(三)(了)

○福永修司の自宅、応接間

   全員、食事をしている。寿司桶の中は残り三分の一ほどまで減っている。

   玄関チャイムが鳴る。

修一「お、また誰かきた」

幸恵の声「はーい」

   玄関ドアを開ける音。

松原の声「こんにちはー、招来軒ですー。……これ、エビチリ三皿ね。あとこれ、うちからのお祝い」

幸恵の声「あら、いいんですか」

松原の声「いつもご愛顧頂いていますし、何よりも受賞記念ですからね!」

幸恵の声「まあまあ、ありがとうございます」

   美幸が現金で支払う音。

松原の声「先生ー! 受賞おめでとう!」

神「(大声で玄関の方に向かって)ありがとう」

幸恵の声「良かったら上がっていって下さいな」

松原の声「店明けているんで、帰らなくっちゃ。それじゃどうも」

   玄関ドアを閉める音。

   美幸、お盆に四皿載せて部屋に入ってくる。

幸恵「あら、テーブルの上、いっぱいね」

修一「一皿もらう」

   修一、エビチリを一皿、幸恵から受け取る。

   幸恵、部屋を出て行く。

神「何か頂いたのかい」

幸恵「ええ。北京ダックですって」

一堂「おおー」

   修一、エビチリの皿からラップを外しながら、

修一「今年もこれが食べられるのか」

美幸「私、ここのエビチリ好き」

修一「今年も受賞を逃せば来年も食べられるな」

幸恵の声「そういうこと言わないの!」

   一堂、笑う。

   神、おならする。

   黄色いスモークが部屋に広がり充満する。

   一堂、動きが止まる。

   神以外の全員、しかめ面をしたり鼻をつまんだりする。互いに顔を見合ったあと、全員が神を見る。

   神、寿司を食べ続けている。

池上「ちょっと私、失礼。おトイレへ……」

   池上、立ち上がって部屋を出る。

美幸「ちょっとお父さん、今おならしたでしょ」

修一「うわ、臭い。普段何食べてるんだよ」

   美幸と修一、立ち上がって部屋を出て行く。

高井戸「先生、さすがにこれは……」

   高井戸、ハンカチで口を押さえて立ち上がって部屋を出る。

幸恵の声「あなたたち、逃げ回ってないで部屋の窓を開けなさい」

   美幸と修一、部屋に戻って来て窓を開ける。

   大きな古時計が鳴り始める。時計の針は十三時ちょうど。

   幸恵、部屋に入ってきて、部屋の中に消臭スプレーをかけ始める。

   スモーク、晴れ始める。

神「おい、食べ物にかかるだろう」

   神、手近にあった新聞紙を広げて料理の上に被せる。

   携帯のバイブ音。

   神、和服の懐から携帯電話を取り出す。手が滑ってテーブルの上に落とす。

   携帯電話が震えている。

   神、携帯電話を拾い電話に出る。

山我久の声「恐れ入ります。神和泉先生ですか。私、文藝戰國社の山我と申しますが……」

神「すまんが今は忙しい! 十五分後にかけ直してくれ」

山我の声「すみません、茶川賞の件でお電話差し上げたのですが……」

   神、最後まで聞かずに電話を切る。

   幸恵、スプレーしながら、

幸恵「今の電話、誰からでした」

神「知らん! 今はそれどころではなかろう」

幸恵「今の大事な電話だったんじゃないですか」

神「それなら固定電話の方にかかってくるはずだ」

   幸恵と神、黒電話を見る。

神「まだのようだな」

幸恵「大人しく待っていましょう」

   玄関チャイムが鳴る。

   スモーク晴れる。

神「今度は誰か」

美幸の声「はーい」

   高井戸と大前、部屋に入ってくる。続けて修一と美幸も入ってくる。

   大前、顔をしかめて鼻をつまむ。左手で、ビニール袋に入った日本酒の瓶をテーブルの横に置きながら、

大前「皆さん、何をしてらしたのですか。それとこれ、お土産です」

神「大前君、久しぶりだねえ」

大前「お久しぶりです。多分もう電話来ましたでしょう」

神「電話? いや、まだだが」

大前「本当ですか? 山我さんから三十分程前に電話がありまして、審査はもう終わり、後は電話するだけだって。恐らく十三時ちょうどに電話があったと思いますけど……」

神、幸恵「ええっ」

   神、幸恵、顔を見合わせる。

幸恵「でもうちの電話、鳴りませんでしたよ」

大前「最近は携帯電話に架けることが多いですよ。私も協会から連絡先を尋ねられたとき、携帯の番号をお伝えしておきましたので。かかって来ませんでしたか」

神「あ、さっきの!」

   神、幸恵、顔を見合わせる。

   テーブルの上の神の携帯電話、震える。

一堂「あっ」

   一堂、テーブルの上の携帯電話を見る。


(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

部屋に響く音【シナリオ版】 筑紫榛名@5/19文フリ東京【あ-20】 @HarunaTsukushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ