第22話 火曜日の社畜
村人は忙しそうなので、俺は自宅に戻った。また彼らの手が空いた時を見計らって、村のレイアウトを考えることにしよう。俺が彼らに
【要望を聞きたいこと】
・村のレイアウト
・帰る前に作っておいて欲しい作物
・今ここには無いが欲しい食材
【要望したいこと】
・食材の下ごしらえと調理の補助
・引き続き、周囲で採れる新しい作物の入手
俺は風呂に入りつつ、考えをまとめてメモしておいた。ああ、やっぱりゆっくり風呂に浸かれるのはいいな。身も心もさっぱりする。後は時折ベランダから畑作業をしながら、のんびりと雑誌をめくるのみ。ため息が出るほど平和だ。
酒蔵の収入がヤバい。彼ら、ブドウが生ったらすかさず収穫し、次々と酒に変えているようだ。タップすると、コインがじゃらじゃら入って来る。パン屋も順調。パンって、焼くの大変そうだからな。そして養鶏場。10メートル四方で1区画、オスメス1羽ずつ放っておいたが、もう6羽に殖えている。どういうこと。これが10羽になれば、毎朝5個の卵が手に入るようになるわけだが、この面積でこの数はシビアだな。かといって、あまりぎゅうぎゅう詰めも良くないだろうし。今のところ3区画あるが、区画を増やすと世話が大変だ。運営は村人に任せているが、もっと区画を増やしたほうがいいのかどうか、訊いてみなければ。
とりあえず、薬草を育てて増やした畑は、そのままブドウ畑に転用。収益が上がっているものに投資を増やす。投資なんかやったことないけど。あの時飲んだ新酒は正直微妙だったけど、美味しいワインが作れるようになれば、酒代すら浮きかねん。飲み過ぎには気をつけて頂きたいが、酒造業、頑張ってくれ。
俺個人の話では、今一番迷っているのが家電だ。洗濯機、冷蔵庫、炊飯器。いっそこっちに置いておくべきか?いや、いつかこっちに来れなくなって、持ち帰れなくなったら困る。そして、大型家電を毎回インベントリから出し入れするのも面倒だ。じゃあ、リサイクルショップで安い中古でも買って来るか?いや、どうやって持ち帰るんだ。店員の目の前で、インベントリなんか使えないだろう。ああ、貧乏根性が悩ましい。「いいじゃないか、家電くらい。あっちとこっちで2個ずつ持てば」くらい言ってみたい。野菜と果物だけなら、配るほどあるんだけどな。
まあ、家電を出し入れするにしても、平日考えることじゃない。週末なら多少頑張ってもいいだろう。そうすれば、コインランドリー代も浮くし、コメも炊ける。
ああ、コメといえば、非常食におにぎりでも握っておこうと思ってたんだった。ラップを持って来るのを忘れたな。メモに「ラップ」と「ご飯のお供」と書いておく。こっちで毎日美味いビールを飲むためだ。節約に励もう。
6時起床。よく寝た。あっちでは普通に1日を過ごしているわけだが、こっちでは8時台に帰宅して、6時まで寝ていたことになる。体が軽い。調子に乗って帰り際にも風呂に入って来たので、めちゃくちゃさっぱりだ。さあ、今日も仕事に出かけるか。
満員電車に揺られながら思う。そうか、満員電車じゃなかったら、朝もあっちに行けるのかも。だけど残業は断れそうにないし、結局帰りは遅くなりそうだ。早い電車で通勤して「朝活」ってよく聞くけど、ああいう人たち、一体いつ寝てるんだ?まさか、定時退社などという幻の概念が。
いやしかし俺に限って言えば、電車で寝ている間にあっちで1日のんびりできるわけだ。始業までどこで時間を潰せばいいかという問題もあるが、もっと早起きして早朝通勤、いいかも知れない。一度試してみる価値はありそうだ。
「安積君。今日も手弁当かね」
「うっす」
上長、暇なのか。俺を逐一監視しているのか。
この島で、俺は三席にあたる。次席は出向中で留守だ。後は入社数年の若手ばかり。俺しか話相手になってやれる人材がいない。従って今日も、「なるほど」「すごいっすね」「それで?」を繰り返す。黒酢の話は昨日も聞いた。何なら週に3回は聞いている。しかし、前にも聞いたとか知っているとか、そういう単語は御法度だ。
「それで、そっちのは玄米かね?」
「あ、うっす」
今度は玄米トークにシフトした。玄米は初めてだな。健康食品の
何とか1日をやり過ごし、退社時間。彼はコートを羽織りながら、
「今度黒酢の試供品を持って来るから、飲んでみなさい」
と上機嫌だ。いつもサンドイッチとカフェオレで過ごしていた俺が、昨日今日と手弁当に切り替え、「やっとこいつも改心した」、健康オタク仲間だと認識されたらしい。それどころか、俺を飲みに誘う先輩に、
「たまには休肝日も設けたらどうだね。君も安積君を見習いたまえ」
と援護射撃に出る始末。頼もしいような、波風立てて欲しくないような。俺は、「すみません、今日中に仕上げちゃいたいんで」と手を合わせ、彼らを見送った。そして、良い頃合いで帰路に就いた。
9時台に家に着いても、10時にベッドに入れば、朝の5時まで7時間。食事も風呂も、あっちで済ませることが出来る。今の俺、めちゃくちゃ健康的な生活ではなかろうか。いや、あっちで別の1日を過ごすと、酒は飲むわ飯は食うわで、果たして本当に体に良いのかどうか分からないが。アプリに潜るようになってから、心も体も調子が良いが、単にハイになっているだけかも知れない。いずれにせよ、俺はこの二重生活にワクワクしている。辞める気がないなら、諦めて潜るだけだ。
こちらの世界は、相変わらず良い天気。窓を開ければ、村人が忙しそうに働いているのが目に入る。
「おーい、ユート様〜!」「ユート様〜!」「おはようございますユート様〜!」
気付いた村民が、大声で手を振ってくれる。有り難い。
俺がこっちを空けている間に、栗鼠族の引っ越しは完了したようで、住民増加とそれに伴う機能解放のログがざっと流れて来た。どれどれ、何が出来るようになったのか、確かめてみなければ。しかし、先に風呂に入ってしまいたいな。残っていた作物を引き上げ、空いた畑全てに薬草を植え、階段を降りて風呂に向かおうとしたその時。
「ユート様。折り入ってお話が」
玄関に現れたのは、天狼族の村長アレッサンドロさんに、栗鼠族暫定リーダーのベニートさん。
「村長、どうしました」
「村長などととんでもない!村長はユート様です!いえ、村長では生ぬるい。神!まさに神でございます!」
いや、そういう崇拝は怖いから。宗教じゃないから。てか、もうアレッサンドロさんが村長でいいじゃん。村長やってよ。
「いや、取り乱しました。実は内々のお話なのですが…」
真剣な面持ちの二人。玄関先でする話でもなさそうだ。俺は、彼らをリビングに案内した。
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