第19話 日曜日三度目のダイブ

 俺は足早に、まっすぐスーパーへ。有精卵、あった。お高い玉子は、割と遅くまで残っている。


 ダメだダメだと思いつつ、発泡酒もゲット。明日から平日だ、買い物に出る余裕などない。向こうで飲むアルコールは確保しておかねば。


 そして100均。フードコンテナの追加分と、割り箸を買って来た。作った飯を会社で食うなら、割り箸が必要だ。あと、余裕があればコーヒーやお茶でも持っていけばいいんじゃないか。俺はついでにフタ付きの紙カップも買った。コンビニのテイクアウトっぽいヤツ。これで明日からの社畜飯は、多少マシになるだろう。




 帰宅後、改めて玄米をフードコンテナに詰め替え、炊飯器の釜を洗う。あっちで使った調理器具や皿はあっちで洗って帰ったけど、改めて食洗機が欲しい。こっちでは、洗う場所も乾かす場所もない。


 そうだ、状態保存されるなら、あっちでパンを焼いて入れておけば、優雅な朝食になるんじゃないだろうか。朝食も作り置きしておかねば。


 そういえば、あっちのパンだよな。ナンみたいな原始的…というか素朴なパンで、シチューにでも浸して食べたら美味しいんだろうけど…そうだ。ナンといえばカレーだ。最近カレーはずっとレトルトだったけど、久しぶりに作ってもいいかも知れない。小分けしとけば、いつでも熱々のカレーが食べられるじゃないか。そしてナンに合わせるといえば、カレーはカレーでもルーじゃないヤツ。いっそインドカレーを自作してみたらどうだろうか。スーパーのカレーコーナーには、自作用のスパイスミックスが売っていたような。いや、粉じゃなくてタネ状のヤツなら、畑で殖やせるかも知れない。ああ、こんなの沼だ。スパイスなんて手を出したらキリがない。だけど、一度カレーの口になってしまうと、どうしても作ってみたくなる。インドカレーのレシピ、ネットで検索してみるか。


 ネットの検索で思い出した。銀行口座の登録だ。アプリを遊ぶのに一円も課金する気はないが、コインを取り出すのに登録しなきゃいけないなら仕方ない。今はこうして自炊を頑張っているが、いずれあちらに宿や食堂を開設したら、俺はそこで食材の下ごしらえや料理を頼むことになるだろう。その時、コインで支払いを済ませられればスムーズだ。彼らなら、「住まわせてもらっているから」と言って無料にしそうだけど、そうは行かない。親しき仲にも礼儀ありだ。もっとも、俺にとってコインなんてタップとスワイプで稼ぐだけ、実質無料みたいなもんだけどな。


 水曜日からこっち、ちょっと財布の紐を緩め過ぎたか。手持ちも残高も心もとない。給料日までは、堅実に過ごさねば。しかし、天気の良い農村で、昼間っから冷えたビールをキュッとやる快感。たまらん。いかんな、贅沢を覚えてしまった。これは早急さっきゅうに村を開拓して、現実世界での消費を抑えなければ。


 もうあちらの生活に慣れてしまい、一人わびしく蛍光灯の下で食事を摂る気にもなれない。俺は6時にアラームを設定し、パイプベッドに潜り込んだ。




「おーい、ユート様!」


 いつものように掃き出し窓を開けていると、村人に呼び止められた。


「新酒ですじゃ!新酒が出来上がりましたぞ!」


 え、早くね?


 急かされるままにサンダルをつっかけて、村の広場まで足を運ぶと、もうそこは既にお祭り騒ぎだった。俺が来るまで、乾杯を待っていたらしい。


「それではユート村の新酒の出来を祝って!ユート様、乾杯の音頭を!」


「は?あ、えっと、じゃあ乾杯…」


「「「乾杯!!!」」」


 突然振られて、アドリブに弱い社畜。しかし俺の乾杯の挨拶なんかどうでもいい。素朴な木のカップに入れられた、白ワインとみられる液体。ワインというより、多少発酵したかもしれない白ブドウジュースのような。だけどみんな、コツコツとカップをぶつけ合っては楽しそうに笑っている。あ、お子様はダメだぞ!ちゃんとジュースにしてる?あっそう。


 後で調べたら、ワインって結構簡単に作れるみたいだ。絞って、濾過して、酵母を入れて発酵させて。作るのに何年もかかるイメージだったけど、季節によるが、大体1ヶ月もすれば発酵は終わるらしい。そしてどれだけの期間発酵させるかは、決まっていない。自由なんだそうだ。


 多分この酒は、完全に発酵が終わったわけじゃないと思う。なんか、ワインというか、変な味。だけど彼らにとって、この村で作った初めての酒なのだ。カットフルーツ買って殖やして、本当に良かった。次は、赤ワインが出来そうなブドウを見つけたら買って来よう。


 そうだ、多分全員集まってるみたいだし、ここで相談しておくべきか。


「「「養鶏場ですとな?!」」」


 有精卵を買って来たので、養鶏場が作れると思う。そう伝えると、皆さんが更に湧き立った。場所はとりあえず、ブドウ畑の向こう側、丘の上。酒蔵同様、働き手がいれば嬉しいんだがと伝えると、早速今日から子供たちが派遣されることとなった。ゲームとはいえ、リアルにニワトリの世話なんて大変かと思うけど、頑張っていただきたい。


 そうこうしている間に、またブドウ畑から「チーン」という音がした。男たちは、待ってましたとばかりに立ち上がり、一目散に畑に駆けて行った。全て収穫すれば、また8時間後に次のブドウが収穫出来る。彼らの酒に賭ける情熱は凄まじい。他の商業施設同様、酒蔵も後々レベルアップして、いろんな酒を作れるようになるのだが、楽しみにしていただきたい。




 さて、男たちが先を競うようにブドウを収穫しているのを尻目に、俺はその奥で有精卵を取り出した。


『養鶏場をつくりますか? はい いいえ』


 よしよし、ちゃんと機能しているぞ。俺は迷わず『はい』を押した。途端に、小学校の片隅のチャボ小屋のようなものと、木の柵が現れた。有精卵2個消費で、オスメス1羽ずつ。有精卵は6個入りを買って来たので、3面だ。こんなところ、野犬でも来れば一瞬で食い散らかされそうなもんだけど、ゲームではそんなイベントはなかった。栗鼠リス族の男たちが村に入れなかった時のように、ここでも謎のチカラが働くと信じたい。


「しばらく鶏が殖えるまでは、このままで。そして鶏が増えたら、卵をもらうようにして」


「わかったー」「お兄ちゃ、ありあと!」「へへ、やるなオッサン」


 オッサン言うな。コイツは、最初に出会った第一村民のアルミロだ。


 それにしても、これで卵が食えるばかりか、ここからもコイン収入が入って来る。村の経営は順調だ。




 村に着くなり一仕事終えて、俺はまた掃き出し窓から畑仕事に戻る。薬草を育てるのも飽きたが、これ以上に収益性の高い農作物は手に入らないものか。商業施設が充実して来れば、また収入も伸びるんだがなぁ。


 それより、村が広くなって、ここから全てのアイコンを操作するのが難しくなってきた。そろそろ拠点を大きくして、見晴らしの良い場所から操作したいところだ。


『農家の住宅(中)に建て替えますか? はい いいえ』


 俺は5,000コインを消費して、『はい』を選択した。

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