第27話 頑張らない農村経営

「ただいま〜…」


 誰も迎える人なんていないのに、つい口をついて出てしまう。独り言が多くなる、独り暮らしあるあるだ。


 さて、スーツを掛けて、シャワーを浴びて…最近あっちで風呂に入るという贅沢を覚えて、どうもシャワーじゃ物足りない。ああ、でもなぁ。彼女らには帰ってくれって言ったけど、ちゃんと帰ってくれたろうか。




 タイマーを15時にセットして、ベッドに潜る。そして恐る恐る目を開けると———良かった。俺を覗き込む獣人の少女はいなかった。


 外は相変わらず良い天気だ。ベランダの掃き出し窓を開けようとして、思いとどまる。見つかったら面倒臭いかな。ああ、ここ自分なのに、何で俺がこんな気を遣わなきゃいけないんだ。しかし、見つかると厄介なことには変わらない。俺はさっさと風呂に向かう。


 一階にも人の気配は無かった。知らないうちに緊張していたらしい。当たり前ながら、ほっと胸を撫で下ろす。


 一日ぶりのジャグジー。肩、腰、足の裏に当たる気泡が心地良い。たまらん。そうだ。もう村民とか畑仕事とか関わらずに、ここで風呂だけ入ればいいんじゃないだろうか。いかんな、きっぱりアプリ断ちするという決意が揺らぎそうだ。なんせ風呂好きな日本人だもの。仕方のないことだ。


 旅行用のシャンプーとリンス、ボディーソープがほとんど空だ。そういえば、彼女らが使ったんだったか。もう今回で終わりにすべきか…いや、ポンプボトルを持って来るべきか。迷う。


 それにしても、いいな。薬草が育つのが1時間とか、外で人が待ってるかもとか、そういうことを考えずに、ただ好きなだけ長湯する。たっぷり張ったぬるめのお湯に、行儀悪く潜ったり、足を伸ばしてバタ足をしているうちに、だんだんと気分が上がって来た。そうだ。俺、あっちでもこっちでも、頑張り過ぎてたな。もっと楽に行こう。


 農村アプリ、これは癒やしだ。だから、癒されること以外はしない。無理はしない。頑張らない。収益とか拡張とか村づくりとか、最初の方向性からブレてただけなんだ。のんびり行こう。よし。


 そうと決まれば、あっちに帰ったら早速ジャグジーのアワアワ入浴剤とか買って来よう。そしてビールもだ。今日くらいはケチケチしない。美味うまいのを買って、ご褒美にしよう。




 気分が上がると腹が減った。俺は二階に上がって、早速ベランダの掃き出し窓を開けた。朝の空気と発泡酒が、風呂上がりの体に染み渡る。お、畑の作物が結構減ってるな。補充しといてやるか。


 ———しかし。


「おい、ユート様だぞ!」「ユート様だ!」「ユート様がおいでになられた!」「ユートさまぁあ!」


 下の畑は、騒然としている。村人のことは気にしないでおこうと思った俺の決意が、早くも揺らぎそうになっていた。




「ユ”ード様”ァ”!!」「ユ”ード様”ア”ァ!!」


 偉い騒ぎになってしまった。俺の姿を見つけた村民が、家の前にわらわらと集まって来て。そして伝令を受けたリーダー二人がすっ飛んで来て、号泣しながらDOGEZAを始めた。


「だから!人ん家の玄関先で、やめて下さいって!」


「娘”らが気”に入”らな”んだとでずがああ!!」


「だがら言っだんだ、じゃじゃ馬は駄目”だっでェ!!」


 あ、やっぱじゃじゃ馬を押し付けた自覚はあるんだ。


「ああもう。俺もあっちで忙しくて、余裕なかったんです。それは謝ります。だけどもう、お互い気を遣うんで、こういうの止めましょう?」


「「の”お”おおお”!ユ”ード様”ア”ァ!!」」


 ああもう。俺、腹減ってるんで、マジでこういうの止めてくんねぇかなぁ。———それが思わず口から出ていたらしい。彼らは、「え」「あ」などと口をパクパクしながら、やっと泣き止んだ。


「俺、こっちに遊びに来てるんです。だからもう、こっちで人に気を遣ったり気を張ったり、そういうの止めにしたいんです。俺も皆さんも、もっと気楽に行きましょう。俺はここに来られる間は来るし、作物も作れるだけ作って置いとくんで。だけど、それ以外は放っておいて欲しいんです」


「ユート様…」


「じゃ、俺、腹減ってるんで、これで」


 何か言いたそうな村人を残し、俺はさっさと玄関に入り、施錠した。




 ああ。ベランダ開けただけで疲れた。彼らにも言い分はあるだろうし、俺と血縁というコネを作りたいのも分かる。分かるからこそ、一旦は彼女らをバイトという形で受け入れようとしたんだが、俺にはキャパオーバーだったみたいだ。出来ないことはしない。仮眠したとはいえ、徹夜明けだしな。


 さて、改めてインベントリから飯を取り出し、次の発泡酒を開ける。良い加減、野菜炒めばっかも飽きたな。初日はレトルトカレーだったが、普通にカレーにしてもいいかも知れない。もうスパイスを育てるとか、そういう面倒臭いことは無しだ。素人がカレールーで作る、家庭の味。


 そうだ。この際、コスパとか節約とか気にせず、美味うまいモン食って幸せに暮らす方法を考えよう。まずは〇〇の素を買い込んで、手間なくいろんな料理を試す。QOL(生活の質)向上を目指そう。俺にだって、幸せに生きる権利があるはずだ。


 外では、村人が三々五々散って行くのが見える。小麦なんかはすぐに生育するし、バンバン狩って家の前にドサドサと積んでおいてやる。なんせ人口も100人弱だもんな。いっぱい作っておいてやるから。


 酒蔵、パン屋、養鶏場からは、結構なコインが集まった。ついでに彼らの家もグレードアップしといてやるか。風呂の使い方は、あの三人娘が知っているだろう。3,000コイン×45軒(1/3くらいは余ってるみたいだが)でアップグレード。俺の前の家と同じ、農家の住宅(小)に生まれ変わった。ジャグジーとコンセントは付いていないが、たきぎや風呂、水回りなんかはコインで賄える。便利に使って頂きたい。


 他にも建てられる施設が増え、相談したいことはあるが、真面目に頑張るのは止めだ。俺は俺のために自分の時間と体力を使うのだ。腹が満たされ、気分も落ち着いたことだし、早速ベッドに潜ることにした。

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