第17話 対偶

 知らない間にお兄ちゃんも玲くんも宿題終わってて、結局わたしだけギリギリになってから慌てて二人に手伝ってもらい終わらせるのは毎年の恒例儀式…


でも今年は…こんな状況なのに、集中して宿題が出来ない…


ずっと横に付いて玲くんが解らない所を教えてくれてる。

これも毎年の事…

なのに…


わたしの心臓が妙にうるさい…


「えっ…とね…ここは…」


そう言ってわたしに問題を教えてくれる。


いつだったかな…

多分小学生だったと思う…

同じように教えてもらっていた時、玲くんは凄く難しい表現で説明するから、

「そんな難しい事言ってもわかんない!」

とわたしが泣き出した。


あれ以来説明する表現を選んで話してる。


「大丈夫?解りづらかった?」


心配してわたしの手を優しく叩いてくれる玲くんの肌の温もりに心臓が跳ねる。


「も…もうっ、大丈夫よ!」


心配して繋いでくれた手を振り払った。


「玲くんてば、そうやって気安く触るけど、女の子にはそんな事しちゃダメなんだからね」


「別に…誰にでも触ってないよ」


玲くんはいつもの表情で当たり前に答える。


「お…女の子は…触れられたら、自分の事が好きなんだと思っちやうから…その…麗ちゃんの時みたいに迫られたら困るでしょ?」


わたしは恥ずかしくて麗ちゃんの話しを持ち出して誤魔化した。


「そうか…求愛行動の一種と受け取られるのか…気をつけないと…」


玲くんは真面目な顔で考えてる。


小さい時からずっと傍にいる男の子。

お兄ちゃんとわたしといつも三人一緒が当たり前だった男の子。


そのうちお兄ちゃんにも彼女が出来て結婚するだろう…


わたしも…もしかしたら好きな人が出来て結婚するかも…


それでも変わらず何かあったら玲くんはわたしたちをきっと助けてくれる筈だ…




「お兄ちゃん…」


わたしは玲くんの事で話したくてお兄ちゃんの部屋へ行った。


「あの…対偶って…なに?」


美鈴が玲のことで話しをしに来たが、そうか…そこから話さないとか…


「対偶って云うのはその対になるもの、そうだな…例えば俺たちなら生涯を共にする相手。所謂結婚相手だと思えばいい」


美鈴は驚いた顔で俺を見る。

まあ、AIの玲に結婚相手って言われてもピンとこないだろうな…


「玲にとって、今俺たちの側にいるのは謂わば課せられた使命みたいなものだ。それは彼が機能停止する時まで変わらない。

それとは別に、生殖行為を行える相手はたった一人だけ存在することが出来る」


「玲くんに彼女が出来るの?」


「“彼女”と云う関係が正しいかは判らないけど、俺が思うにやっぱり玲にとって特別な存在…好きとか、愛とかに置き換えられるかは別として、唯一無二の存在なだけは確かだと思う」


俺の説明が上手くないからか、美鈴が何か考え込んでいる。


「どちらにしても…玲と対になるのは色々難しいだろうな。俺たちには玲の感情については解らないことが多い…

俺たちには愛情を伴う行為だけど…玲にとっては何を意味するのか…

人間の俺たちには快楽を得られる行為でも、玲には何が得られるんだろうか…」


何だか当たり前に考えていた行為が、俺には別の意味があるように思えてきた。


きっと、俺がもっと年を重ねたら判るのかもしれない…


「お兄ちゃん、ありがとう!」


美鈴の晴れやかな声にハッと気づく。

ついつい自分の世界に籠もって考え込んでしまうのは俺の悪い癖なようだ…


「やっぱりお兄ちゃんに相談して良かった!」


美鈴は何か吹っ切れたのか、部屋に入ってきた時とは別の顔で出て行った。



【信頼】

わたしはお兄ちゃんの話しからそう思った。

玲くんが特別な相手から得られるもの…


決して離れず

決して裏切ったりせず

大切な想いで寄り添ってくれる


そんな【信頼】を得られる相手としか一緒にならないんだ…



わたしは…



わたしは玲くんの【特別】になりたい…







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