第8話 ロッサ・フラウ。
アニエス嬢は、ミラとアーチュウの仲に気付いてしまった、と。
『ふふふ、それで彼女の頭はミラの事でいっぱいになったんだね』
《満足ですか》
『いや、凄く不本意だよ、アニエス嬢に気取られてしまう程度には、君に気が有ったのだと再確認させられてしまったワケだし』
《アニエスに》
『悪いと思って良いのかい、僕が償ったら君の入る余地は全く無くなるけれど、それでも構わないなら全力で償わせて貰うよ』
《そんなに、苦しかったなら》
『君に言えばどうにかしそうだからね、言えるワケが無いじゃないか』
《すみません》
『愚直さ素直さ運動神経の良さを買っているんだから、変わらず率直に頼むよ』
《性格が悪過ぎてミラ様の事が心配になりました》
『そこは大丈夫だよ、性格が悪いからと言って、必ずしも優しさを持ち合わせていないワケじゃない。ただ優しさの使い道を良く把握し、管理しているだけ、そこはアニエス嬢とも理解し合える部分だと思うけれど。いっそ、妾にでもしてしまおうか』
《止めて下さい、流石の彼女でも絶対に潰れます》
『だろうね、本来なら恨んで良い筈のミラにすらも同情する優しい子、しかも下位貴族。どんなに良い教育者が付いたとしても、いやだからこそ、国を背負う者の妾ですら大変だと理解出来る筈だからね』
《どうか、お願いします》
『妾にはしないよ、流石にそこまでは僕も苦しんではいないからね』
《せめて俺に直接、物理的に八つ当たりして下さい》
『うん、以降はそうさせて貰うよ』
ミラに会えるまで、もう少し。
もう少しだけ我慢しておくれ、アニエス嬢。
「そ、こ、ご一緒させて頂けるのは光栄なのですが」
《良いの、既にアナタにバレてしまった、とアレから聞いているわ。ごめんなさいね、変な気を使わせてしまって、もう良いの、アナタが居なくても私達は結ばれなかったのだと、分からされたもの》
「すみません」
《あ、謝らないで頂戴、本当にもう終わった事だもの》
「ですが、そんなに直ぐにも、割り切れてしまうものなのでしょうか」
《割り切らされたの、身近だったからこそ、恋には至れない。私にも弟が居るのだけれど、それと同じだと言われて、とても腑に落ちてしまったの》
「すみません、ほじくり返してしまって」
《あのね、本来なら私の婚約者の事に巻き込まれたアナタに、私が謝罪すべきなのよ?それをこんなに謝られてしまったら、私はどうしたら良いのかしら?》
「す、そ、話を、逸らします」
《そうして頂戴。何か本をお勧めして下さる?》
「それは、どの様な」
《庶民にも人気の、子女の好みそうな内容ね》
「非常に申し訳無いのですが、お目に掛けるべきと思える様なモノは、男爵令嬢からは出ないかと」
《あら、そんなに私に謝って欲しいの?それか図書室へ一緒に向かうか、選びなさい?》
「図書室へご案内致しますぅ」
最初から、この手段を使わせて下されば、アニエス嬢もココまで申し訳無さを感じずに済んだと言うのに。
王室からアニエス嬢との接触を禁じられ、やっと解禁されたと思えば、今度は友人になれだなんて。
変なモノに目を付けられてしまったせい、とは言え。
私のたった1つ年が下なだけの、しかも下位貴族の令嬢に、重荷を背負わせ過ぎだわ。
《さ、もう以前と同じ様になさって》
「本当に上位の方は無茶を仰いますね?」
《あらそう?例えばジハール家の五男の事かしら?》
「いえ彼は寧ろ無茶のむの字も仰らない方ですよ」
《本当に、モテモテね?》
「本当に、同じ作家が好きな単なる同志、ですからね?」
《それよそれ、その作家の本が読みたいわ?》
「風刺も混ざってますので、お立場次第では楽しめない本ばかりなのですが」
《私がそんなにも幼稚で狭量だと思ってらっしゃるの?》
「お付きの方ぁ」
『お嬢様は堅牢なお方ですので問題御座いませんよ』
「堅牢って城とか城門に使う言葉では?」
『はい』
《ほらね、さっさとお出しなさい》
「いやココには無いですよ、私物ですから」
《ならお部屋にも遊びに行かなくてはね?》
『ご友人なら当然かと』
「もしかして、だから護衛が女性に?」
『かも知れませね』
《そうね、ココでは私に相応しくないモノを選んで頂戴、それからお部屋に行かせて頂くわ》
「はぃー」
コチラの思惑通り、困惑しながらも嫌悪は無し、かと言って媚びる気配も無い。
《あら面白そうじゃない、好きなのよ大衆向けの恋愛物語》
「あ、コレとても面白くないので、ご覚悟を」
確かに気が合うわ、凄く、居心地が良いもの。
《良い茶葉に良いお菓子、一応は接待用の品を用意していたのね》
「はい、活用する機会が無ければ私が頂きますので、随分と贅沢をさせて頂きました」
《あら先生方にはお出しにならなかったの?》
「死にそうも無いのに先生方にご迷惑をお掛けするワケには参りませんから」
《死にそうって、その手前で頼っても大丈夫よ?》
「他にも悩まれてらっしゃる方は居ますし、実害は無かったので」
《それは、アーチュウの一撃が効いたのかしら》
「流石に貴族ですから、実害を出すべきでは無い、との良識は存在してらっしゃるのかと」
《アナタの期待を裏切るかも知れないわよ、王室や上位の貴族が》
「なら国を移れば良いだけ、ですから。その点も商家が上位になれない理由だとは思いますが、上位はその分だけ国へ尽くさねばならない、まだまだ貴族になったばかりのウチにはどうしようも無い事、仕方が無いと諦められる事ですから」
未来の王妃候補、王太子殿下の婚約者、ミラ様が私の部屋に。
ココが寮だとしても、緊張しか無いので。
黙られてしまうと。
《驚いたわ、とても志が高いのね》
「いえとんでも無い、元は家庭教師からの受け売りです、我が家に伝わる志ではありませんから」
《そう、どちらの方なのかしら》
「ロッサ・フラウ先生です、各国を旅する方なので、もうウチには滞在してらっしゃらないのですが。父も母もとても感謝しています、貴族位を頂いてから直ぐ、ご指導して頂け恥をかかずに済みましたから」
《そう言ってらっしゃったの、ロッサ・フラウ、と》
「あ、やはり著名な方なんですね、お付きの方にもご指導頂けて両親の仲も非常に穏やかになりましたから。私達兄弟姉妹も感謝しているんです」
《その、お付きの方のお名前は?》
「カサノヴァ家の方で、確か、カミーユ・カサノヴァ子爵だったかと。彼もご存知ですか?」
《カサノヴァの名は凄いもの、それにロッサ・フラウ女史についても。そう、素晴らしい方々に師事して頂いていたのね》
「はい、僅か数ヶ月でしたが、今では何物にも代えがたい貴重な体験だったと思います。あのまま貴族について何も知らなければ、今の私達は無い、と両親が未だに贈り物をしていますから」
《そうなの、なら家を知ってらっしゃるのかしら》
「あ、そこはカサノヴァ家へ、ロッサ・フラウ先生のご親戚だそうなので。そこへ相談の手紙も品物も、送らせて頂いております」
《そう、そして名は滅多に明かすな、と》
「そうなんです、面倒が困るのは勿論、いざと言う時の隠し札にしろと。でもミラ様は既に知ってらっしゃいますし、いずれは高位の方になる存在でらっしゃいますから」
《実は、私も名は知っていてもお会いした事は無くて、いつかお会い出来たらと思っている存在なのよ》
「勘が良い方ですから、いつか困った時にお会い出来るかと、いつでも見守っていると仰って下さいましたから」
《となると、未だに私は危機的状況では無い、のね》
「あの、何かお困り事が?」
《いえ、ただ、国としてあの王太子ではマズいじゃない?》
「あぁ、ミラ様も危惧なさっておられるんですね、でも殿下にはお兄様がいらっしゃいませんでしたか?」
《とても病弱な方で、私もお会いしたのは昔の事。彼なら大丈夫だとは思うわ、けれど、療養の為にずっと地方へいらっしゃっていて。例え戻られたとしても、国政に関われるかどうか、必ず大臣達に疑問視される筈なのよ》
「男児は幼い頃は病弱ですけど、今でも生きてらっしゃるならきっと大丈夫ですよ、それにご姉妹もいらっしゃるんですし。王様も王妃様も、とても賢い政策ばかりですから」
《けれど、農民の評判は悪いわよ?》
「何も知らない分からない者の言葉は世迷い言も同然、教育なるモノは未だに末端までは行き渡ってはいない、目の前の食事しか考えられない者に将来の事は考えられません。他者の良い面しか見れない者、妬み嫉み文句を言うだけで代案を出せない者、そうした者の言葉を真に受けては心が死んでしまいます。どうか分かるべき者に分かる言葉を、政策を、今はそうした時期、所謂過渡期だそうですから。ミラ様もお気になさらず、遠くの分からず屋より近くの理解者、下位ではありますが応援しています。王室を、ミラ様を」
《ありがとう、もっと、アナタの様な方が居れば》
「そ、あ、生意気な事を言って申し訳御座いません、出過ぎた真似を」
《分かっていても、改めて言って頂けると、とても心強いわ。ありがとうアニエス》
こんなに悩まれる程、貴族の腐敗が進んでらっしゃるのか。
それとも王太子殿下の事か、両方か。
両方でらっしゃるなら、さぞお辛いのでしょう。
はい、やっぱり無理です、私に王妃なんてとてもじゃないですが無理ですはい。
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