて。誠実で真面目で優しいお兄様ですのに》

『誠実で真面目で優しいし仕事も出来るけど、だからと言って誰もが彼に惚れるワケでは無いんだよ』


《見る目が無さ過ぎですわ、相応しくありません》


『なら、どんな女性が良いと思うのかなルージュは』


《優しくて、誠実で真面目で、お兄様をお支えする事が出来る女性ですわ》

『好意が無くても良いのかな』


《それは、当たり前に持っていて当然ですし、お兄様を知れば当たり前に持つ筈ですもの》


『アーチュウがそんな女性を選んだ、とは思えないのは、どうしてなんだろうか』


《それは、お兄様は純粋過ぎるのかも知れませんわ。婚約者もいらっしゃらなかった、浮ついた事が無さ過ぎて伯母様も心配なさってらして、ですから》

『騙されているか、見誤っている、と?』


《そこは、メナートお兄様もいらっしゃいますし、大丈夫だとは思いますけれど。騎士爵の妻になる覚悟が無いのでしたら、早々に破棄なさるべきですわ》


『そう、じゃあルージュなら、進んで王太子の婚約者になるんだね』


《それは》

『それか、アーチュウすら恐れるジハール侯爵の息子さんの婚約者でも良いよ、どっちが良い?』


《私は、親の決めた方の為に、努力は惜しみませんわ》

『そう、助かるよルージュ、ジハール侯爵が末子の婚約者を探していてね。うん、進言しておくよ、アーチュウにもね』


 僕は、アニエス嬢を虐めていた伯爵令嬢の父親と血が繋がっている、要するに彼女とは異母兄妹。

 父が若い頃に手を出した男爵令嬢から生まれた、私生児。


 遊ぶ為に口説かれ、捨てられ、向こうは子爵位の令嬢と結婚。

 騙された方の母は実家に恥だとして閉じ込められ、僕を虐げ続けた。


 アーチュウの父、騎士爵のレオン様に拾われるまで、無視か暴力かの荒れ狂った家に引き取られ。

 同じ年のアーチュウと共に、育てられた。


 そうしてベルナルド家を知る度に、普通の家を知る度に、愛されていなかったのだと理解した。

 無視されようとも、暴力を受け様とも、愛されているのだと思っていた。


 それが当たり前で、正しいのだ、と。


《すまんメナート、早速嫌な思いをさせた》

『いえ、アレでも素直な方ですからマシですよ』


 アーチュウはボロボロだった僕を知っているのに、決して何かを尋ね様とはしなかった。


 知ろうとされない事で、なんて薄情なのだろう、どうして僕に興味が無いのだろうと。

 真っ直ぐな家で、僕は歪みを増していき。


《今度から、ちゃんとメナートの忠告を聞く、だから遠慮せずに言ってくれ》


 アーチュウもベルナルド家も、憎んでいた。


 本当の愛情とは何か、親とは何か。

 自分の全てが間違いだったと、毎日毎日、突き付けられて。


 嫌だった、何もかも、全て。


『私も半ば良いかも知れないと思っての事ですし、お礼の手紙も届いているかと』

《あぁ、だがコレはもう、形式的な社交辞令だけだ》


『嫌がっていないだけマシかと』

《あぁ、だな》


 何もかもが嫌でも、逃げ出す場所が無かった。

 四六時中真っ直ぐなアーチュウと一緒にさせられ、学園に入れられ、シリル様に出会った。


『それに、童貞の方がマシですよ。何故、どうして童貞では無いのかと聞かれたら、私は本当に困りますし。昔過ぎて童貞のフリも難しいですし』


 学園内で食い散らかそうとしていた時、シリル様に知られ、諌められるかと。

 けれど相手を指定し、その相手と致せば逃げ場を用意してやる、と。


 僕は二つ返事で食い散らかし、逃げ場を貰った。

 裏の近衛の仕事。


 表向きは馬を操る御者、裏は貴族令嬢を落とす役目。

 アーチュウに、ベルナルド家に関わらずに済んだ事で、捻じれは収まると思っていた。


 けれどダメだった。

 ベルナルド家に、アーチュウに頼られると、断れない。


 日陰生まれでも、日向の心地良さには勝てない。


《本当に童貞じゃないのか》

『確かめてみますか?』


《それは、どうやって確かめるんだろうか》


 無垢で真っ直ぐで。

 眩しくて嫌になるのに、時間が経つと引き寄せられてしまう。


 正直さ、素直さ、真っ直ぐさと正面から向き合うのは心地が良い。


『無いですね』


《無いのか》

『ですが失敗談には詳しいですよ』


《成程》

『先ずは、穴を間違えます』


《それは、大変な事になりそうだな》

『相手の様子を伺う余裕が無いので、自分勝手をします』


《破棄されても致し方無いな》

『えぇ、本当に』


 シリル様と繋がっている事は知っていても、アーチュウは裏の仕事を一切知らない。

 昔はいつ言おうか、とすら思っていたのに、今は嫌で堪らない。


《俺の事は気にせず、良いと思う令嬢が居るなら、結婚してくれて構わないんだが》

『アナタに似て心が動き難いみたいなので、お気になさらず、その時はちゃんと言いますよ』


《分かった》


 アーチュウが僕に何も言わなかったのは、配慮、言い出すまで尋ねるなと親に厳命されての事。

 興味が無かったワケじゃない、興味よりも僕の為を思い、常に様子を伺うだけに留めてくれた。


 真の優しさ、度量の広さに困惑し、捻れてしまった。

 あの狭い家に比べあまりに広大で、自由で、柔らかくて。


 だからこそ、八つ当たりをしながらも、女に居場所を求めた。

 狭く、小さな、決められた役割が与えられる場所へ。

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