第35話 新しい住民

 おはようございます。こっちは朝のいい空気。冷えたワインを楽しみにしながらベランダを開けると、村人が畑で右往左往してソワソワしている。そして俺を見つけると、「ユート様ぁ!」と叫んで手を振って来た。いつもの挨拶というより、SOSといった感じだ。何があった。俺はパーカーを羽織ってサンダルをつっかけ、村役場へ向かった。




「ほほう、そなたがユート殿か」


 あっれぇ。ここ、役場だよね。ホールの壇上には立派な椅子がしつらえられ、人語を操るデカいライオンがデンと座っていた。


「ヒッ」


「ユート様。こちらがカロージェロ・ベスティア3世。ベスティア王国の国王におわします」


 アレッサンドロ村長がライオンの前で優雅に礼を取る。俺も膝を折った方がいいのか?


「良い、そなたはわしの臣民ではない。楽にされよ」


「はぁ…」


 まあ、部屋着にパーカーにサンダル。そもそも王様の前に立つような格好じゃないけどな。


 ホールでの挨拶は、一応表向きの儀式的なものだったらしい。それから俺たちは、二階の村長室に上がった。俺とアレッサンドロさん、ベニートさん、そしてメスライオンっぽい人が二人…お付きの人だろうか、それとも奥さんだろうか。この二足歩行のライオンたちの圧が凄い。椅子がミニチュアのようだ。メスライオンのうち、立派な身なりの方が口火を切った。


「単刀直入に申しましょう。我々は、ここに移住を希望します」


「あ、えっと、どうぞ…?」


「まことか!」


「陛下。申し上げた通りにございます。ユート殿は至極寛大なお方」


 いや、てか、王様?王様がお城を出てここに住んじゃっていいの?


「ユート様。現在ベスティアは政変の危機に見舞われておりまして。王弟殿下は反国王派に取り込まれ、王都は常に緊張状態。あちこちで小競り合いが絶えず、まずは国王に安全な場所に避難して頂きたく」


「はぁ…」


 どうしてこうなった。




 亡命(?)の決め手となったのは、栗鼠りす族問題が発端ほったんだった。森に住む大半の栗鼠族がこの村に越して来たことで、例の族長たちは何度もこの村を訪れて威嚇を繰り返していたらしいのだが、見えない壁に阻まれて、どうしても入れなかったとのこと。俺が知らなかっただけで、彼らはこの村を占拠して自分たちのものにすることを諦めてなかったみたいだ。


 栗鼠族の第一陣の移住の時に頭を掠めたことだが、どうやら俺や村民を脅かそうとする者は、村に侵入出来ない作りになっているようだ。あの時は、村のレベルに応じて定員が一杯だから移住者を受け入れられなかったのか、それともこのゲームに治安維持の要素が無かったので反社会的な存在を受け入れられなかったのか、判断が付きかねたんだが。


 ベスティア王国の内乱騒ぎで王都を追われたアレッサンドロさんとベニートさんは、この村の特殊な性質が国王の身の安全を確保するのに役立つと判断し、彼らをここに誘致したらしい。いや、村人を誘致してくれとは言ったけど、王様なんて来られてもなあ。


「えっと、ここはご覧の通り農村で、王様に滞在して頂けるような施設は何もないんですけども…」


い良い。儂も若い頃は市井しせいくだり、武者修行に励んだ身。本音を言えば、国王など窮屈でかなわん。村人と同等で良い。皆を受け入れてはもらえんか」


 彼は首から上がライオンなので今ひとつ表情が読めないが、どうやら気のいいオッサンみたいだ。そして自分の身の安全よりも、どっちかというと身内や臣下をかくまって欲しいらしい。正直、まだレベル的に豪華な建物は建てられないが、それでも良ければということで、獅子ライオン族を受け入れることとなった。王様と握手した途端、住民増加に伴うレベルアップと各種アイテム解放のログが流れて来る。




「おお!このような邸宅が、まこと瞬時に!」


 俺は住宅街を超えて南側に、三階建てアパートメントを建設した。さっき人口が100人を突破して、解放された建造物の一つ。今のところ、これが一番大きい建物になるだろう。ゲームでは簡単なアイコンでしかなかったが、実物は結構な大きさだ。価格は20万コイン。面積は20m×30m、畑6面分。1Fがファミリー向けの3LDK、2Fが単身者向けのワンルーム、3Fはオーナー用の4LDKが2戸の贅沢仕様。微妙にリアルだ。これ1つで定員が50名、中盤の量産型集合住宅。


 俺はこれを2棟用意しようとしたが、1棟で良いと断られた。その理由は、村の南端を見て分かった。村の外には天幕が張られ、王族一行はそこで待機していたらしいのだが、いざ家財を運ぼうとすると、壁に遮られて村に入れない者が半数ほど。


「おいお前!人間族の平民風情が!」「無礼者め!」「我を誰と心得てか!」


 なんかこんなんばっかしだ。俺がため息をついていると、


「申し訳ありませんわ、ユート殿。あの者共には、よくよく申し含めておきますゆえ」


 身分の高そうなライオンヘッドのお姉様に、申し訳なさそうに告げられた。お妃様の一人らしい。


「それにしても、チェルソ殿はともかく、カスト殿までが入村を阻まれるなど…」「カミッラ妃もですな…」「なるほど、これは良い試金石しきんせきとなりますわね…」


 村長ズとお姉様ズがひそひそしている。王様も楽じゃないな。しかし逆を言えば、王様を始めこの村に入れた人たちは、俺や村民に害を加える要素はないということだ。それなら、俺に彼らを拒む理由もない。




 とりあえず、この村に入れる人たちには、アパートへ移ってもらった。入れない人たちは、天幕で待機。しばらく王妃様たちが説得を続け、それでもなお村に侵入出来ないようなら、そいつは村の安全を脅かす意思の持ち主だということ。その場合、改めて身の振り方を考えてもらうということだ。


 それよりも、ご一行のアパート探検の興奮がすさまじい。


「この村で一定の労働を担った者には、このようなコインが支払われます。そのうちわずかなコインで、これらの便利な施設がいつでも使えるのです」


「まあっ!一戸一戸に、このような設備が?!」「湯だ!水も出るぞ!」「これでは王宮より便利ではありませんの?」


 えっ。そうなん?


「ユート殿。辺境伯が申す通り、そなたの能力は桁違いだな」


「まことにございます、陛下。ユート様は神。神にございます!」


 いや神じゃねぇし!てか、アレッサンドロさんって辺境伯なん?!


「いえいえユート様。現在は弟に家督を奪われてこの体たらく」


 ちょっと待ってくれ。今日は情報量が多すぎて、脳も感情も追いつかない。さっきまで、冷蔵庫の中で冷えたワインを楽しもうとウキウキしてこっちに来たはずなのに。どうしてこうなった。

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