第38話 神殿の外では

 買い物から帰ってまったり昼下がり。次のアラームは18時にセットだ。19時には、こないだポチったサトウキビと砂糖大根、アブラナ、オリーブが届くはず。待機していなければ。


 今回あっちでやることといえば、枝豆の生産。スパイスの生産。コーヒーと茶の生産。アウグスト夫妻にレシピ本を渡す。こんなもんか。あとは、洗濯するものもなく…おっと、スーツを洗うんだった。今回洗って、次回取り込めば、月曜の朝に間に合うだろう。思い出して良かった。




 おはようございます。こちらに来るのももはや18回目、慣れたものだ。しかし掃き出し窓を開けて、視界の変化に戸惑う。ビルの5階ほどの高さもそうだが、畑の真ん中で、なぜかでっかいライオンがくわを振るっている。


「おお〜い、ユート!目覚めたか!」


 よく通る声だな〜。てか、王様がそれでいいのか。


 俺は急いでパーカーを引っ掛け、サンダルをつっかけて外に向かう。ああ、この魔導エレベータっての、地味にワクワクするな。光るんだぞ、幾何学模様が。たまらん。


 触れると開く魔導ドアを抜け、同じ作りの玄関を抜け。そして初めて知った。俺ん家、いつの間にか石塀で囲われてる?


 出口はどこだとウロウロしていると、家の西側に同じく魔導ドアがあった。そしてドアを開いた先には———


「ユート様!」「おはようございます!」「ユート様がいらした!」「ユート様ぁぁ!」


「はっ?」


 そこは教会のようなホールだった。長椅子から一斉に村民が立ち上がる。北側にはステンドグラス、その下には白っぽい石でできた石像。スウェットを着て、サンダルを履いて、スマホを持っている。しかし、俺とは似ても似つかないイケメンの。


 俺は今、なぜ神々が偶像崇拝を禁じるのかを理解した。これは公開処刑だ。羞恥心で死ねる。


「いやぁぁぁ!やめてェェェ!!!」


 俺の叫び声がこだました。神殿って、よく声が響くなぁ…。




 俺の家は、神殿の中庭にあった。あの魔導ドアってのは、俺しか開けられないらしい。位置付けとしては、神社の本殿みたいな感じだ。だから神じゃねェ!


「何をおっしゃってるんですか、ユート様。宗教って儲かるんですよ?」


 ビビアーナ、こよなくかねを愛する少女。確かにゲーム中、教会は収益性の高い施設だが、なるほどこういう住民が取り仕切っていたのか。いやだめだろ。


「はっはっは、ユート。実は我らとしても、ユートが為政者であるより、精神的な支柱である方が都合が良いのだ」


 そう仰るのは、国王カロージェロ・ベスティア3世。「水臭いな、ユート!カルで良いぞ!」と言われたので、お互い呼び捨てになった。いや、俺らこないだ知り合ったばっかなんですが。人懐っこいライオンだ。


 神殿は、結構な大きさの施設だった。俺の家をぐるりと塀が取り囲み、その西側に礼拝堂、さらに西側には聖職者の居住スペースや応接間、事務所。役場があったところまでを広く占拠し、役場は自動的に南側にスライドしていた。このゲーム、農場主の邸宅は、最終的に城のようになるんだが、城よりもずっとヤバい方向に進化してしまった気がする。俺は一体どうなってしまうんだ。


 しかし、王様が言うことも一理ある。俺がここで政治的なリーダーに祀り上げられると、政争に巻き込まれる可能性が高い。彼がこの村に亡命したことについても、有力者を頼って落ち延びたというより、宗教的な聖地に足を運んだとなれば、まだ申し訳は立つだろう。いや聖地って何。


 俺としては、村に移住してくれるなら大歓迎だし、時が来るまでいくらでも滞在してもらって構わない。だけど神様扱いはやめてくんねぇかなぁ、ということを繰り返し主張した。しかし、


「おお、何と謙虚な!」「これこそ真の神におわします!」「分かります、分かりますぞユート様!」


 コイツら何も分かっちゃいねぇ。


「俺の住んでる国は、八百万やおよろずの神と言って、万物に神が宿るって信仰なんです。だから、俺を神様扱いされると、その、困るっていうか」


 唯一神を信仰してる国もあるけどね。ところが、


「おお!ならば話は早い。我らベスティアも、多くの国民が精霊信仰。精霊とはすなわち、万物に宿る精霊スピリットであり、ユートの信仰と矛盾せん」


 ということで、俺の神殿とこの村は、精霊信仰「ヤオヨロズ神殿」とその本拠地ということとなってしまった。


 何でやねん!!!これ農村シミュレーションちゃうんかい!!!




 ああ、ドッと疲れてしまった。神殿の応接間で小一時間話し合った結果、余計に頭を抱えることになってしまったが、一旦帰って腹ごしらえして、仕切り直しだ。スーツも洗いたい。しかし、教会の外からふんわりと良い匂いが漂う。これは…


「やあ、ユート様。いらっしゃい」


 先日謁見室に模様替えしていた役場は、元の居酒屋に戻っていた。それどころか、事務室は全て調理場に。カウンターはそのまま、受付事務カウンターではなく、オーダーカウンターと化していた。キャッシュオンデリバリー。大箱の居酒屋というか、フードコートというか。お、赤ワインが並んでる。まだ試作品で出来は微妙みたいだけど、行っとくか。


 いや、違う。俺は彼にレシピを渡したかったんだ。


「すごく緻密な絵だね。これ、頂いていいのかい?」


「そりゃもう、こっちからお願いするよ。足りない具材は何とか調達してくるから、試作を頼めないかな」


 こうして会話は成立するのに、彼らは日本語を読めなかった。読めなかったが、「大さじ」とか数字なんかは記号として認識できるようだ。よし!


 俺は手元にあった雑誌と本を全て彼に譲渡した。アウトドア雑誌、オーブン料理本、レンジ料理本、つまみレシピ本、パスタ本、カレーレシピ本だ。アウトドア雑誌とオーブン料理本の一部は、すぐに着手できそう。レンジ料理本も、電子レンジを使わずともオーブンで火を通せば再現出来るようだ。パスタは、すぐには無理だな。乾麺を買って来てもいいんだが、パスタマシンを買ってこっちでパスタを作る算段を付けなければならない。しかしパスタソースは、パンに付けても美味うまそうだ。それから、カレー。スパイスは、これから増やすのだ。俺は試作品として、この間作ったチキンカレーを振る舞った。


「何だいこれ!こんなにスパイスの香りが高い料理なんて、初めて食べたよ!」


「すごいわねアウグスト!こんなの一皿金貨一枚じゃ食べられないわよ!」


「スパイスの栽培が成功したら、いくらでも作れると思うんだ。俺も楽しみにしてるから、お願いしとくな」


 そして、前回王様騒動で渡せなかった塩とサラダ油を渡しておいた。




 役場の中は賑わっていた。王様と引っ越して来た獅子族の人たちも見られる。こっちの時間にして数日、すっかり溶け込んでるな。


「やあ、ユート様。アレッサンドロ様に誘われてこちらに越して参りましたが、まさかこんな素晴らしい楽園があるとは!」


「あ、ええ、村のみんなのお陰です」


「またまた謙遜を!」


 しかし謙遜でも何でもない。今回、役場では天狼族と栗鼠族の郷土料理がラインナップに加わっていた。猪肉ししにくの煮込みに、キノコのソテー、ミックスナッツ。ワインが進んで仕方ない。


「お、ユートじゃねぇか。どうだい、あたいの狩ってきた猪肉。うめぇだろ!」


 背後から無遠慮に声を掛けてきたのは、アニェッラ。そうそう、彼女にも会いたかったんだ。俺は100均で買って来た包丁を3本手渡した。


「新しい得物か?!よっし、腕がなるぜ!」


 うん。武器じゃなくて包丁だけどね。しかし彼女は本来なら、辺境伯家の姫のはずなんだが…


「姫なんてよしてくれよ!あたいはこうして獲物を狩ってる方がしょうに合ってんのさ」


 そう言って彼女は、照れくさそうに鼻をこする。どこからどう見ても令嬢とは程遠い。しかしそれが彼女らしくていいと思う。これからもタンパク源の調達、頑張っていただきたい。


 彼女らと卓を囲んでいると、次々に人が集まって来る。ちょうどいい機会だ。俺は獅子族の人たちと、どんな施設が欲しいか話し合うことにした。

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