1.0  令嬢様とディナー

『今から晩ごはん食べましょう』という一言で俺の頭は真っ白になる。


 今、俺は彼女に『もう迷惑はかけられないからこの関係も終わりにしよう』と提案しかけていたのだが。


「小山さん、なんで晩ごはんまで」

「それは藤山さんがいつも身体に悪そうな夕食しか食べていないからです」

「小山さんも段々俺に対してのSが強まってきましたね」


 でも俺はSは嫌いではない。MよりはSで何事も自分を引っ張っていってくれるような人が好きだ。


 こんなことを言っていたらいつまで経ってもダメ人間のままなんだけど。


「前から思っていたのですが。小山さんと呼ぶのはそろそろやめてほしいです」

「どうして?」

「もうこんなに仲が良いのですから下の名前で呼ばれた方がしっくりくると言いますか……」

「じゃあ……。めぐみ

「は、はいっ!」


 なんだこの可愛い生き物は……。


 自分で名前を呼んで欲しいと言っておきながら、いざ言われるとむちゃくちゃ恥ずかしがっているじゃないか。


「じゃぁ、私も呼んでいいですよね? 名前」

「いいですけど……」

「渉くん……」

「あ、うんっ!」

「もぉ!!真似しないでください」


 小山恵をからかうのはすごく楽しくて。普段ならめったにこの時間笑うことがない俺も、特別な何かを感じていた。


 それに今日のことがあって。今に至って。二人の距離がグッと近くなった気がした。


「渉くん。学校ではお互い名字でお願いしますね」

「勿論。俺みたいな奴が小山と仲良くしてたら陽キャ男子たちに恨まれてクラスで居場所がなくなる」


 今となりにいる彼女はこんな風に親しげに話せているけど、学校では学校一美少女で学年一の頭脳を兼ね備えた運動神経バツグン美少女。


 この関係が万が一にでもバレれば今の当たりまえな生活がガラッと変わることに間違いはない。


「渉くん。もう忘れていますよ!小山じゃなくて恵です!」

「ごめん」


 でもそんなリスクを背負っていても。恵がいいのならっていうのを言い訳にしてこの関係を続けたいとそう思ってしまう自分がいた。


 ――晩ごはんができて今日のメニューはオムライス。


 途中俺も手伝ってはみたが、卵の殻を割る作業でさえ手こずって少し時間がかかった。


 一人で作ったら倍の時間はかかるだろうし、こんなに上手く見た目も綺麗にはできなかった。


「私、晩ごはんを誰かと食べるのが久しぶりでして。嬉しいです」

「いや、俺で良かったらいつでも」


 小山恵の家庭の事情はよく知らないけど、保護者同伴の説明会のときも横にいるのはおばあさんのような人で、入学式の時には隣に誰も座っていなかったのが印象に残っている。


 気になったことはあるけど軽々しく質問していいことではないと思った。


「それじゃあ手を合わせて」

「「いただきます!」」


 目の前にはふわふわでチーズが入った黄金の卵。その下にケチャップライスが入っていると思うとヨダレが垂れそうになる。


 俺がオムライスに見惚れていると突然は恵が立ち上がって冷蔵庫に歩いて行った。


 帰ってくると手にはケチャップを持っていて納得する俺。受け取ろうとすると、恵はキャップを開けて俺のオムライスに何かを書く。


「わたる?」

「はい!渉くんの名前書いてみました。上手でしょ?」

「でもこれ逆さじゃ……」

「回してください」

「すみません」


 それにしてもケチャップで書いたにしては綺麗な文字。


「もしかして習字ならってた」

「習ってはいませんが、字は丁寧に書きなさいと母にはよく言われていたので」


 やっぱり育ちがいいと人は完璧に育っていくのだろうか。


「早く食べないと冷めますよ!」


 そう言うと恵は自分のオムライスにはケチャップをかけずに食べ始めようとした。


 それを見た俺は何故かわからない。だけど寂しさを感じてしまい俺はケチャップを取って恵のオムライスに一言書いた。


「ありがとう……ですか?」

「うん。普段お世話になってるし、口で言うのは気持ち的に恥ずかしいところもあるから」

「いえ、こちらこそ。ありがとうございます」


 それから話は弾んでいき、もちろんオムライスはすごく美味しくできていた。


 時間は思った以上に過ぎるのが早く、いつの間にかソファーに座って二人でテレビを見ていた。


 恵がそろそろお風呂に入って寝ないといけないと言うまでは帰るという選択が浮かぶこともなく、恵がいなくなることに対して少しだけど名残惜しさを感じた。


 こんな提案してはいけない。そんなこと分かってはいるのに。


「恵、明日も明後日も晩ごはん一緒に食べたい。もちろん無理ならいんだけどさ」

「うんっ!わかりました!おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 それは俺が彼女にした初めての提案だった。







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