第39話 茶・コーヒー・スパイス

 意外だった。どんな施設が欲しいか、獅子族の皆さんと話し合い、ひょんな流れから俺がお茶とコーヒーを持って来たことが知れると「カフェを是非!」ということとなった。そりゃそうか。彼らは王侯貴族、庶民と違って茶を嗜んで歓談(という名の根回しであったり、闘争であったり)するのが仕事の一部であると言える。特に女性陣。というわけで、お茶とコーヒーは栽培の最優先課題ということになった。それから製菓業。


「まぁっ!ユート様の世界には、こんな甘味が?!」


「これは、手先が器用と言われる人間族の職人でも真似出来ないわざですわね…」


 ネットに繋がるようになった、お古のスマホ。みんなで見るには画面が小さい。もういっそ、タブレットを買った方がいいかも知れない。そこへアウグスト夫妻がスパイスカレーの話を持ち込んだので、さあ大変だ。


「来ますわよ!ユート村の時代が!」「ここが文化の最先端ですわね!!」「早速遷都致しましょう。そうしましょう!!!」


 嘘。ちょっと待って。ユート村がユートピアとか、冗談みたいなネーミングやめて。おいカル、一緒になってはっはっはじゃねぇぞ。今度からお前のこと、遷都君って呼ぶからな。




 神殿という名の自宅から出て、酷いはずかしめを受けた。もう俺のライフはゼロだ。しかし、へばってもいられない。俺はよろよろと自宅に戻り、仕事に取り掛かった。


 まずはスーツを洗濯だ。洗濯機をおしゃれ着モードにセットし、専用の洗剤を入れてスタート。そしてエレベータに乗って塔の上の寝室へ。


 お茶もコーヒーも果樹扱いだ。どう見ても畑が足りない。しかし、パン屋と酒屋からの収入がデカいな。役場からも収入があるが、やけに多い。飲食店扱いだからだろう。そして何より、神殿だ。礼拝堂の上にも逆三角アイコンが浮かんでいて、タップするとすんごいコインが入って来る。


 え…何…。怖いんですけど…。


 一体これらのコインが、どこから何を基準にして湧いて来るのか、見当もつかない。アプリで遊んでいる間は、こういうゲームだから、こういう仕様だからとスルーして、考えたこともなかった。教会はまだ病院としては機能しておらず、村人は特に高額なお布施を持ち込んだわけでもなく。ビビアーナも「さあこれからどうやって儲けようか」って感じだった。何この大量のコイン。怖い。そこはかとなく怖い。


 だが、収益性の高い薬草を作り続けても、畑の拡張費用はどんどんインフレして行く。逆にこれからは、商業活動で得たコインを街作りに活かして行くフェーズに移行して行くのだ。出所の怪しいコインに躊躇していてはならない。俺は神殿から回収した膨大なコインを、そのまま茶畑とコーヒー畑に変えた。




 スーパーで買ったお茶もコーヒーも、無事苗木となって畑に変わった。続いて、胡椒やスパイスもだ。加工済みの粉末が、一度栽培を掛けると弱った苗になり、もう一度栽培すると力強い作物に生まれ変わって、大量にる。そして嬉しいことに、これらも結構なコインに変わることが分かった。しかし、王族やアウグストの口ぶりによると、こっちで交易に回せばもっと収益が得られそうだ。これは別の意味で、村人に喜ばれるかもしれない。特にビビアーナ。


 そうそう、枝豆も作っておかないとな。栽培に回すと、ちゃんと枝豆で収穫するか、大豆まで育てるかの選択肢が現れた。ゲームでは単に「大豆」で終わっていたような。どういう仕組みでそうなっているのか分からない。この世界はアプリそのものではなく、もう色々と別物になっている気がする。


 さて、適当にスパイスを生産し、農作物を生産し。後は薬草に切り替えて、一階へ。スーツの洗濯は終わっていた。いつもの部屋着よりも丁寧に干して、風呂だ。


 かぽ———ん。


「ふー…」


 風呂はいい。嫌なことも難しいことも全て忘れられる。あっちでもこっちでも振り回されてヘトヘトの俺だが、風呂とビールさえあれば生きて行ける。ああ、後で枝豆を塩茹でしておこう。作り方を教えたら、きっと役場で作ってもらえるに違いない。ていうか、あそこもう役場じゃないだろ。給湯室と事務室がキッチンになっているが、早くちゃんとした食堂を作りたい。人口200人まで、あと50人ほど。あの天幕の人たちがみんな引っ越して来てくれたら、有り難いんだが。


 ああもう、考え事はやめだ。とりあえずノンアルを開けて、風呂に入ったり湯冷まししたり。無限ループで癒やされる。そして前回同様、手足がふやふやになるまで風呂でねばり、体力を使い果たして、今回はこれで終了。お疲れ様でした。




 こちらは18時。洗いたてのシーツにふかふかの布団。やっぱいいな。あっちでは精神的ダメージが凄かったが、体はすっきりだ。


 さて、19時にはサトウキビやらオリーブの苗やらが到着する予定だ。外出するわけにはいかない。それにしても、次回が日曜最後のダイブになるのか。ああ、木曜日の残業が頭を掠める。明日仕事に行ったら、即対応不可避な案件が机に積み上がってんだろうなぁ…。


 いや、暗くなっていても仕方ない。明日のことは明日考えよう。


 それより、あっちから持ち帰った懸案だ。まず、砂糖の作り方と油の作り方。これはスマホじゃ無理だ、パソコンを持って行こう。なんならプリンタも。この間調べたサイトを一応ブックマークしておいて、…ああ、面倒だ。今ちゃちゃっとパワポで紙芝居にしてしまおう。


 それから、お茶とコーヒーの作り方。これもネットで調べて、簡単に。発酵して作るお茶は、具体的にどうするか、写真だけでは分かり辛いな。誰かあっちの世界で、作り方を知ってる奴はいないだろうか。


 そしてコーヒーだが、うわ、クッソ面倒だな。果肉と果皮を除いて乾燥とか、どんだけ大変なんだ。いつも何気なく飲んでるのが申し訳なくなるな。これも一応資料にまとめておくとして、しかしあっちで飲めるようになるかどうかは分からんな。


 そんなことをしているうちに、19時を回って宅配便が届いた。日曜日のこんな時間に、ご苦労様です。偉いな、宅配の人。


 何だかすっかり仕事モードの日曜日の夕方。結局20時半くらいまでを資料作りに費やし、一応念の為にパソコンとプリンタもインベントリに入れて。アラームを6時にセットし、俺はベッドへ潜り込んだ。

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