第45話 大軍

 昨日、遷都を了承した。時間の流れの違うこちらでも、きっと数日しか経っていないはずだ。なのに、この大量の天幕と人と馬。一体どゆこと。しかも問題は、カルたちが来た時と天幕の雰囲気が違うということ。何て言うか、貴人用というより、実用的っていうか。しかも決定的なのは、掲げられている旗の紋様が違う。


「ユート様!!!」


 俺があんぐりと村の外を眺めていると、畑から村民が俺に手を振っている。ただならぬ雰囲気だ。俺は急いでパーカーを羽織り、塔を降りた。




「残念なお知らせ。人間族が攻めて来た」


 いつもながらに無表情なベルティーナ。村人が村長ズやカルたちを呼びに行っている間、俺は社務所で三人娘と待っていた。てか、ベルティーナさんや。この無数のディスプレイにサーバーは何ですか。サイバー起業でもするつもりですか。


「とりあえず、お姉ちゃんが投資を始めて、私はアプリを開発中」


 もう起業してた!てか、何アプリ?!そしてビビアーナの投資話とエグい右肩上がりのグラフに頭を抱えているうち、カルたちがやって来た。


「済まんな、ユート。儂がここに遷都を提案したばかりになぁ…」


 カルが申し訳なさそうに頭を掻く。


「ユート様は人間族。彼らと対立されるのは、非常に心苦しいかと思われますが…」


 ここから一番近い国家、ドレイパー王国。人間族は、この村のリーダーが人間の俺だと知って、俺の臣従と村の無条件開け渡しを要求しているらしい。アレッサンドロさんが何とも言い難い表情だ。


「ユート様。彼らを手引きしたのは、我が兄、栗鼠族の族長一派でございます。何とお詫び申し上げたらいいのか…」


 ベニートさんも悔しそうな表情だ。彼らは何も悪くないのに。


 ここ見限りの大地は、作物が育たず旨味のない土地として、人間族と獣人族、両方から捨て置かれていた。一応、国境の取り決め上では、獣人国の領土。実際、栗鼠族が住んでいたわけだし。しかし、首都からの距離で言えば、ドレイパーの方が近い。彼らは栗鼠族の族長からのタレコミによって、珍しい作物や豊かな実り、見たこともない美味いものがあると知り、ここまで進軍して来たという。なんだかなぁ、もう。


 とりあえず俺は、人間族だからって特に肩入れする気もないし、彼らが謝ることなど何もないと伝えた。基準は明確だ。この村に入れない時点で、彼らと今後付き合うかどうかはもう決まっている。


 そんな話し合いをしている最中、外から大きな声が聞こえて来た。


「人間族の煽動者ユートよ。速やかに投降しろ!大人しく村を明け渡すなら、命だけは保証してやろう!」


 音を拡大する風魔法らしい。街宣車か。


 俺がいない間、アレッサンドロさんとベニートさんが壁越しに交渉しようとして決裂。仕方がないのでカルが表に立ってくれたが、わずかな手勢で移住して来たカルはドレイパーにとって垂涎の獲物。ここでカルを倒せば、ベスティーアを倒すことも夢ではない。火に油だった。じゃあもう、俺が出て行くしかないんだよな。はぁ。




「あ、えーと、ユートは俺ですが」


 村の南端まで足を運ぶと、偉そうなヒゲもじゃのオッサンが栗鼠族の族長を従え、偉そうにふんぞり返っている。


「やっと投降する気になったか。待たせおって」


「いえ、投降する気はありません。俺は今後一切、ドレイパー王国と人間族との取引には応じません。お引き取りください」


 そこでSE(サウンドエフェクト)と共に、システムメッセージが流れた。


『ドレイパー王国および人間族との交易を停止します』


 そのメッセージを境に、ドレイパー王国軍の音声が途絶えた。




 

「———静かになりましたな」


 相変わらず壁の向こうでは、偉そうなオッサンが何やらうごうごしていて、槍を持った兵士が見えない壁にぶつかっている様子が見える。奥では破城槌のようなものも。しかし、何だか解像度の高い巨大モニターを見ているような感じだ。


「ユート、お前は本当に凄い奴だな」


「俺が凄いんじゃないよ。アプリが凄いんだ」


 それにしても、村人の勧誘に出ている採集班の人たちが心配だな。


「ご心配には及びません、ユート様。天狼族の皆さんは少数精鋭、我ら栗鼠族は斥候集団。遅れを取ることはございません」


 ちゃんと機を見て安全に帰って来るだろうとのことだ。一応村人の人口も変わっていない。俺はベニートさんの言葉を信じることにした。




 さて、ひとまず目先の問題が片付いたら、腹が減った。とりあえず役場に行って、仕切り直しだ。


「大変だったねぇ、ユート」


 幾許いくばくか不安そうな村人をよそに、アウグストは相変わらず陽気に料理を運んで来る。「料理は作る人の気が籠もるものさ。俺が落ち込んでても仕方ないだろ」とのことだ。俺があっちに帰って翌日には大軍が押し寄せて来たらしいから、これで3日目くらいか。狩猟班が狩猟に行けないから、そろそろタンパク源が心許なくなって来たらしいんだけど、そこは通販の出番です。


「まあっ!ユートの世界では、お肉がこんな風に処理されて!?」


「逆に、処理前の食肉は滅多と手に入らないんだ」


 さっきベルティーナに教えてもらった、通販の使い方。頼んだら、箱がボンと出現する。こっちとあっちでは時の流れが違うせいか、タイムラグなしだ。コインはさっき神殿からタップで回収したので、余裕がある。今回は畑の拡張より、当面必要な食料や生活用品を優先しよう。


 幸い、砂糖と油の生産は軌道に乗り始めたみたいだ。あと、こちらで生産できないのは、塩。それから乳製品もまだだな。最近では、畑の拡張がいよいよインフレして、何万コインあっても焼石に水だが、10万コインもあれば結構な食料が確保できる。野菜はタダだしな。


「さぁ、チーズもたくさん用意したし、今日は目一杯楽しんでくれ!」


「「「おお!!!」」」


 ホールでは快哉の歓声が上がり、あちこちから木のジョッキがぶつかる音がした。

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