第10話 兄弟

 俺は真っ直ぐ伯祖父を見た。


「侑季乃、人体実験の倫理規定を知っているか?」

伯祖父からの意外な質問だった。


「い…いえ…すみません。詳しくは知りません。でも…大まかにやってはいけない事は解ります」

第二次世界大戦時、ナチスにおける捕虜への非人道的な人体実験は有名な話しだ。


次に玲の手を取り俺の顔の前に突き出した。


「この手をどう思う」

俺は改めて目の前にある玲が開いている手の平を凝視した。


「あ…人の…手の平です…」


「上手く…出来てるだろう?」


「…はい…」

皺、関節、指紋…

不思議なところは見えない。


「わたしの研究目標は例に洩れず人体の欠損部分の再生だった」


「義手とか…義足…ですよね」


「手や足だけでなく、何かの理由で失ってしまった躰の一部を完璧に近い形での再現」


確かに…今では義手も義足も以前に比べれば可成り精巧に造られてる。


「そうだな…例えば…陸上選手の義足を見たことはあるか?」

伯祖父は何かを考えてるように見えた。


「あのトラックを走る時のバネのような足ですよね…テレビで見たことあります」


「君はあれをどう思うかね」


「え…あ…凄いな…って、義足もここまで来たんだな…って思いました」


「わたしは足で走らせたいんだ」

伯祖父は残っていた麦茶を一気に飲み干した。


「義手にしろ、義足にしろ、見た目には判らず、それでいて自分の意思で本来の手足と何ら変わらない動きが出来るものが目標だった」


「なんだか…“600万ドルの男”みたいですね…」


「君は若いのに隨分古いシリーズを知っているんだな…」


伯祖父は笑っていたけど、玲を見ていたら元来の機能どころか、本当に兵器に近い機能まで付加出来るんではないかと思いたくなる。


多分…可能なんだろう

伯祖父はこの技術で生み出される玲の兄弟たちに人殺しをさせたくないんだ…


いずれ誰かがこの技術に到達する。

そんな悲しい使われ方もする日が来るかもしれない…

でも、せめて自分の技術では兄弟たちを生み出したくはないんだ…


「お祖父ちゃんがいなくなったら…玲はどうなるんですか?」


「何も変わらない、今のままだ。

細かいメンテナンスが無くなるのと、今までのように成長に合わせたボディの変換が出来なくなる。中身の方はわたしに関係なく時が来れば機能は停止する。中身の無くなった乾電池がゴミになるようにね」


俺は、伯祖父に言いたかった事を今が言う時だと思った。


「俺…AIの研究がしてみたいです。お祖父ちゃんのように人の為の技術を造りたいです」


俺は真っ直ぐ伯祖父を見て告げた。


「侑季乃、君はこれから勉学だけでなく、人としての倫理を学びなさい。

研究者は時として人の為ではなく、自分の研究の為に実験や開発をしたがる。その時大切になるのが人としての倫理だ」

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