第20話 農家の住宅(中)

 家は二階建てになった。なるほど、二階のベランダからは、今までよりももっと広く農村を一望出来る。今度からは、このベランダが農作業基地だ。


 家の中を隅々まで探検する。とはいえ、そう変わった様子は見られない。一階の作りはほぼそのまま、寝室が二階になったくらいか。水回りが一階なので、逆に不便になったかも知れない。


 しかし嬉しいのは、その水回り。お風呂がちょっと広くなった。小さいながら、ジャグジーが付いている。そして、ランドリールームが出来た。この間、物干しのことを考えていたけど、最初からパイプが2本渡されている。ハンガーさえあれば、いつでも干せそうだ。窓を開けておけばすぐに乾きそうだし、何ならインターフェイスに「室内乾燥」の文字が。コインを入れれば部屋干し出来そうだ。わお。


 そうして家中を見回っていて、気付いた。


 ———コンセントがある。




 コンセント?!コンセントだって?!


 ちょっと待て。こっちで電気が使えるようなら、話はガラリと変わって来る。まず洗濯だ。向こうで洗って持って来るだけじゃなくて、洗濯機をこっちに置けば、洗濯から乾燥まで全部こっちで出来ることになる。それどころか、スマホの充電にパソコン仕事に…いや、仕事なんかしたくない。そして電波は届いていない。だけど、冷蔵庫にタブレットにゲーム機に…こっちで稼いだコインで電気が使えれば、電気代はほぼタダみたいなもんだ。マジか!


 まあ、ワンルームの独り者が節約できる水道光熱費なんて、たかが知れている。しかし、たかが数千円、されど数千円。あとどれだけこっちの世界と行き来出来るか分からないが、10ヶ月だと数万円だ。バカに出来ない。何たって弊社、もう何年も賃上げしてないんだからな。


 あっちに帰ったら、早速インベントリに洗濯機を入れて持って来よう。いや、こっちに来られなくなった時のことを考えて、毎回出し入れすべきか?ああもう、そんなことは後で考えよう。こっちで洗濯乾燥が出来る目処が立っただけでエクセレントだ。


 あと、こちらで節約するといえば料理。いずれこちらでも宿屋や食堂がオープンするはずなんだが、それまで野菜の下ごしらえや皿洗いなんかを手伝ってもらえないだろうか。そう思って、コインを取り出したいと思っていたんだ。何やら銀行口座の登録が必要だってんで、向こうで入力して来たんだが。


 コインをタップして、『取り出しますか?』に『はい』と答えると、『___コイン △▽』という表示が出る。俺はとりあえず5,000コインを指定して、『OK』ボタンを押した。すると、今度はちゃんと『コインを取り出しました』というメッセージが表示されたが、一向に何も現れない。家のどこかに現れるのかと思って探したが、どこにも見当たらなかった。インベントリにもない。バグか?しかし、コインの残高はちゃっかり減っている。そういえば、パン屋では「仕事終わりにカウンターの隅にひっそり積み上げられている」と言っていたな。もしかしたら、次にこっちに来た時に、テーブルの上にでも出現しているのかも知れない。




 気を取り直して、今回ものんびりと畑仕事と畑の拡張。そういえば、五穀米の素を買っていたのを思い出した。雑穀を育てれば、鶏の餌にならないだろうか。もちろん、米に混ぜて炊いても赤飯みたいで美味うまいんだけど。


 こうして見渡すと、小さいけれど良い村だ。何となく成り行きで、目の前に畑を作り、林側に家を建て、裏手に小川を置いて今の形になってるけども、実は置けるオブジェクトは少し増えている。道、水車、公園、集会場など。いずれ村民にはかって、村作り計画を立てなければなるまい。


 いいな、俺の村。さっき乾杯の時、ユート村と言われてちょっと面食らったけど、ユート村、ユート農場。うん、悪くない。今は村の発展拡張のため、少々不恰好だけどひたすら効率良く畑を回すために機能的な配置にしているが、いずれ牧歌的な理想の農村をレイアウトしてみたい。この家もだ。どうせしばらくしたら、またアップグレード出来るからって家具も置かなかったんだけど———最初から必要最低限の家具は置いてあるけど、そのうち住み心地のいい家にしたい。まあ、それには金がかかるから、ずっとずっと先のことだけどな。


 ああ、こっちの人生は順風満帆。いい風に吹かれながら、バルコニーからアイコンをタップしてスワイプして、コインが増えたら畑を増やす。村民が楽しそうにブドウを収穫したり、畑の手入れをしたり、洗濯物がはためく姿や子供が遊び回る姿を眺めながら、発泡酒のプルタブを開ける。こんな人生がずっと続けばいい。ずっと。




 しかし時は無情にも過ぎ去る。覚悟を決めてベッドに飛び込めば、アラームの鳴る直前のワンルーム。おはようございます。月曜日の社畜です。


 いや、今朝の俺は、先週までの俺と違う。まずパンだ。あっちで焼いて来た。コーヒーも淹れて来た。そして風呂にも入って来た。寝起きだというのに、異様に小ざっぱりしている。


 満員電車も割と苦にならない。いや、しんどいのはいつも通りだが、まず荷物が極端に軽い。ほとんどインベントリに入れているからな。そして、日曜1日で3回もあっちに行ったんだ。実質連休を過ごしたに等しい。ランチももう買わなくていいしな。コンビニには行きたいけど。


 いつもの満員電車、死んだ魚のような目をした月曜の乗客たち。俺もそのうちの一人だ。だけど、俺がいつもとちょっと違うのを、俺のほかには誰も知らない。

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