第3話

さて。死神に命を奪われたはずの僕が、なぜこうして、あなたにこの話を語っているのか。

もちろん「幽霊でした」なんてオチではないから安心してほしい。




- 死 -


その一文字が僕の身体中を駆け巡った瞬間、耳を裂くような高い笛の音が山全体に鳴り響いた。

その音に正気を取り戻した僕は、ハンドルをありえないほどぐるりと回して、アクセルを踏みきる。

聞いたことも無い愛車の悲鳴とともに、白熊へ車体ごと思いきり体当たりを食らわせる。振り上げられていた白い手は宙をさ迷い、相手は数歩たたらを踏む。

よし。

このままこいつが体勢を崩せば、その内に逃げられる。一筋の光明。

しかし、現実は僕の期待を簡単に裏切る。


「なんだ、相撲でもとるのかい?」と、何ならご機嫌な様子で、白熊はにいっと口を裂いて笑い、今度はその両手で車体を鷲掴む。

ぎぎぎっと両側のドアが軋む。車の内側に食い込む鋭い爪が僕へと迫る。

「終りだ」僕は思わず目を瞑った。



瞬間、重い銃声があたりに鳴り響いた。

音に弾かれ目を開けば、白熊の肩に血が滲んでいた。間髪入れず、また二発。遅れて数秒。次はその両脚が血に染まる。

痛みと驚きに耐えかねたのか、白い怪物は僕を車体ごとその場へ放り出し、見えない敵を探して威嚇しはじめた。

低く低くそれでいて耳を裂くような、山に木霊するほどの唸り声。

僕を戯れに嬲っていた、先ほどまでの余裕はそこには無い。野生動物の本気の敵意。

それに応えるように、どこからともなく飛んでくる銃弾。右、左、手、脚…一発ずつ確実に相手を弱らせる。

傷を負いながらも、銃弾の方角から敵の姿を見極めたのか、怪物は重い咆哮をあげ、一直線に森の中を駆け抜けていった。


白い背が、あっという間に木々に遮られ、僕の視界から消える。

咆哮と銃声。遠くから絶え間なく聞こえる命のやりとり。

獣の声が僕から遠ざかっていくということは、銃を構えている者の下に怪物が迫っているということだ。

けれど、その追撃はついぞ怯むことはなかった。

一段と大きな咆哮。そこで初めて、何かを叫ぶ人間の声がしたけど、何を言ったのかは聴こえなかった。

それは獣の断末魔によって、かき消されてしまったからだ。

それから信じられないほどの静寂が訪れた。決着したのだ。


どちらが勝ったのか、あるいは相討ちとなったのか。その事実をすぐに確かめに行くことは出来なかった。

直面した二度の死。極限の緊張により、ハンドルを握った手が固まってしまい、指の一本さえ未だ動かせずにいた。

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