第2話 音を翔けるもの
「ふぅ。やっぱりさっぱりする」
「お嬢様・・・ですよね?」
「あなたほんとに失礼・・・」
どうやらこの世界の貴族は、身体を洗う習慣がない・・・なさすぎる。というか、そもそも石鹸という文化もないらしく、平民でも身体を、布で擦るくらいらしい。ローザの固有魔法が召喚魔法ということと、エルベルトの現代の記憶に友人と石鹸作りをした経験があってくれて助かった。危うく石鹸を使えないという危機に陥るところだった。
「だってお嬢様、変わりようが凄いんですから・・・」
石鹸で身体を洗い、髪も洗ったところで、私は明らかな違いを感じた。肌の質感がかなり良くなり、髪も灰色掛った黒から綺麗な潤羽色に変化した。・・・いや、本来の姿に戻ったと言ったほうが正しいだろう。ローザは基礎代謝が高い様で数日に1度の湯浴みでは汚れが落ちなかったのだろう。だから堆積した汚れが容姿を大きく変えていたのだ。
「しかし、お嬢様の召喚魔法って便利なんですね」
「ある程度知識は必要みたいだけど、大体日常生活がより良くなるものなら召喚できるみたい」
「じゃあ、あの荒れ地に置いているデカブツもなにかに使えるんですか?」
「アレは・・・日常生活ではないけど、この世界基準だとかなりの代物」
「なるほど。今度使ってるとこ見せてくださいよ」
「ん。何なら今日、見に行く」
苦笑いする。召喚魔法はかなり便利なものだが、ローザは最初に召喚したのがあのデカブツのだったせいで、召喚魔法を使わずに落ちこぼれとして生きていた。広大な荒れ地、地面が硬いせいで碌に開拓できない伯爵家の所有地にポツリと置かれた、使用用途の分からないデカブツ。しかしそれは、エルベルトの記憶を思い出した私からすると世界をひっくり返しかねない怪物だった。
「サーブ・・・グリペン・・・」
「? なにか言いました?」
「いや、何でもない」
私はその怪物の名を呟いた。
――――――
空き地の隅っこに放置されていたデカブツ・・・いや航空機は、エルベルト・グラッガーにとってかなり馴染のある機体だった。
「『JAS39E グリペン』・・・記憶違いとかじゃないの? これ」
「お嬢様? さっきからなんか変ですよ」
「・・・ごめん」
「はぁ・・・それで、これの正体は何なんですか? 怪鳥に見えなくもないですが、こんなの重すぎて飛びませんよ」
「・・・飛ぶ」
「そうでしょう・・・え?」
私はグリペンの給油口を開き、召喚魔法で生成した航空燃料をぶち込みながら、端的に言った。
「動かすから、少し離れてて。近寄られると巻き込み事故で殺しちゃう」
「え? あ、はい」
2000リットルほど燃料をいれ、コックピットに潜り込む。席に座った瞬間、懐かしさを感じた。
(この機体・・・そっか・・・)
「久しぶり」
起動させる。電子機器は問題なく作動したし、エンジンも問題なく点火できた。
「あんだけ粉々になってたのに・・・まあ、異世界特典としておこうか」
スウェーデン空軍に入隊し、撃墜されるその時まで、共に死線をくぐり抜けてきた相棒。デカールこそ剥がれているがその機体に間違いはなかった。
「さてっと。マナはあそこにいるね。よし!」
800mは続く平地。半分も燃料を入れてない、武装も何一つ積んでないグリペンには、十分すぎる滑走距離だった。
「・・・Go!」
出力を上げ、ブレーキを解除する。軽量なグリペンはすぐに離陸速度を突破。操縦桿を引くと簡単に機体が持ち上がった。
「離陸成功。一回旋回して、荒れ地の上で
――――
「・・・飛んだ・・・」
ローザお嬢様の乗った怪鳥、グリペンは、耳を突き破るような轟音と、肌を抉るような暴風を巻き起こしながら、超速度で飛び上がった。伯爵様が3頭の馬で全力で引き、びくともしなかったそれが、いとも簡単に飛び上がったのを見て、私は驚きを隠せなかった。
「あれ? 怪鳥は・・・?」
さっきまで確認出来たその姿が一瞬の間に見えなくなっていた。ただ、爆音は聞こえるのでそう遠くではないのだろう。
「はぁ、はぁ、ちょっとマナ!」
「あ、ライザさん・・・」
「こっちの方からすごい爆音が聞こえたけど!?」
「・・・それ、お嬢様」
「はあ? あなたお嬢様のこと好きすぎてついにおかしくなっちゃった?」
「いや! ほんとにお嬢様なんだって! お嬢様があのデカブツ乗り込んで爆音出しながら飛んでったの!」
「え?」
その時、小さくなっていた爆音が一転して大きくなりはじめた。駆けつけてきたライザとそちらを見ると、お嬢様を乗せた怪鳥が猛スピードで駆けてくる・・・が、どうもおかしい。見かけの距離以上に音が小さいのだ
ヒュン!
「「え?」」
ゴォォォォォ!!!
確かに怪鳥が通り越した。だが、私達はそれを認識できなかった。・・・だって、音より先に来るなんて思ってもみなかったから。
「・・・ねえ、マナ」
「なんですか? ライザさん」
「幻覚だと思うんだけどさ、音より先にお嬢様の怪鳥通り過ぎなかった?」
「奇遇ですね。私もそんな幻覚が見えましたよ・・・」
「「・・・って! そんなわけあるかい!!」」
追いつかない情報整理を必死でしながら、私達はお嬢様の帰りを待つのだった。
――――
「
もとの荒れ地に戻ってきて、着陸も無事に成功した。次離陸しやすいように反転し、エンジンを切って外に出た。
「「お嬢様!」」
「あ、マナと・・・」
「ライザです! ってそれよりあれは・・・」
「そうです! あれじゃ怪鳥じゃなくて鉄の矢じゃないですか!」
「あー、えーっと・・・ま、ワイバーンの究極進化系と思えばいいかな。あと、他には内緒にしててね」
「「・・・はい」」
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