第5話 Låt det aldrig fly!

「あーあー、マナ、聞こえてる?」

『はい、バッチリ聞こえておりますよ』

「良かった。現在高度11000m、敵影も確認してないから予定通りに投下できる」

『こちらももうすぐで避難が完了します。標的に動きはありません。それと、リングフローズ侯爵家の方々は2時間ほど到着が遅れるとの先触れが来ましたので心配はいりません』

「りょーかい」


現在時刻、11時56分。操縦桿を握る手に汗が滲む。朝、私は父に見送られて家を出た。


「今日はどこに行くんだ?」

「・・・荒れ地で1日中魔法の練習をするつもりです。おそらく暗くなってから帰るかと」

「分かった。気をつけろよ」

「はい・・・


そう含んだ言い方は、私なりの配慮だったのかもしれない。父が気づくはずがないが、せめてもの言い訳だった。


「そろそろ・・・ね」

『お嬢様、全員の避難が完了しました。Låt det aldrig fly!1人たりとも逃さないように

「分かった」


深くため息をつき、機種を少し下に下げる。

ライトニング照準器を通じて送り込まれる鮮明な画像を見ながら、指定した場所に正確無比に着弾するペイブウェイを一つ、落とした。


・・・私は今日、人間ではなく魔女になる。そうだとしても・・・

――――


「はあ、嫌になっちゃうわ」

「そうですわね。リングフローズ嬢の到着も遅れるみたいですし、これだけ雲が出てるとジメジメしてて嫌ですわ」


二人はティータイムを楽しんでいた。茶器だけでなく、部屋の豪華な装飾品や来ている部屋着でさえも、領民から搾り取った税金を湯水のように使い、南方からの商人から買ったものであった。王国内で見ても一際豪華な部屋と称される『富王伯夫人の部屋』に、二人はいた。


「はあ、また小遣いが減るなんて」

「ひどい話ですわねお母様。・・・まず大体、ローザが全額いらないなんて言うから私達も減額されたのですわ」

「ええ。お金なんて領民から搾り取ればいいのよ。なんで私達からお金を巻き上げるわけ? いい加減にしてほしいわ」


伯爵当主が決めた小遣いの減額に、二人は不満を漏らしていた。


「しかし、今日は静かですわね」

「そういえば使用人も見ないわね」


二人は部屋から外に出た。廊下に漂う鼻を刺激する酒のような特殊な匂いに怪しさを覚えるが、今はそんなことより使用人だ。


「・・・ほんとにいませんわね」

「まさか夜逃げとか・・・」

「まさか・・・」


どこを探しても使用人がいないことに違和感を感じる。


『明日? 申し訳ないですが、自分の用事があるためお茶会にはいけません』

「っ・・・まさか!」

「お、お母様!?」


3度目のまさかはほか2回とは違う意味だった。急いで末娘ローザの部屋へと駆ける。部屋に入って目についた光景はいつもの娘の部屋ではなかった。


・・・さっきより強い酒のような匂いが充満する空っぽの部屋に、赤色の箱だけが大量に積まれていた・・・


「お、お母様! セバスの部屋に!」


ローザの向かいの部屋である執事長セバスの部屋に同様の赤い箱が積まれており、他の使用人室も同様だった。


「まずいわ! 逃げるわよ!」

「はい!」


即座に駆け出すが、ドレスのせいでかなり走りづらい。

「・・・あっ!」


階段でころんだ娘が地面に転がる・・・ことはなかった。


ガシャーン!

「がはっ!?」


一瞬の空中浮遊をする娘の背中を、天井を突き抜けて入ってきた人ぐらいの大きさの鉄の矢に貫かれた。超速度で鉄の矢に貫かれた娘は、上半身と下半身で真っ二つにされ、その場で即死だと誰でも理解できるような状態で、宙を血飛沫と共に舞った。


「まずっ・・・!」


そこで伯爵夫人の意識も途絶えた。何が起きたのか理解は出来なかったが、最後まで生きていた聴力が、爆音だけをひろい取っていた。


――――


「・・・クソッ!」


苛立ちを隠せていなかった。

振るう剣がガタガタと震え、軽い金属音とともに折れたのだ。


「あのクソ親父! 剣の換えを買うのにどれくらいかかるか分かってるのか!?」


握っていた剣は豪華な装飾のされた軽い観賞用の剣だった。観賞用と言っても一流のデザイナーによって作られた剣であるためかなりの値が張る。勿論戦闘用に作られているわけではないので素振りするだけでも簡単に折れるわけだが、金が湯水のように溢れてくるのが当たり前だと思っているためか、実践稽古に持ち出し、折れたら新しい剣を買うことを繰り返していた。


「月15金貨だと!? まともなやつも買えやしねえ!」


本当は1金貨もあればかなり優秀な実践用の剣が買えるのだが・・・そんな事は関係がなかったのだ。


「チッ! ローザの役立たずめ! どこまで俺の足を引っ張るんだ!」


悪態をつきながら屋敷へ入ろうとした時、


ドゴーン!

「え?」


突如として屋敷が爆ぜ、大量の瓦礫が自分へと押し寄せてきた。


―――――


現在時刻、11時50分


「そろそろか」


伯爵家当主、グリッド・レヴィアンは異国の商人から買った最新式の時計を眺めながら、小さく呟いた。


「どうしましたか?」

「ダルラン・・・お前はおそらく選ぶ立場にある。俺を裏切ってローザとともに生き残るか、俺とともに地獄までついてくるかをな」

「うーん。僕としては、セバス執事長と一緒で領民のことを考える人の方につくかと」

「なら、直ぐに屋敷を離れたほうがいい」

「どうしてです?」

「もうすぐこの屋敷に鉄の矢が降るだろう。ローザの手によってな」


専属執事のダルランは驚いた表情を見せた。


「ローザからしたら俺達家族は伯爵領にある最も害をなす癌なのだろう。あいつはなんだかんだ最後までやり通す。あいつが本気でこの領を変えたいと思っているなら、速攻で俺達を消しに来るさ」

「しかし、なんでそんなことがわかるんです?」

「単なる予知だよ」

「そう・・・ですか」

「ほら、さっさと逃げろ。俺はどうせ抹殺対象なんだ。生き残ったっていいことないから、俺のことはいい。精々ローザの後処理を手伝ってやれ」

「・・・はい」


現在時刻、11時58分。脱出したダルランを見送り、ローザの部屋に行く。タバコに火を点け、一吸いだけすると、それを地面に落とす。瞬く間に火が広がり中央に積み上げられた赤い箱を燃やし始める。


「・・・まあ、あいつなら俺と違って上手くやるだろうよ」


そう呟いた瞬間、わずかにズレた2度の爆発音を聞き、意識が吹き飛ばされた。


――――――


「っ! くそ! なんなんだよ!」


燃え盛る瓦礫を踏みしめ、フラフラと歩く。何があったかはわからないがとりあえず家族と合流できれば。そんなことを思いながら歩いていると、ぐちゃりと何かを踏んだ。


「っ! ヒィ!?」


間違いなく、それは肉片であった。少しあたりを見渡せば、形を残して残った体の一部があった。腰より少し下から太ももの付け根までがきれいに残っている。服も何もつけていないが、確信が持てた。姉の遺体の一部だと。


「な、何だよ・・・これ・・・」


もう一つ転がる死体。周りに散らばった調度品から母であることは容易に想像がついた。


ヒュー・・・ストン・・・

「あ、ああ・・・」

ズゴーン!


真横に落ちてきた鉄の矢は、絶望に染まったその顔を、ただの挽き肉に変えた。


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