第54話 10台のスマホ

 ベルティーナに、スマホを10台渡された。今俺が手に持ってる奴と同じもの。シャッフルしたらどれがどれだか分からなくなりそうだ。


「これは一体…」


「ユート、スマホがなくなったらこっちに来られないかもって言ってた」


 あ、なるほど。それは確かにずっと思ってた。彼らにも「凄いのは俺じゃなくてスマホとアプリ」とか、「これが無くなったら来られないかも知れない」などと漏らしたことがある。ここがサイバー要塞と化したのも、彼女がそのことを気に掛けてくれていたからか。


「ありがとう。予備に持っとくね」


 しかし、残りの10台を手に取って、たまげた。元の俺のスマホと寸分違わぬ設定、アプリ構成。どうやったのか、電話番号まで同じだ。マルチSIM?いつの間に?


 俺がいぶかしんで色々と調べている間に、ベルティーナは俺が持っていたスマホを手に取り、何かやっている。


「ちょっとおい、俺のを勝手に」


「もともとのユートのスマホは、そっち。これはこないだすり替えたやつ」


「はっ?!」


 ベルティーナが指差したのは、俺の手元にある端末のうちの1つ。いや、確かに数ヶ月前に買い替えたばかりで、そんなに傷は付いてなかったけども…ケースとフィルムを付け替えただけで、まるで新品だ。てかそういう話じゃない!


「お前なあ!」


「それよりユート。この男に気をつけた方がいい」


 そう言って、ベルティーナはパソコンから画像を見せた。インカメラから捉えたと見られる一人の男の顔。俺の年上の部下だった。




「ユート、セキュリティガバガバ。パスコード割れてる。トイレに行く時に置いて行っちゃダメ。コイツら時々見てる」


 こっそり監視アプリを仕込んでいたベルティーナに、逆にお小言を言われている。信じ難い。知らない間に、携帯を覗き見られてたなんて。いや、誰でも好奇心で魔が差すこともあるだろう。しかし、録画された内容は信じがたいものだった。———愛想のいい上司、面倒見のいい非常勤、無害だと思ってた他の社員たち。みんなグルだったのか?


『なんかずっとゲームで遊んでますよね、キモッ』『彼女もいなさそうじゃない?こないだショッピングモールで見たわよ』『なんか本社の奴と揉めてませんでした?』『前の奴もロクな奴じゃなかったしなぁ』『まあ所詮、本社の連中なんてそんなもんですよ』


 人は確かに、心のうちではいろんなことを考えるもんだ。俺だって、嫌な得意先に内心舌を出しながら、平気で愛想良くへりくだる。だけどそれを直に見ちゃったら、結構ずっしり来るもんだな。


「はぁ…。気をつけるよ。ありがとな」


 俺は力無くスマホを受け取った。合計11台のスマホのうち、1台は手持ち、予備の1台はもしものためにカバンに。予備の予備の8台はインベントリへ。そして1台はベルティーナが神殿に確保することとなった。


「大丈夫。秘密は守る。隠しフォルダの画像もそのまま」


「見たんかい!!!」


 そうだ、スマホどころかコイツにパソコンを預けっぱなしだった。色々あってそのまま放っておいたが、システムファイルにこっそり隠していたおかずまで探し当てられるとは…!


「ユート、あたいらに手を出して来ねェから、もしかしたらそっちのがあんのかってみんな心配してたんだぜ?」


「そうですわよ!公衆浴場に入り浸っていらっしゃるから、てっきりそっちの方なのかと」


「父上たちが『作戦を練り直さねば』って言ってた」


「のおおおおお!!!ちっとも秘密じゃねェ!!!」


 ああ…。あっちでもこっちでも、平穏が遠のいていく。


 ハイスペックなパソコンの奥にちんまりと鎮座した俺のノートパソコンを回収する。スマホも監視されていることだし、俺は絶対パソコンとスマホではアダルトサイトをチェックしないと心に決めた。しばらくは、お古のスマホ頼みだ。しかし、ベルティーナの有能っぷりが恐ろしい。もしかしたら、俺の講じる対策なんて、焼け石に水かもしれないが。


 しかし、彼女のお陰で収穫もあった。あまり嬉しくないが、どうやら俺は思ったより新しい職場に歓迎されていないらしい。ベルティーナは、いくつかの端末を俺に渡し、自宅やデスクに取り付けるように言った。あまりに小さくて、これが監視カメラだとは誰も気付かないだろう。最近のこういったものは、よく出来てる。盗撮が減らないわけだ。これで逐一、怪しい動きは監視して、警戒しろってことらしい。


「当然ですわ。ユート様は、私たちの生命線なのですから」


 いつもの人を食ったような態度ではなく、真剣な眼差しでビビアーナが釘を刺す。俺もいい加減、分かってはいるんだ。彼女らは彼女らで、本気で俺を大事に思ってくれている。まあそれは彼女の言う通り、便利で豊かな生活をもたらす『装置』という意味合いが大きいだろう。しかしそうであっても、あからさまな侮蔑と愛想笑いで成り立つ現世の人生に軽く絶望した俺にとっては、すがりたくなるほど有り難いことだ。監視されていると思うと、多少プライバシーの侵害が窮屈ではあるが、俺を守ろうとしてくれるのは素直に嬉しい。




 ———それより、こっちとあっちでは時間的な齟齬があるが、それはどうなんだろう。


「通信が繋がる時と繋がらない時がある」


 とは、ベルティーナの証言だ。確かに、通販はどこからともなく即座に届くし、言語は大陸共通語に対応している。二つの世界のネットは似て非なるものだが、そこは上手い具合に噛み合っているらしい。なお、そういう性質のため、リアルタイムで監視出来るわけではないようだ。くれぐれも気を付けるように言い含められた。


「あたいがいれば、怪しい奴は叩きのめしてやるんだけどな!」


 アニェッラさんや。あっちでは、物騒なソリューションはNGだ。気持ちだけ受け取っておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る