第21話 コインの行方

 とりあえず朝のコンビニに立ち寄り、ATMへ。週末散財し過ぎた。財布が空っぽだ。本当は、昼休みに近くの支店まで行けばいいんだが、なんせ弊社は昼メシ5分チャージ、外線バンバン、昼休みって何ですかってヤツだ。毎回手数料が勿体ないと思いつつ、昼にデスクを空けられないヘタレな社畜。


 これで給料日まで残り2万円。大丈夫だ、定期はある。引き落としの諸々は給料日後。まだ舞える。最悪水は飲める。死ぬことはないはず。そう思いつつ画面を操作すると、残高が思ったよりも多い。何故?


 首をかしげながら、とりあえず2万円を引き出して来る。ついでにミントタブレットも購入。そしていつも通りに席に着き、銀行アプリを起動。俺が残高を勘違いしていた?それとも、弊社から金一封でも?いやいや、それはない。そして取引画面にログインし、俺が見たものは。




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お振込み ユート農場 50,000

振り込み手数料 △330


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「はぁっ?!」


 危うくインベントリから取り出したコーヒーを倒しそうになった。


 思い当たることと言えば、1つしかない。あれだ。『コインを取り出しますか?』だ。そして、何でわざわざ口座情報を入力させたのかが分かった。コインを取り出すってこういう意味だったのか?!


 ああ、朝のオフィスとはいえ、俺が奇声を発したものだから、周囲の視線が痛い。週明け、ついに発狂したと思われたろうか。ある意味そうなんだが。


 しかし、俺が取り出したコインは5,000コイン。これは、薬草を1時間で1面育てた時に得られる額だ。それが、日本円で50,000円。ということは、1コイン10円ってことだ。薬草1株500円と言われると高いのか安いのか分からないが、最初に栽培した人参なんか1本1コイン、10円だ。安過ぎないか。いや、生産者価格はそんなものなのかもしれない。農業って厳しいな。


 まあ、そんなことはどうでもいい。問題は、この正体不明の振込をどうするかだ。もうすぐ確定申告。幸い弊社は、副業禁止ではない。しかし、税務署に申告するとして、この出所の不明な怪しい振り込み、どう処理すれば。


 慌てて始業ギリギリまでスマホで調べたところ、どうも雑所得20万円までなら申告不要らしい。ホッと胸を撫で下ろした。ある日いきなりアパートにお役人さんがやって来て、どこかに連れ去られた挙句に懲罰を受けるとか、そういう不名誉な事態は避けられる訳だ。俺だって説明出来ない。アプリの中に入れるんです、とか、コインを取り出したらこうなったんです、とか。どうやったって信じてもらえないだろうし、俺だってそんなの聞かされたら「コイツ何かヤってるな」って思っちゃうもん。


 とりあえず、『コインを取り出す』のは、1年で20,000コインまで。いや、怖いから19,999コインまで。これらは大事にビール代に充てよう。すぐ無くなっちゃいそうだが。




「おや、安積君。手弁当かね」


「あっはい」


 昼時、上長が目ざとく俺の弁当に気付いた。まあ手弁当と言っても、野菜と細切こまぎれ肉を焼肉のタレで炒めたものと、玄米だが。


「若いのに感心だな。男も40を超えるとガクッと来るからな。健康に気を付けるのは大事なことだ。私は毎朝黒酢を」


 ああ、有り難い御高説が始まった。俺は時折弁当を食べる手を止めて、「なるほど」「すごいっすね」「それで?」を繰り返す。キャバ嬢の処世術を侮ってはならない。それっぽい相槌は大事なスキルだ。こんなムサいアラサーだって、わずかながらでも効くんだから。


 月曜日、どこの会社も忙しいものだが、今日は無事に乗り切った。やはり、日曜日1日をあっちの世界で3日、のんびり過ごしたのが良かったらしい。いつもいかにぼんやりとして頭が働いていないか、つくづく思い知る。帰り際、早めに支度を済ませた俺に上司から声が掛かるが、「ちょっと野暮用で。お先に失礼します」と振り切った。月曜なので、彼らもそれ以上深追いして来なかった。


 信じられるか?まだ7時台だ。お陰で電車が混み合っていて、座ってのんびりスマホゲームとは行かないけれど。早速一杯やったサラリーマンが乗り込んで来て、ほんのりと居酒屋の良い匂いがする。普段なら、ちょうど会社で非常食を齧りながら残業に追われているところだ。腹が減ったな。軽くつまめるおにぎりとか、握っておくべきだった。


 史上最速で我が家に辿り着き、いち早くシャワーを浴びようとして、手を止める。そうだ、全て向こうでやろう。あっちにはジャグジーがあり、ビールがあり、ゆったりとした時間と癒やしがある。俺は着替えもそこそこに、急いでベッドに潜った。




 新しい朝が来た。爽やかな朝だ。家中の窓を開け、ベランダから村民に手を振りながら、まずは発泡酒をプシュー。空腹に冷えたビールが染み渡る。本当はこんなの良くないんだろうが、背徳の味には勝てない。


 とりあえず、つまみに昼と同じ野菜炒めを取り出す。素人仕事の野菜炒めは、キャベツの芯がゴリゴリしていて、食感も不揃い。だが、オフィスで食べるとあんなに味気ないのに、ここでビールと共に流し込むと、何故こんなに美味うまいのか。


 駆けつけ1本空けて、畑仕事を始める。まだ畑に残っている作物は全て収穫を済ませ、植えられるだけ薬草を植えて。まさかこの薬草が1面5万円なんて、リーマンをやってるのが馬鹿らしくなる。しかし小心者の俺には、リーマンを続けながら細々とアプリを遊んでいるのがしょうに合ってる気がする。いずれ詳しいことは詳しい人に聞いてみるとして、今は素直に二重生活を楽しむことにしよう。


 さて、畑の拡張もせいぜい1日1面〜2面に落ち着いてきた。面積が爆発的に増えるのは序盤だけで、本来スローペースのゲームだ。それより、村のレイアウトについてアレッサンドロさんに相談してみないとな。そう思っていたところ、彼の方から家に訪ねて来るのが見えた。


「ユート様。その、栗鼠リス族にございますが…」




 彼に先導されるがまま、住民居住区へ案内される。こういうのは二度目だ。しかし前回と違うのは、既に広場には栗鼠族の男たちが居たということ。


「ゆ、ユート様ですか。以前はおさが失礼致しました…」


 おや。栗鼠族って横暴なオスばっかじゃないんだ。


 例の騒動以降、村の中に居着いた栗鼠族の女性と子供たちは、元の集落に農作物を運んでいた。今こっちがどういう季節なのか分からないが、「ブドウはまだ当分手に入らない」と言っていたから、実りの季節でないことは確かだ。生活事情は順調とは言えないのだろう。俺も持って行ってやれと言ったことだし、彼らはひどく恐縮していた。


 問題は、食糧を運んで来る者たちに「自分たちだけ良い暮らしをしやがって」と、例の族長たちが乱暴を働こうとしたことだ。しかし、「施しを受けておきながら暴力を振るうなど」と、大多数の栗鼠族が彼らを守った。そこで少数の屈強な族長派とその他大勢という形で、栗鼠族が割れてしまったそうだ。


 族長派以外の男衆からは、村民になった栗鼠族の女子供を安全に行き来させるため、護衛が選ばれた。そして彼らを村まで送り届けたところ、一緒に入れてしまったと。


「こんなことを言えた義理ではないのは分かっております。しかし、二度と族長たちの横暴を許すつもりはありません。どうか、女子供、年老いた者たちだけでも、この村に住まわせていただくわけには参りませんでしょうか…」


 彼らは深々と頭を下げた。


 いや、村の中で犯罪を働くような事さえなければ、俺としては一向に構わない。村民が増えるのはウェルカムだ。そう言うと、栗鼠族たちはぺこぺこと頭を下げていた。


「で、家は何軒くらい建てたらいい?」


「「「おお、ユート様!何と慈悲深い!」」」


「言うたであろう。ユート様は神のようなお方。努々ゆめゆめ敬意を忘れるでない」


 いや、アレッサンドロさん。何でそんな得意気とくいげなの。馬鹿にされるのは嫌だけど、教祖みたいなのはやめてくれ。とりあえず、新たな栗鼠族は50名弱らしいので、サクッと20軒ほど建てておいた。余ったら、また移民が来た時に使ってもらえばいいし。


 俺が村民を受け入れるのは、そういうゲームだからだ。畑を増やし、作物を増やし、いろんな実績を解放したら、住民が移住して来ることになっている。そして人口が増えたら、また新しい機能が解放され、村が発展していく。俺だって、早く人口を増やしたいんだ。とりあえず、宿屋と食堂。こっちで娯楽が増えれば、それだけ俺の楽しみも増えるということだ。


 栗鼠族と天狼族の男衆が集まって、早速護衛の相談を始めていた。こっちで手に入るものはいいとして、必要最低限の貴重品や生活必需品を持って、みんな安全に越して来て欲しい。


 それにしても、厳しい状況で生き抜くには、強いリーダーってのは必要なんだろうけどさ。悪いが、乱暴者は平和ボケした日本人には荷が重すぎる。暴力反対。

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