第46話 やること山積み

 さて、外には相変わらずドレイパーの大軍がいるわけだが、村の中は至って快適。村人も、大軍に取り囲まれているとはいえ、彼らが決して侵入できないことを理解している。更に音声を遮断すると、平静そのもの。かくなる上は、城壁でも設置して、視覚的にシャットアウトしてしまおう。


 俺はカルたちに了承を得て、神殿の塔の上から城壁を巡らせた。コインを投じれば、立派な壁が即座に出現する。北と西はどうしようかなと思ったが、ドレイパー軍がいる間は置いておこう。要らなくなったら、インベントリに収納できるようだ。装飾アイテム扱いか。


 城壁を四角く囲んだ村を上から見ると、まるでRPGの町のようだ。ここからだと、壁の向こうで慌てているドレイパー軍が見えるが、これに懲りて帰ってくれるといいんだけどな。念のため、防衛用の武器でも見繕ったほうがいいんだろうか。




 立派な城壁に囲まれて、いよいよ村の中は平和そのものになった。だけど、大軍よりはマシとはいえ、城壁の視覚的な圧迫感は否めない。これまでは、南には見渡す限りの平原、そして東にはなだらかな丘陵が広がり、開放感あふれる景色だったからな。そんな時は娯楽だ。心に余裕がない時こそ、娯楽に限る。この間まで家と会社の往復で、娯楽なんて夢のまた夢だった俺が言うことじゃないが。


 というわけで、村役場にプロジェクターを設置する。ホールの正面、ステージの上の白壁をスクリーンにして、映画の再生だ。こちらでも動画配信サービスが使えるのは有り難い。時間の流れの都合か、サブスクを利用することは出来なかったが、代わりに個別課金は可能だった。


 神殿で三人娘にラインナップを見てもらったところ、単純明快なアクション映画が良いだろうとのこと。老若男女が楽しむなら、そうかも知れない。こちらに存在しないものはとっつきにくいだろうから、とりあえずカンフー映画から。すると、住民は見事に食いつき、スクリーンのとりことなった。さあ、これでひとまず、ドレイパー問題は一段落かな。


 映画に夢中になっている住民を後に、俺は神殿に戻った。あとはいつも通り、畑仕事をしながら風呂に入り、身支度を整える。今日は濃い一日だった。村の外のことはどうなるか分からないが、一応今日のところ必要な手は打ったつもりだ。後は展開次第。


 それより、通販が使えるようになったら村であれを買おうか、これを買おうか、あれこれ考えていたのが一瞬で吹き飛んだ。肉、壁、プロジェクター。予想もしない滑り出しとなったが、まあこれはこれでいいだろう。とりあえず今日は、これでおしまい。おやすみなさい。




 おはようございます。水曜日の清々しい朝。厚切りトーストとドリップコーヒーが定番となってしまった。贅沢だ。


 この間、早朝出勤であっちに行って、散々だった。しかし、満員電車を回避出来たのは良かったな。あの日は会社に早く入ってしまい、なし崩しで仕事を始めたからいけなかった。近くの早朝から開いているカフェで、朝活がいいかも知れない。もちろん俺がやるのは、意識高く資格取得の勉強したり、自己啓発に勤しむためではない。村でいろいろありすぎて、俺一人でゆっくり考え事をする時間が欲しいからだ。まったく、のんびりするためにあっちに通っているのに、どうしてこうなった。しかし、村のレイアウトを考えたり、次にどんな美味いものを食うか考えたり、そういうのは悪くない。


 満員電車に揺られて会社に着けば、いつもと変わらない日常が始まる。さあ、今日もいつも通りに仕事を頑張ろう。


「———出向ですか?」


「前田君が年度末で戻って来るからね。次は君に行ってもらいたいんだが」


 昼前になって部長に呼ばれ、切り出されたのがこれ。次の出向は、隣の島だったはず。女傑、バックレたのか。まあ、既婚女性がおいそれと出向だの転勤だの応じられないのは分かる。しかしうちだって、ロクに引き継ぎもままならないまま次席と俺が入れ違いなんて、業務回ねぇと思うんだけどな。


「それが上のご判断でしたら、喜んで」


 結局、俺はそう答えるしかなかった。


 出向先は、北関東だ。毎日ギリ通えなくもないが、あっちで適当な物件を探そう。耳に挟んだ情報によると、公共交通機関が心許ないので、車がほぼ必須らしい。中古車を探さなければ。ペーパーなんだけど、大丈夫だろうか。


 建前上、出向中は給与とポジションは保証されるということになっているが、実際は手当よりも出費の方が多く、実質給与ダウンだ。引越しに中古車探し、結構な痛手。しかし、予定よりだいぶん早く内示の打診があって、これでも恵まれた方。数日前に言い渡されて、着の身着のまま現地に飛ぶなんて、我が社のみならずよくあることだ。


 何だか、あっちもこっちも忙しくなりそう。どうしてこう、忙しいイベントって集中して起こるんだろう。俺は途方に暮れつつ、デスクに戻った。今日からは、仕事に並行して引き継ぎ資料を作らなければ。

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