第36話 拠点の進化

 さて、新住民のことはアレッサンドロさんたちに任せて、俺はこっそりと辞去。脚なんか飾りだってお偉いさんには分からんように、俺にもお偉いさんのことは分からない。村に入れたからには、犯罪を起こすような人物じゃないのははっきりしているんだが、俺が気兼ねなくスローライフを営むにあたって障害になるかどうかはまた別問題だ。いや、こっちで気兼ねしてどうする。俺はあくまでモブだ。ベスティア国民でもないし、村の端っこで気楽にさせてもらう。そのために、彼らのアパートを俺んとは反対側、南端に建てたんだしな。


 それより、住民が増えたなら食糧をいっぱい作ってやらねばなるまい。風車をもう一個建てて、小麦を大量生産。それから、適当な野菜をボツボツと。こないだピザソースやブルスケッタなんかがバカ売れしてたから、プチトマトを大量に。そしてニンニクやオレガノ、その他彼らが採集してきたハーブ類も殖やしておいてやろう。俺の意図に気付いた村民が、即座に小麦を風車小屋に運び込んで行く。


 それにしても、前回立てた都市計画が御破算ごわさんだ。村役場中心じゃなくて、あっちを豪華にすべきだろう。幸い人口が100人を超えて、村の建築可能面積が広がった。石畳を敷いて、噴水広場を置いて…ああ、学校が建てられるようになったな。都市計画に関しては勝手に進めていいと言われているが、生徒や教員が決まっていないのにハコだけ建てるのもアレだ。根回し大事。


 それにしても、村の北と西は森林。南と東は見渡す限りの平原だったのに、アパートが建ったお陰で一気に見通しが悪くなった感じがする。ここが二階建て、あっちが三階建てだからか。そろそろ農作業もやりにくくなってきたし、上位の建物が解放されたわけだし、拠点をグレードアップしておこう。




『神殿(小)を建設しますか? はい いいえ』




「は?」


 いやいや待て待て。ここは農家の住宅(中)だろう。どうして進化先が神殿(小)なんだ。しかし何度目をこすっても、神殿(小)って表示されている。どういうこと。そういえば、さっきのアレッサンドロさんのセリフが思い当たる。




『まことにございます、陛下。ユート様は神。神にございます!』




「神じゃねぇし!!!」


 ああもう、ややこしいことしてくれた。


 ちなみに本来は、人口が100人を超えると教会(小)が建てられるようになる。これは信仰の拠点と病院の機能を兼ねていて、1つしか置けないのが難点だが、利益率がバカ高い。そしていくつかの段階を経て、聖堂、神殿、大神殿に進化するはずなんだが。


 ええい。難しいことを考えていても始まらない。ここはポチっておくべきだ。農家の住宅(小)から(中)に進化させただけで、QOL(生活の質)が爆上がりした。きっとこれも、俺のスローライフを更に充実させてくれるに違いない。そーれ、ポチっとな。




 ———その途端、ベランダからの眺めが一変した。前回は一階に居たまま二階が建て増しされた感じだったが、今回はこの部屋自体が上に持ち上げられたようだ。ベランダから下を覗くと、ざっとビルの五階くらいの高さがある。ビックリとかドッキリとかいう問題じゃない。


 いつもながら、俺はこの建物のことをアプリのアイコンでしか見たことがない。恐る恐る部屋を出て、建物の探検に出かけることにした。


 最初に気になったのは、俺が一階に置いてきた家電たちだ。建て替えと一緒に消えたりしてないだろうか。しかし、そんなことを言っている場合じゃなかった。部屋の外は石造りの塔になっていて、灯台のように螺旋状の階段がある。そして螺旋階段の中央には、複雑な紋様を描いた光の板と、毎度おなじみオレンジの逆三角アイコンが浮かんでいる。




『魔導エレベータにのりますか? はい いいえ』




「魔導!!!」


 何だと。この世界、魔法なんてもんがあるのか。これまで村人は魔法なんて使ってる様子を見せなかったから、全然知らなかった。一階に降りると、頑丈な木の扉。扉にも複雑な紋様が描かれ、俺が触れると独りでに開いた。ヤバい。神殿って魔導要塞なのか。


 塔に続いて現れたのは、思ったより普通な居住スペース。前と違うのは、壁が石造りなことだ。とはいえ、家具や人が触れる場所は木で出来ていて、温かみを感じる。間取り自体は農家の住宅(中)とさほど変わらず、持ってきた家電も無事だった。


 農家の住宅(小)で言う北西の寝室の場所が、(中)だと階段に変わって二階に移り、今度はそれがエレベータに変わって塔の上に移動しただけだ。神殿と聞いて身構えたが、さほど生活に影響はなさそうだ。それより、「魔導」の文字に心が躍る。俺の中の厨二病は遠い昔に完治したと思っていたが、寛解していただけのようだ。見事にぶり返した。




 こっちに来てから、王様騒動で随分と時間を食われてしまった。干していた布団や洗濯物が気になるが、まずは腹ごしらえからだ。ずっと楽しみにしていた、キンキンの白ワイン。おお、冷えっ冷え。


 ———失敗した。梅酒を浸けておくようなガラスジャー。非常に注ぎにくい。今度はペットボトルを空けて、それに移し替えよう。漏斗ろうとも必要だ。漏斗ファンネルはどの世界においても有能。


 少しこぼしてしまったが、キリリと冷えた辛口の白ワインは格別だ。プラスチックではあるが、ワイングラスがいい仕事をする。気分が盛り上がってきた。前回アウグスト夫妻に作ってもらったブルスケッタの残りをつまみながら、パスタを茹でる。


 ダイニングセットも、前よりちょっと豪華になった。前は素朴な民家という雰囲気だったのが、テーブルもチェアもシンプルながらに洗練されている。中央には燭台が置かれ、各席にはランチョンマット。洗濯が面倒そうで、買おうと思ったことなど一度もないが、しつらえてある分には気分が高まる。茹でてソースを和えただけのパスタ、洗ってちぎってあるだけのサラダ、ピザ、ワイン。並べただけで、なんともそれっぽく見えるじゃないか。一人呑み万歳。いただきます。


 それにしても、相談しなきゃいけないことが増えたな。まず学校の設置だろう。養鶏場のこと。そしてサトウカエデのこと。新しい住民が増えて、彼らも何らかの仕事に従事しなければ、村民にぶら下がってタダ飯を食うだけって訳にも行かないだろう。いくつか商業施設も解放されたことだし、やりたいことがあれば働き口を作ってあげてもいい。


 今作れる建物やアイテム一覧をコンソールで眺めながら、一方でお古のスマホで攻略wikiを検索する。最近は、どんなマイナーゲームでも誰かがwikiを立ててくれて、とても有り難い。俺はこれまで、適当に放置しながらゲームを進めていた無課金勢だったから、ガチ勢の皆さんの攻略情報を覗いたことはなかったが、すごいな。こないだアプデがあって、人口10万人まで解放されたみたいだ。課金すれば、街も3つまで持てるらしい。1つは海辺の都市で、1つは山岳都市。海運業に鉄鋼業なんて、それもう農村シミュレーションじゃないのでは。




 そこまで閲覧して、俺ははたと手を止めた。


 今、俺、ブラウザ見てたよね?


 もしかして、ネット繋がってる?

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