第47話 出向
「困りますよ、安積さん。この島ばっかり出向なんて」
昼休み、同じ島の後輩が声を掛けて来たので、俺たちは連れ立ってランチに出かけた。開口一番、苦情が寄せられる。彼は俺の
しかしなぁ。この会社に勤めている以上、出向は常にあり得るし、育休や病休で一人二人抜けることは稀ではない。俺は二人になるべく皺寄せが行かないよう、次席が出向中のこの二年は必死でカバーしてきたつもりだ。俺だって、入社して数年は先輩にそうして助けてもらったし、恩返しの意味も込めて。だけど出向話を受けて、遠回しに苦情を言われても困るんだよな…。
これが昨日までなら、一緒になって頭を抱えて、何とか彼らに負担が行かないようにパニックになっていたと思うんだ。だけど俺は、自分の人生を自分のために使うって決めた。とりあえず、出向話には応じる決断をしたが、出向してみて気に入らなければ、すぐにでも退社する気はある。幸い、今の俺にはそれが可能だ。会社が全てだったしばらく前の俺とは違い、たとえ後任者が決まらずに会社が困ろうと、それで俺の社内の評判が地に落ちようと、ぶっちゃけ知ったことじゃない。それは会社が人員を確保して何とかすることで、俺が人生をすり潰してまで耐えることじゃないんだ。
実際、こうして外に出てランチをするのは、昨日が久しぶり。今日が二度目。だけど彼らは、毎日のように外出している。俺もそういう時期があったから、それに関しては文句は言うまい。だけど、サンドイッチをカフェオレで流し込んで電話対応をし続けた日々を思うと、あれは何だったんだという気にもなる。
なお、こうして俺が席を外している間、上長は電話を取らない。あのポジションの偉い人は電話を取らないのが暗黙のルールだし、取っても業務なんて出来ないから。そして建前上、俺らは昼休みには留守電設定にして、電話を取らなくていいことになっている。しかし取引先はそんなのお構いなしに電話を掛けて来るわけで、対応しないと苦情が来るから、仕方なく対応していただけだ。長いサンドイッチ生活で麻痺していたが、あれは異常だった。
「まあ、この会社でやって行こうと思ったら、出向の拒否なんて出来ないしな」
「そりゃ、そうなんですけど」
「お前ら二人なら、もう何とかなるって。前田さんと一緒に、頑張ってな」
俺は、不機嫌を隠そうともしない後輩たちに気休めの声をかけると、三人分の牛丼代を置いて、ひと足先に店を出た。
こうして昼の街を歩いていると、ちょっと頭が冷えて来る。そうだ。俺だって前田さんが出向する時は死に物狂いだったし、それまでだって課を異動したり、病欠で人が抜けたりして、何だかんだずっと必死だった。新人教育だって同様。引き継ぎ資料とか万全な教育なんてものは存在しないし、定員全員が揃って業務を円滑に回すなんて机上の空論だ。どこもかしこも人手不足、それどころか回ってない島から定員が減らされて行くのが常。まずは派遣に切り替えて、派遣を減らして。業務をアウトソーシングすると言っては、上手く回らずに結局残った人員で何とかしなきゃ、みたいな。そう思うと、出向先の方が気楽でいいかも知れない。
こんな風に考えられるようになったのも、農村アプリと村のおかげだ。あっちはあっちで大変なんだけど———今は素直に、彼らとの出会いに感謝しよう。さて、社に戻ったら急いで引き継ぎ資料を作らないとな。細かい資料は無理としても、ざっと簡単にまとめたものくらいなら。無いよりはマシだろう。
定時には一応取り急ぎの仕事は終え、二時間ほど残業して引き継ぎ資料を作り。俺は会社を後にした。この間まで、9時10時が当たり前だった退社時間が、引き継ぎ資料を作っている今のほうがずっと早い。頭が働いておらず、効率が悪かったんだなと思う。我ながら頑張ってたな。今日はあっちに渡ったら、通販で美味いものいっぱい買って、ちょっと自分にご褒美をあげよう。
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