第5話 予感

 事故後、煌月が懸念する程大きな変化は表面上では見られなかった。

玲は普通の子供と同じに学校で学習し、子供同士の中でコミュニティでの関係性を学び、その年齢に応じた成長を遂げているように見られた。


しかし、玲の中に組み込まれたシステムの数値は違った。彼の深層学習は凄まじい速さで多量の情報を処理している。それに加えて一定の間隔で各部のユニットの誤差が大きくなっていく。


「これは一体…玲の中で何が起きているんだ…」


玲は子供たちの中に上手く溶け込み、問題無く過ごしている。その事が余計違和感を強めた。

何故なら、記録の数値からは考えられない事だったからである。

煌月が推定するに、玲は見た目よりもずっと早い成長をしていると思われた。


そんな煌月の心配を余所に、玲も侑季乃や美鈴と一緒に中学へ上がった。


小学校の間は3人で行動する事も多かったが、中学になると侑季乃はクラスが違う上、部活にも入り学校では滅多に顔も合わせなくなった。


玲は人間関係でも上手く立ち回っており、親切で優しい言動で女子からの好感度は抜群だった。

美鈴とは同じクラスなので、片時も彼女の側を離れようとはしない。

最近そんな玲を美鈴は疎ましく思うようになってきていた。


誰にでも親切だが、美鈴に対してはもっと特別だった、当然そんな二人の間を周りから揶揄われる。 


「もう!玲くんあんまりわたしの傍に来ないで!」


美鈴から言われた初めての拒絶の言葉だ。

玲はどう対処して良いのか答えが出て来ない。

美鈴も言い過ぎたとは思ったがあとに引けなくなってしまった。


二人の間に微妙な距離が出来始めて間もなく、一年生の課外活動で高原へ来ていた。

二人は別々の班。


オリエンテーリングで山道を登っている時、何やら大騒ぎしている班が前の方に見えた。


「どうしたんだ?」

同じ班の男子が騒いでる班の女子に訊いた。

「美鈴ちゃんがこの坂を落ちちゃって…」


その言葉が終わらないうち玲の躰が動いた。 

草木が生い茂る山の斜面を玲は滑り降りた。 


『美鈴…美鈴…美鈴…』 


玲は素早く自分の瞳の仕様を変える。

これなら草や木で隠れていても美鈴の体温を感知し見つけられる。

美鈴は斜面が緩やかになった場所に横たわっていた。


「美鈴ちゃん! 大丈夫?!」

玲の声かけに彼女の意識が覚醒する。

「玲…くん?」

美鈴はぼんやりとした頭で彼を認識する。

「僕が来たから、もう大丈夫だから!」

幼い頃から幾度となく玲から発せられた言葉である。


玲は自分たちの現在位置から戻る為、

美鈴を背負って行けるルートを検索する。

美鈴は落ちた時の衝撃で躰に打撲があり、足も挫いている。自力では歩けない。

玲は美鈴を背負い道とも思えぬところを進んで行った。


「玲くん…ごめんね…わたし、酷いこと言っちゃったのに…来てくれてありがとう」

美鈴の声が背中から聞こえてくる。

「僕は美鈴ちゃんを護る為にいるんだから当たり前だよ」

この言葉も何度も聞いた台詞だ。


『玲くんて…なんでわたしやお兄ちゃんの為に色々してくれるんだろう…』

小さい時には疑問にも思わなかった事だが、美鈴も中学生である。

今まで当たり前だと思っていた事の一つ一つが不思議に感じられた。


夏休みの溜まった宿題を終わらせるのに一晩中朝まで付き合ってくれた。

落とし物をした時も町中歩き回って探してくれた。

テレビでヒトデを見て欲しがった時も海まで歩いて取りに行ってくれた。


仲が良いでは割り切れない。


怪我や病気もしたことが無い。

訊くと決まって「僕は人間じゃないから」と、笑って答える。

玲がそんな事を言うようになったのは5年生の時車に撥ねられてからだ…

あんな酷い事故だったのに、大きな怪我もなく直ぐに学校へ来れるようになったから、冗談で自分のことを「人間じゃない」と言ってるんだと思ってた。


だからといって本気で玲が人間じゃないなどと思っている訳では無い。

そうなると余計に煌月玲と云うが判らない。


「くしゅんっ!」

背中で彼女がくしゃみで躰を震わせた。


「寒いの?」

「ちょっと…でも大丈夫…」

斜面から落ちて怪我もしてるから体温が下ってるのかも…


「美鈴ちゃん、向こうの尾根道まで出られれば合宿所は近いからもう少し頑張ってね」

「うん」

玲くんの優しい言葉でわたしは安心する。


暫くすると躰が暖かい。

なんで…?

玲くんの躰が暖かいんだ…

そう云えばわたしを背負って一時間以上も山道を歩いてるのに少しも息がきれてない…


今も平気な顔して歩いてる…

玲くん…貴方…一体…


色々な事が頭の中をぐるぐると巡ったけど、

躰が温まるとわたしはそのまま眠ってしまった…




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