第27話 杏輔と蒼香

 俺と蒼香は黙ったまま保健室に向った。

朝のHRが始まるまではどこのクラスも騒がしい。


保健室に着くと杏輔がドアをノックし、返事が無いのでゆっくり開けた。

蒼香も大分落ち着いたようで、もう涙は見えない。


手前のベッドのカーテンを開けて蒼香に入るよう促した。


外では男子がサッカーをしていて、シュートが入ると女の子の歓声が窓を閉め切った保健室にも届いて来る。


窓の外に目をやると、男子の中に玲の姿もある。今度はどんな厄介事に巻き込まれてるんだか…


「玲くんてカッコいいよね…」


ベッドに腰を下ろした蒼香が走ってる玲を見て呟いた。


「まあ…アイツは勉強も出来るし、女の子にも優しいし、スポーツだって何でも直ぐに上手くなるからな。部活に入ればいい選手になるだろうに…」


杏輔も窓の外でプレイしてる玲を見て蒼香に同調した。


「違うよ、玲くんのカッコよさはどんな時でも美鈴ちゃんを一番大事にしてるとこだよ」


蒼香が珍しく相手と違う意見を口にしてる。


元々口数も少なく、人見知りの激しい蒼香だが、5人で付き合うようになってからは気心も知れ、大分打ち解けるようになって来た。


教室で男子に詰め寄られた時、杏輔に思わず助けを求めたのがその証拠だ。


「玲はバカみたいに美鈴一筋だからな」


普段、金魚のウンチみたいに美鈴の傍を離れない玲の姿を思い出して、杏輔は苦笑を漏らした。


「美鈴ちゃんが羨ましい…」


蒼香がいつになく自分の気持ちを外に吐き出している。


「何言ってんだ、蒼香のことだって大事に決まってるだろ。ほ…ほら、さっきだって侑季乃のヤツも駆け寄ってくれたし」


普段寡黙な杏輔も、蒼香の気分を気遣って色々と言葉をかけた。


「兎に角少し横になっとけ。ノートは後で侑季乃に見せて貰えばいい。保健室の先生には俺から言っとくから」


杏輔の優しい言葉で、蒼香は素直にベッドへ横になった。


「ありがとう」


「おう」



杏輔が職員室から教室へ戻る途中、クラスメイトと一緒にいる玲と会った。


「あっ…杏輔くん」


杏輔を見た玲が笑顔で近づいできた。


「サッカーなんて、お前今度は何したんだ?」


授業以外ではボールを投げる事もしない玲が休み時間にサッカーなんてする訳が無い。


「それがさ…皆んなで初詣行った時の美鈴ちゃんをウチの男子が見て彼女にしたかったみたいなんだよ…」


玲が話してくれたのは、その男子は美鈴に付き合わないかと誘ったらしいんだが、美鈴は〈お兄ちゃんから彼氏はまだ早いって言われてるからごめんなさい〉

そう断ったらしい。それでも諦められずに誘ったら〈じゃあ、幼馴染みの玲くんが良いって言ったら〉と玲に振った。


当然、一旦彼女が断った相手に付き合ってもいいなんて玲が言う筈がない。

断ったらあのサッカー勝負となったわけだ。


「シュートは蹴れば入るけど、走るのは嫌だよね…」


おいおい…

蹴ったら入るってどれだけの正確さなんだよ…



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