第3話 鉄の矢
「旦那様より、今日は全員で食事をするから全員集まるようにとのことです」
「今更何なの?」
「さあ? 私が伝えられたのはお嬢様を連れてくるようにとのことだけでしたので」
やっておかなければならない用事をすべて終わらせ、屋敷に帰ってきて、今後の計画を立てていたところで、マナが呼びに来た。ローザの記憶の中で、家族で食事したことはない。ずっと一人で食べていた。だから、よりにもよって今日なことに違和感を感じていたのだ。
「・・・今から行く」
「かしこまりました。着替えのお手伝いさせていただきます」
「ん」
部屋着から比較的軽めの室内服に着替え、食事へと向かった。
―――――
コンコンコン
「ローザです」
『・・・入れ』
端的な低い声が聞こえた。戸を開けて中に入ると既に私以外の家内は食事を始めていた。
「それで、旦那様? ローザも来たことですし、本題を話してもいいのでは?」
「・・・そうだな。全員、今日の昼間は何をしていた?」
母の問いかけの後、父が重々しく口を開いた。
「俺は庭で剣術の稽古をやっていた」
「わたくしは友人とお茶会をしていましたわ」
「わたくしは家で旦那様の手伝いを」
兄、姉、母の順で答えた。
「・・・ローザ、お前はどうだ?」
「荒れ地のところで召喚魔法の練習をしていました。途中でライザが来て、鉄の矢が街の方を通り過ぎたって話を聞いたので、街の方へ向かいました」
「なるほど・・・私が話すのはその鉄の矢についてだ」
マズいと思ったが、顔には出さないようにしつつ、マナと目配せした。・・・口を開かないようにと。
「今日の昼間、高速で街の上空を通過したらしい。それが何なのかはよくわからないが、我が領の脅威には違いない。そこで、鉄の矢を撃墜するための防衛魔法師を雇おうと思う」
「「「え?」」」
私以外の3人が声をかぶせて疑問を浮かべた。
「ち、父上! それは俺たちの小遣いを減額するということか!?」
うん? 小遣い? 私そんなのもらったことないんだけど?
「ね、ねえあなた。私今でも一月30金貨よ? むしろ上げてほしいくらいなのだけど」
「そうですわ! 私も月20金貨で頑張ってますのよ!」
「俺も月20じゃ足りやしないんだ! 父上、小遣いからの天引きだけはやめてくれ!」
「・・・ローザ、お前はどうだ?」
は? え? ここで私!? いや貰ったことないのに言えるか!? というか最低月20金貨って何!? 平民は1金貨で最低2ヶ月は暮らせるんだけど?
「・・・まず私は小遣いを貰ったことはないですが・・・私は別にお金いらないので。もし書類記載上で毎月もらってたならば、もう今月から渡してもらわなくて結構です」
「分かった。・・・ところで貰ってないだと?月15金貨ほど専属侍女経由で渡していた筈なんだが?」
「・・・抜かれてたのでしょう。そういえばあの侍女は月に何回か宝石店や仕立て屋に出入りしていたみたいですし」
「そうか・・・分かった。防衛魔術師はローザの全額と・・・全員から5金貨ほど減らし、税金を上げてそれで賄おう」
それで話が終わったのか、食卓がまた静かになる。さっさと食べ終わった私はそのまま食卓を後にするのだった。
―――――
「はあ。あんな調子で領地経営をしていたら、そりゃあんなことになるよ」
使用人用の浴場。私は街でのことを思い出していた。
「なるほど、これがメイドたちの言う石鹸ですか。・・・おお! これはすごい。なんとも綺麗に汚れが落ちていく様ですな」
「・・・セバス、仮にも女性が入浴してるところに勝手に入ってくるのはどうなの?」
「おや? これはこれは、ローザお嬢様も入っていらしたんですね」
「よく言うよ。マナが居たはずなんだけど?」
「ああ、あのメイドには少し眠っててもらいました。なにせ、今からやることを知られるのは少しマズいでしょうからな」
執事長セバスの言葉に危機感を覚えなかったわけではない。ただ、何をされても抵抗する気になれなかったのだ。・・・街に出て思ったのだ。今の伯爵家の人間は襲われたところで自業自得にしかならない。むしろ、殺されないだけいいのだろうと。
「ローザお嬢様、襲われたって構わないと思いませんでした?」
「怖・・・なんで分かるの」
「こう見えても40年生きてきてますからな。人読みは得意ですぞ」
「はぁ・・・まあいいわ。少し話に乗ってくれる?」
「構いませんとも」
ローザは外に出たことがない。何ならこの伯爵家の誰もが街の様子を知らないのだ。だから、エルベルトとローザ両方の記憶を持つ私が街に行ったとき、初めて重く苦しいその現場を見てしまったのだ。
「・・・今日、街に行ったとき、石を投げられたの」
「なるほど。ではそのものを捕まえて」
「話は最後まで聞いて。・・・それで、石を投げられたときに暴言も飛んできた。俺達の金で贅沢しやがってってね。その時点で気づいた。この領地は高い税金の割に全く還元できてない。・・・そして、その税金がどこに入っているかも、今日の食事の場でわかった」
「現在この領の税率は6割5分。そしてその税収の7割は奥様方の小遣いに、1割程が使用人への給与の合計、そして残りが侯爵家の財産と王国へ治める税金となっております。何かと浪費が多い貴族家ですから。考えてみればローザ様は必要なものを何でもかんでも召喚魔法で出しておりましたね」
「・・・今日は私直々に不満を聞くことと、石を投げることを許可したから抑えられたのだけど・・・セバス、あなたから見て、領内で反乱が起きるまでどれくらいだと思う?」
「そうですねえ・・・」
少し考えるふりをして、端的に答えを出してきた。
「ローザお嬢様の対応だけでは防ぎきれませんし、逆にお嬢様が街に行ったことで反乱の時期を早めてしまったかもしれませんね・・・長く見積もって1年かと」
「そう・・・」
反乱になれば、すべてが終わる。一家は皆処刑、晒し首あたりが上等なのは、1度貴族社会の歴史の変遷を見てきたエルベルトだからこそ、よく分かる。ならばどうするか。・・・先に元凶をなるべく穏便な形で排除すればいい。身内を手に掛けることにはなる。他貴族からバレれば私は尊属殺をいとも容易く行う血の魔女として吊るし上げられるだろう。・・・だとしても、今のまま反乱になるよりかは、リスクが低い。
「・・・セバス。明後日の正午、この家に鉄の矢を落とす。気付かれないように、使用人を連れて脱出して。・・・できれば伯爵家の財産も持って出てくれると助かる。管理してる貴方なら、出来るよね?」
「・・・
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