第24話 3人のバイト

 何故だかバイトが来ることになった。しかも3人。というわけで、今日は急遽面接兼オリエンテーションだ。労働条件について早急さっきゅうに詰めなければならない。


 弊社でも時折バイトを雇うことはある。前いた部署で一度担当した。募集の時に告知しないといけないことといえば、


・雇用期間

・就業場所

・業務の内容

・始業時刻、終業時刻、休憩時間、休日

・賃金


 このくらいだったろうか。漏れがあるかも知れないが、ここは一旦ざっくり決めて、あっちでまた調べて来よう。


 3人にはコーヒーを勧めておいた。苦いと不評だったが、そういえばカフェオレにするつもりで牛乳と砂糖があったと思い出し、混ぜてやると喜んだ。「砂糖なんて高級品!やっぱり玉の輿ですわ!」と興奮されたが、そうか、こっちでは砂糖もないのか。今度村人に買って来てやろう。


「あー、君たち。ここで働いてもらうために、いくつか取り決めをしたいんだが」


「だから嫁入りだっつってんだろ、ユート」


「話を混ぜっ返さないのですわ、アニェッラ。ここは一旦油断させておいて」


「既成事実作戦」


 だからぁ!


「雇用期間は、未定。とりあえず1ヶ月くらい…こっちとあっちでは時間の流れが違うから、こっちだと3ヶ月くらいかな。就業場所は、この家。業務の内容は、調理補助、出来れば料理。そして村人との意思疎通と調整。始業時刻は、俺が来た日、ベランダを開けてから1時間後くらい。終業時刻は、そうだな、夕方かな。休日は、俺が来ない日。そして問題は、賃金なんだが…」


 そう。この間、コインを取り出そうとして失敗した。いや、ある意味成功なんだが、俺は自分のコインをこっちの世界で取り出すことが出来ない。俺が支払えるもので、何か欲しいものはあるだろうか。


「あ、はい!この砂糖を頂きたいですわ!」


「馬ッ鹿、そんなガッつくなよ。こんな高級品、そうホイホイ強請ねだるもんじゃねェよ」


「姉ちゃん、がめつい」


「いや、こんなもんでよければ、いくらでも持って来るが…」


「「「いくらでも?!」」」


 いや、トン単位とかそういうことじゃなければ…。


 という流れで、報酬は一旦「砂糖」ということで仮決定。その他、欲しいと思ったものは順次現物支給で行くことに決めた。




 一旦帰って、この条件でいいか聞いて来いと言っているのに、彼女らは一向に帰る様子を見せない。仕方ない。俺は彼女らに好きに見学してもらって、こっちはこっちで自由にやらせてもらうことにした。


 まず、ベランダから薬草の収穫と植え付け。それから、まだ晩飯を食ってなかったんだ。腹が減って仕方ない。早速ほうれん草ベーコンと発泡酒で、晩酌ならぬ朝酌。


「ユート、何だそれ。美味そうだな」


「あ、ビールはダメだぞ。お酒は二十歳を過ぎてからだ」


「人間族ってどうしてそうなんですの?」「変なのー」


 変で結構、コケコッコ。彼女らに構わず雑誌をめくっていると、


「まあっ、まるで本物のような絵が、こんなにたくさん!」


「これは写真っつって、ほら」


 古いスマホで彼女らを撮影してやる。


「おおー、すごい。文明の利器」


 ———賑やかだ。こっちでは、ひたすら長閑のどかな時間を享受していたのに、どうしてこうなった。しかも相手は、一回り下の女の子たち。あっちで言えば、JKとかJCとか呼ばれる存在だ。一体何をどうすれば。


 いや、彼女らはバイト。ということは、俺は上司として接しなければならない。ああ、せっかくの癒やしの隠れ家が、どうして職場になってしまったのか。


 そうだ。職場とプライベートは、分けなければならない。俺は改めて一階に降り、以降二階には立ち入り禁止とした。


「ええー」「あんまりですわ」「既成事実が」


 その不穏な四文字熟語、やめてもらえませんかね。




 俺は改めて、一階を案内することにした。キッチン、水回り、ダイニング。水回りには、それぞれ相応のコインを投入しておく。


「ユート、湯で水浴びしてたのか?!」「まあ、液体石鹸ですの?!いい香り!」「文明の利器」


「あー、仕事の手が空いたら、好きに使っていいぞ。君たちの家も、コインを貯めればこういう仕様になる」


「「「マジで(本当)?!!!」」」


 あと、本題はこっち。


「君たちに手伝ってもらいたい一番の仕事は、料理だ。面倒な下ごしらえ、出来れば調理まで。頼めるかな?」


「お…おう…」


「お、お任せください♪」


「嘘。二人とも、料理苦手だよね」


 何っ。苦手な子たちなのか?


「う、うるせえ。アタイは料理よりも、狩の方が得意なんだよ!」


「ほほほ。何事も、適材適所ですわぁッ♪」


「下ごしらえくらいなら」


 うん。3人とも負けず劣らずの美少女なのに、何故売れ残っていたのかが分かった。道理でアレッサンドロさんもベニートさんも、みんなまとめてめとって欲しいと懇願したわけだ。


「まあ…難しい仕事じゃないよ。俺がして欲しいのは、こうしてキャベツをザク切りにするとか」


 俺はインベントリからキャベツと包丁、まな板を取り出し、大まかに刻んで見せた。それをザルにあけ、水洗いして水を切り、食品用の保存袋に入れる。


「こんな感じなんだが「すげェッ!そのナイフ、すげェ切れ味だッ!!」


 え、食いつくの、そこ?


「まあまあアニェッラさん。それは武器ではありませんよ」


「でも本当にすごい切れ味。こんなの初めて見た」


 こんなのも何も、これは100均の包丁だ。しかし、長年放浪していた天狼族と、森で採集生活を営んでいた栗鼠族。質の良い金物を手に入れるのは至難の業で、たまに交易で手に入れるか、もしくは簡単な包丁ややじりなんかは石で代用していたそうだ。磨製石器!


「まあ…そんなに気に入ったなら、またそのうちあっちで買って来るよ」


「マジかッ?!おし、槍の先に付けて、一丁大物を狩って来てやるぜ!!」


 いやそういう


「ほほほ。一体いかほどの値がつくでしょうか…たまりませんわぁッ♡」


 いやこっちも


「ユート。姉ちゃんに渡したら、ものっすごく転売されるから」


 そのようですね。


 とりあえず俺は、無表情な棒読みちゃんのベルティーナに下ごしらえを任せることにした。彼女には、ちゃんと報酬を用意しておこう。




 その後、俺は隣の薪オーブンで野菜炒め作り。悪徳商人ビビアーナには、おにぎり作りを手伝ってもらった。彼女は「調味料は使えば使うほど美味しい」という特殊性癖の持ち主だったが、こちらが手順と分量を指示すると、ちゃんと器用に応じてくれる。一方狼少女のアニェッラさんは、包丁を持てばまな板まで叩き切る勢い、おにぎりは自慢の握力でスーパーボールのように。彼女には、別の役割を与えなければなるまい。


 さて、野菜炒めもおにぎりもたくさん出来た。とりあえず、ダイニングで試食会だ。みんなに割り箸を配り、いただきます。


「うまッ!!何だこのタレ、クッソ美味ェんだけど!!」


「このおコメという穀物、外見はまるで麦のようですのに、美味しいんですのね♡」


「(もっもっもっ)」


 三人三様、箸の持ち方は不恰好ながら、ガツガツ食べている。ヤバいな。こんな美味うまそうに食べてもらえると、作った甲斐があった、と思ってしまう俺がいる。しかしこの調子だと、焼肉のタレと肉が早々に切れてしまう。何とかして近日中にスーパーに立ち寄らねば。俺はメモを取り出し、買い物リストを作成した。




【急ぎ】


細切こまぎれ肉

・焼肉のタレ


【週末】


・砂糖

・3人分の食器

・包丁




 ああ、明日は炊飯器を持って来よう。コメも炊かないと。


 なぜかいきなりバイトを3人抱え、まかないまで用意することになってしまったが、人と食べる食事ってこんなに美味しかったっけ。ちょっと心が温かくなる俺だった。いや、会社帰りに先輩や上司に捕まって、居酒屋で愚痴大会。あれほど不味い飯もないから、相手によるんだろうな。


 なんだか、アレッサンドロさんとベニートさんのしたり顔が見えた気がする。ちょっとしゃくだ。

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