転生令嬢は翼獅子を駆りて空を飛ぶ

酒杯樽

第1話 北欧を守りし獅子の記憶

 ミサイル接近の警告音が鳴り響く


「・・・ッ!」


大きくエルロンロールをしつつ、左にスリップし、フレアをばら撒く。ミサイルがフレアの方へ飛んでいったのを確認し、眼の前の戦闘機、『Su-37フランカー』を射線に捉える。


ヘッドオンだ。


「FOX3!!」


撃ったミサイルはまっすぐ飛翔し、フランカーに直撃。フランカーがスピンに入り、脱出パラシュートが飛び出してきた。


撃墜Splash!!」


通信にそんな声を乗せた・・・その直後だった。


パァン!


後方で爆発音が響き、その時点でミサイルが直撃したのを理解した。


(ッ! ミサイルを逃していたか。・・・はっ! ここで終わりとはなんともついてない。来世があるならもっと・・・)


二発目の爆音。そこで俺は完全に意識を失った。



―――――


「ッ! ・・・はっ?!」


見慣れた天井、見慣れた部屋。何もかもが昨日と変わらない。一つ変わったモノがあるとするなら・・・自分だろう。


「これは・・・」


私はローザ・リズライト・レヴィアン。レヴィアン伯爵家の落ちこぼれ。蔑称で「平凡な薔薇」と言われる、どこにでも居るような令嬢だった・・・だが・・・


「俺は・・・エルベルト・グラッガー」


スウェーデン空軍パイロット。「鷹獅子のグラッガー」と呼ばれたエースパイロットの記憶が混在していた。


「・・・なんだ? これがあいつの言う異世界転生ってやつか? 趣味悪すぎるだろ」


私が思い浮かんだのはそれだった。エルベルトだった時代に、日本に住む友人が話してくれたジャパニーズエンターテイメントの1ジャンル。それを私は生身で体験したことになる。


「おいおい。俺は乙女ゲームどころかRPGもまともにやってこなかった人間だぞ?」


私がやってたのはせいぜいマインクラフトとリアル空戦ゲームくらいだ。ジャパニーズエンターテイメントとは似ても似つかない。


「まあ、考えたって無駄か。・・・昔の俺様々だなホント」


オックスフォードに首席で入れる頭の回転力で、既に記憶の照合は済んでいた。それに合わせて頭痛も消え、私は万全になっていた。


バタン!

「お嬢様! 早く起きてください!」

「うるさいなぁ。ノックもせずに入ってきてそれどうなの?」


反射でそう返してしまった。おそらく、エルベルトの軽い口に、ローザとしての本音が乗ってしまったのだ。しかも、それをマズイと思ってない。なんてタチが悪いのだろうか。眼の前のメイド服を着た、女が顔を赤くしているのを見て人の顔ってこんな赤くなるんだなんて思っている。


「・・・起きていたんですねお嬢様。起きているなら言ってくださればいいのに」

「日も上がっていないのに起こしに来る馬鹿なんて普通いないと思う」


眼の前の女。ローザの記憶だとダリアというメイドは、ローザの専属侍女で、元々は没落した侯爵家の令嬢だという。裕福な暮らしが忘れられず、仕事そっちのけで貴族の家に取り入ろうとしており、その能力に見合わない無駄に高いプライドから日頃からローザを敵視している。つまり・・・私としては容赦しなくて良いということだ。


「はあ。気分が台無し。もういい」

「やっと話を聞く気になりましたか?」

「何思い上がってるの? 私が言いたいことは一つ。貴女、私の専属外れて」

「・・・は?」


端的にそう告げた。固まる女を前に話がつかなくなりそうと考え、横にあった呼び鈴を鳴らした。数秒して入ってきた女性はローザの記憶から侍女頭であると分かった。


「ねぇメイド長」

「何でしょうか?」

「専属侍女の主人って誰だっけ?」


侍女頭は私の質問の意味を読み取ったらしい。少しほほえみ、そのまま答えた。


「専属侍女の主人は使えている本人になります。もちろん任命権も主人様になりますので、解任などは自由にできます。ただし、お嬢様はまだ若いですので、解任には旦那様の許可が必要になります」

「そう、ありがとう。下がる前に一つお願いがあるのだけれど、そこの役に立たない歩くプライドを解任する旨をお父様に伝えておいて。新しい専属は・・・あなたが信頼できる人でいい」

「えぇ・・・その・・・」

「どうしたの?」

「この家の中で、お嬢様に忠誠を尽くせそうな侍女は複数名おりますが・・・すべて身分が・・・」

「平民でも奴隷でも何でもいいよ。私が信頼を置けそうだとあなたが思う者なら」

「なるほど。かしこまりました。・・・さて、あなたもこっちに来なさい」


呆然としていた女を、侍女頭が連れて行く。1人になった部屋で、大きく伸びをした。


「さてっとまずはきg・・・お風呂かな」


ローザの記憶を辿り、苦笑いを浮かべる。この女、1ヶ月前に湯浴みをしただけで、それ以降風呂に入っていない。この世界の貴族では普通のことのようだが・・・正直汚い。さっさとお風呂に入ろう。そう思ってベッドから立ち上がったとき、ドアがノックされ、1人の女性が入ってきた。


「失礼します。本日よりお嬢様の専属を務めることとなります。マナです」

「もう手配したの? 流石、仕事が早いこと。・・・ということでマナ、早速仕事をお願いできる?」

「はい、何なりと」

「ベットのシーツをすべて剥ぐから、それ持ってもらえる?」

「・・・分かりました」


布団のシーツをすべて剥ぎ、マナに渡す。・・・正直に言ってしまえば、汚い、臭い。それが感想だった。アカで真っ黒になったシーツをマナに渡す。


「お嬢様、なぜ急にシーツを?」

「今からお風呂入りに行くからついでに洗ってしまおうと思ってね」

「湯浴みですか?」

「いや、体も洗いたいから、使用人たちが使ってる浴場に行こうかなって」

「・・・貴族は身体は洗わないものだと思っていました・・・」

「ええ本当に。・・・でも汚くない?」

「そうですね」


きっぱりと言うマナ。正直きらいじゃなかった。ローザとしても、エルベルトとしても。無駄に重いシーツを分けて持ち、私達はお風呂場へ向かった。

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