第2章

1.3  令嬢様と雨ギャル

 今日は雨か……。少し早めに出よう。


 この間まで長い梅雨が続き、やっと終わってくれたかと思っていた雨も今日は帰って来たかのように降りしきっていた。


 雨の日外に出るのは面倒くさいし嫌いだけど、一人静かに雨が降る音を聴くのは好きだ。雨の音を聴くと心が落ち着くような気がして、疲れた時とかにスマホのBGMで聴いてしまうくらい好きだ。


 だけどドアを開けるとそこから雨は面倒くさくなる。


「今日は久しぶりの雨ですね」

「そう……だね」


 隣には藍色の傘を持った小山恵が立っていた。


 珍しくお隣さんと登校する時間が被ったらしい。俺は透明で少しボロいビニール傘を閉じて言った。


「恵が先に行っていいよ」

「でも……申し訳ないですし、雨で視界も悪いのでバレないと思います。二人で行きませんか?」

「え……」


 もしもクラスのやつに見つかったら……。少しでも気を許すと後で後悔しそうだしなぁ。


 どちらが正解でどちらが不正解なのか脳内選択肢が錯乱する。


「ダメですか……?」

「分かった。行こっか」


 確かに今日は外を歩いていてとても視界が悪く、車の交通量も多い。

 出勤ラッシュに巻き込まれて遅刻しないようにと早くは出たものの少し危しい。


「藤山さん。これ今日のお弁当です」

「あ、ありがとう」


 一緒に歩いていても外では苗字呼びというルールは守る恵。何にしてもメリハリがハッキリあって凄いなといつも思う。


「今日はなんでうちに来なかったの? 弁当がテーブルになかったからビックリした」

「それは昨日、今日雨が降ることを天気予報で知っていたので家を出る時間がお互い早いかな? って思いまして」

「流石だな……。小山さんはしっかり者だね」


 俺には天気予報を事前にチェックする習慣が備わっていないので、いつも雨だと余裕がなくなって朝ごはんを食べず学校に登校してしまう。


「今日はオムレツ入れておきました!渉くん好きですよね」

「すごく好きですけど、小山さん俺のこと名前で呼んでますよ」

「えっ……。褒められて嬉しくなりつい」


 たまにおっちょこちょいなところも俺は小山恵の魅力であると思っている。


「今おっちょこちょいとか聞こえましたけど」

「心の声ダダ漏れなのか俺……」


 ――学校について今日も雨以外はいつもと変わらない日常。


 気になることといえば廊下が湿って少し滑りやすくなっていることくらい?かな。


 今日は雨が降っているせいで傘立てはパンパン。靴もビショビショ、体育は屋内で少しばかり楽しみにしていたサッカーも延期になって身体測定に変わった。


 やっぱり雨って楽しみが減るイベントだよな。


「雨って楽しみ減るよな……」

「お前も俺の心が読めるのか」

「は?」


 陽キャのくせにいつもより元気がない涼介は俺と同じことを考えていたようで。


「雨の日って言ったらやっぱり制服が濡れて下着が薄く見えてしまうイベントが熱い」

「そんなこと放課後イベントまで待たないとこない。あと今の発言は雫にチクっとくな」


 直ぐさま財布から現金を取り出す涼介。どこまでもいやらしい奴だ。


「金はいらん。借しいちな」

「その借りは現金以上に闇を感じるんだけど俺だけかな渉さん」


 放課後になり雨はまだ止むことなく降り続ける。


 今日はたまたま日直の仕事が残っていて涼介に借りとして返してもらおうと思ったが、予定があるとはぐらかされた。


 黒板消しを綺麗にし、そろそろ帰ろうかと思った時だった。


「……傘がない」


 今日は雨だということもあって帰りは傘が必要。ということは傘を持ってきていないやからは傘を求めて誰のか分からない物を勝手にさして帰るのだ。


 実に迷惑だ。立派な窃盗だし。


 正面玄関まで着くと下駄箱は水浸し。雨音なんてどうでもよくなりそうな程に気分が下がる。


「ねぇ、傘ないんでしょ? 一緒に入って帰ろうよー」


 その声には全く聞き覚えがなかった。でも、その人は俺のことを知っているかのように喋りかけている。


 その人は一方的に俺が知っている人だった。


「芦田未奈美!?」

「なんでフルネームなのさぁー。君、面白いね」


 芦田未奈美は同じクラスの金髪美人ギャル。スタイル抜群で運動神経は恵にだって負けず劣らずの陽キャ女子。


 隣を通りかかるだけでもいい香りがして、噂によれば毎週のように男子に放課後告白されているだとかいないだとか。


「なんで今日は遅かったんですか。皆もう帰ったでしょう」

「それは言えないかな。ま、仲良くなったら教えてあげるぅー」


 ギャルというのは俺からすれば未知の生物。江戸時代にアルパカを飼うくらい難易度の高い生物なのだ。


 自分で言っていて訳は分からんが、とにかくギャルは関わりが少ない。


 本当だったらギャルと帰るなんて絶対できない。精神が続く気がしないから。


 だけど家までの距離を水浸しになって帰るわけにもいかなく、ここはお言葉に甘えて傘に入ってもらうことになった。


「あたしらさ、話すの初めましてよね」

「そうだね。まぁ、逆に俺みたいな陰キャと話してる奴は珍しいかも」

「でも別にそこまで陰キャには見えないけどなぁ。矢島とかともよく話してるイメージあるし」

「あれは幼なじみだからだよ」


 それにしてもこうやって話してみると俺の思っていたギャルのイメージとは違って、会話が結構噛み合っている。


「ていうか、あたしなんて呼べばいい?」

「何が?」

「なーまーえ!」

「じゃぁ。渉でいいよ」


 こうやって関わるのも多分これから先ないだろうな。

 でも芦田さんは真剣に呼び名を考えてくれている。ギャルって割りと誠実なんだな。


 最近は俺の想像と今までの解釈が実際に全く違うことが多くて驚きが沢山。考え方が偏るのは良くないので沢山経験を積んでおこうと思った。


「そういえば俺の家に送ってくれるのは嬉しいんだけど、ギャルさんの家はどっち」

「未奈美って呼んでよぉ。ま、良いけどさ。うちの家は真逆」

「え……。流石に申し訳ない!ここでいいよ。もう見えるし家」

「ダメだって風引くでしょ」

「なんでそこまで……」


 そう言うと未奈美はにへらと笑ってとてつもなく密着してきた。


「だってせっかく仲良くなったクラスメイトだし。大切にしたいじゃん」


 やっぱり陽キャは距離の詰め方が異様に上手である。でも俺はまだこの距離感に慣れていない。


 心臓がバクバクで今にも頭に血が登って倒れそう。


「顔赤いよ?」


 そう言われた時にはもう奇跡的にマンションに着いていた。


「今日はありがとう」


 そう言うと金髪ギャルは傘をさしながら振り返った。


「また相合い傘したくなったら誘ってねっ!」

「ならねぇーよ!」


 今日も非常に濃い一日だった。あ、片頭痛今きた……。








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