0.2 お隣は一人ぼっち
「令嬢様……?」
「その呼び方はあまり好きじゃないです」
夜遅くに鳴ったインターホン。
玄関のドアを開けると、そこにはどこか見覚えのある顔だった。
「すみません。小山さん?」
「そう!ちゃんと名前でお願いしますよー」
「ていうか、待って。なんでここに……」
そう尋ねると小山恵はそれは当たり前でしょと言いたそうな顔で見てきた。
「だって、このマンションのお隣さんなんですから」
彼女のその言葉でトップギア全開で回っていた俺の頭は突然エンストする。
わけがわからなかった。このマンションで俺の部屋のお隣があの学年トップの頭脳と学校一の美貌を兼ね備えた有名人――小山恵なのだから。
「その顔は私がお隣だって知らなかったの顔ですね〜」
「すみません。それでうちのお隣の小山さんはなんの用で?」
小山恵のような美少女がうちの家に何用なのだか。
ゴミ出しの後、俺と会った時になにか地雷でも踏んで帰ったと言うのか。
「そのですね……。大変申し訳ないのですが」
「ん? はい」
「少しお家にお邪魔させていただけませんか?」
なにを言っているんだこの子は。俺の家に、小山恵が?!
「な、何を……」
「い、いや!!別にやましい事ではなくて」
「そんなことは分かってますよ」
「その……家の鍵、なくしてしまって」
そこまで言ってくれないと。
怪しい巻物とか、英会話の教材を高額な値段で買わさせられるのかと思った。
「宗教の勧誘とかでもなくて?」
「そんなふうに見えますか私」
小山はため息をつくと軽く、顔を両手でパシッと叩いた。
「管理人さんと連絡つかなくて。管理人さんがお部屋を開けてくれるまで少しだけで良いのでお邪魔させていただいても宜しいですか?」
「いいですよ」
「突然で本当にごめんなさい。無理にとは言いません。えっ!!良いのですか」
「汚くてもいいなら」
――なんだろう、この違和感は。
俺の部屋のソファに小山恵が座っている。
会った時はあまり意識していなかったが、小山の着ていた服は部屋着っぽく少し薄着で外にいたら寒かっただろうと察した。
流石に女の子を寒い中見捨てるのは人間としてどうかと思ったので仕方なく部屋に入れたが。女性をこの空間に招くのは初めてである。
「ごめん、気の利いたお菓子とかも出せなくて」
「いえ、私が突然おしかけてますし。気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ」
会話が終わると部屋は一気に静まりかえった。
何か喋った方がいいのか? やっぱり菓子でも買ってきたほうがいいのか? 思考回路が落ち着かない。
自分は昔から冷静に判断できる性格ではあると思っている。
だけど、今回ばかりは少し難題だった。
女性と2人で話すというスキルがそもそも俺の日常生活には備わっておらず、何もかもが初めてだった。
「管理人さんいつも家で晩飯食べて少ししてからこっちに来るからもうちょっと待てるかな?」
「はい、大丈夫でふ」
「でふ?」
「噛みました……」
小山が言葉を噛むと気が緩んで少しニヤけてしまう。
学校ではあの完璧美少女も、言葉を噛んだり、鍵をなくしたりすることもあるんだなと、驚くことばかりだ。
「あっ!今笑いましたよね」
「いや、笑ってない!」
恥ずかしそうに顔を赤くして怒るけど、全然怖さがなくてむしろ可愛かった。
「私だって人間ですからミスもあります」
「うん」
「学校で私の事を知る人たちはよく私のことを令嬢様や完璧などと言いますけど。それは皆さんが私へ向ける理想や期待であって本来の私ではありません」
確かに小山恵はいつも期待の視線を向けられ、位の高い存在として認知されている気がする。
「そっか……」
俺はこれ以上先のことは聞かない事にした。赤の他人の私情に俺が関与したり意見を言うのは違うと思ったから。
それから少し経って管理人さんがマンションに戻ってきたらしく、無事に小山恵の部屋は鍵が開いた。
今日一日、いや。この三時間で小山恵という一人の女子高生のイメージが俺の中でガラッと変わったような気がする。
もうこんな経験は二度とないのかもしれない。たぶん、小山恵ともこれまで通り他人同士に戻るのだと寝る直前に思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます