第15話 住民増加イベント
俺はアレッサンドロさんに先導されて、民家エリアの端までやって来た。天狼族って言ってたっけ、狼獣人と見られる彼は、見た目は壮年だがめちゃくちゃ健脚だ。俺はついて行くのに精一杯。息を切らして林のそばまで辿り着いたところ、そこには立派な尻尾を持った獣人たちが待ち構えていた。彼らは
「あー、あんたが村長かね。俺らもここに住まわせて欲しいんだが」
代表と見られるオッサンリスが、言い放つ。アレッサンドロさんと違い、随分と横柄な態度だ。
「お前たち。ご足労頂いたユート様に、随分と失礼ではないのか」
「あんだって?アレッサンドロさんよ、天狼族のあんたの顔を立てて下手に出てやったのに、何だこの貧相な男は。人間族の癖に、随分と無愛想じゃないか」
「…」
新しい住人が増えるイベントだとワクワクして来たのに、俺のテンションは一気に萎えてしまった。
「ユート様に敬意を払わない者は、受け入れられぬ。立ち去るがいい」
「あ”あ?!犬っころ風情が、人間族に尻尾振って偉そうにしやがって。まあいい、そんなら実力行使するまでよ。おう、お前ェら」
彼の背後から、人相の悪い屈強なオッサンが何人か飛び出して来た。嘘だろ。尻尾だけは大きくてフサフサだけど、ちっとも可愛くない。これが
「なっ!」
彼らは尻餅をついた。住宅地と林の間には、見えない境界線があるようだ。良かった。ああいう輩が村を荒らすようなら、俺はこの世界を諦めなきゃいけないところだった。
「何だこりゃ!てめェ、フザけんなよ!」
男たちは、体当たりしたり斧を振りかぶったりしたが、壁はびくともしない。天狼族の人たちは、自在に行き来してるんだが。村人認定されているかされていないか、その違いなんだろうか。
「お父ちゃん…」
その時、背後から不安そうな声が聞こえた。見ると、天狼族の子供と一緒に、栗鼠族の子供が壁の外を見ていた。あれ、もう栗鼠族が村の中に入ってたのか?
「元はこの林は、彼らの縄張り。私たちは、一部を借り受けて住まわせてもらっていたのです。ところが、私たちが移住して、こちらで生活していたのを彼らが見つけまして」
仲の良い女子供は、しばらく前から自由に行き来していたそうだ。そして、ここでの暮らしぶりを知った男衆が、今日こうしてやって来たと。
「この辺りは見限りの大地と呼ばれ、実りが少なく生き延びるのは大変です。そんな地に私たちを受け入れてくれて、我ら天狼族は栗鼠族に恩義があります。しかし、ユート様に無礼を働くようでは…」
うん。まあ、それ以前に入れないみたいだけど。
壁の外で騒ぐオッサンたちはひとまず置いておいて、俺たちは村の広場(彼らの住宅地の前の空き地が、彼らの集会場のようになっている)で村人と協議した。俺としては、移民の受け入れはやぶさかではない。既に栗鼠族の女性や子供たちは何度も遊びに来ているらしいので、住みたければ住んでもらってもいいし、何なら家も用意する。農作物だって、自由に持ち出してもらって構わない。だけど、他の村民に乱暴を働いたり、横柄な態度を取る隣人はお断りだ。
天狼族たちは、俺の言い分を受け入れてくれた。そして既に村の中にいる栗鼠族には、天狼族と同じ住居を与えることにした。8名いるので、とりあえず5軒。
天狼族の人口が32名、そして栗鼠族が8名。合計40名が、今の村の人口最大値なのだろうか。だとしたら、とてもラッキーだった。あんな奴らがこの村に住みついたら、たまったもんじゃない。俺の戦闘力はゼロだし。
村の中にいる栗鼠族の皆さんは、俺が瞬時に家を建てるのを見て驚きながらも、申し訳なさそうに新居に案内されていた。彼らも出会った頃の天狼族と同じく、粗末な身なりをしている。ここには、野菜と果物ならいっぱいある。十分に腹を満たして、何なら外の連中にも持って行ってやって欲しい。人間、腹が減ると気が立つものだからな。
栗鼠族の一部を受け入れた俺に、天狼族からも感謝の声が上がった。彼らは義理堅い性格のようだ。しかし、俺が彼らを受け入れたのは、善意からじゃない。人口が増えれば、新しい機能が解放されるからだ。
『酒蔵が解放されました』
『パン屋が解放されました』
『農家の住宅(中)が解放されました』
…
案の定、インターフェイスにはあらゆる機能解放のログが流れ込んで来る。酒蔵、そういうのあったな。ブドウ畑があれば、酒が作れるようになる。ブドウのまま直接コインに変えるより、ワインに加工した方が収入効率がいい。パン屋も同じ。ここで初めて、農業以外に従事する住民が発生して、畑からでなく商業施設からコインを得られるようになる。ちょうど住民が集まっていることだし、早速打診してみよう。
「酒蔵に、パン屋ですかな」
アレッサンドロさんを始め、住民は目を丸くしている。論より証拠、早速空き地に建ててみると、民家と同じ大きさの建造物が2つ。ただし、姿形はまったく違う。建物には最初から、酒樽の看板とパンの看板が付いていて、まるで居抜き物件だ。
「ブドウ畑はまだないから、酒蔵は今のところ開店休業状態だけど。誰か希望者がいれば、ここでパン屋を開いてもらいたいんだが」
「「「おおお!」」」
村民は大いに沸いた。迫害を受けてこの地に逃れるまでは、他種族と街に暮らし、中には商人や職人もいたそうだ。今は各戸でパンを焼いているが、腕の良い者がまとめてパンを焼くようになれば、有り難いとのこと。
「いやあ、ユート殿!何とお礼を申し上げたらいいのか」
「いや、俺もパンが食べられれば嬉しいんで」
そうなのだ。こっちでパンが調達出来るようになれば、パン代すら浮くのだ。
「してユート殿、ブドウ畑が出来れば酒も手に入るようになると!」
そして、半数以上の住民が期待しているのはこっちだ。こっちの世界では、現在ブドウは手に入らないとのことで、「秋になれば必ず」と息巻いている。そういうことなら、スーパーで買って来て栽培してやるか。
最初は栗鼠族の移住で浮き足立っていた村の中だが、あっという間にパン屋の開業が話題の中心にとって変わり、みんな忙しそうに動き始めた。俺は彼らを尻目に、自宅へ戻った。俺は俺で、コメを栽培しなければならない。今日のメインイベントは、そもそもこっちだったのだ。
帰り際、林の方を見ると、壁の外の栗鼠族たちは姿を消していた。村が発展して人口のキャパが増えても、彼らにはあんまり移住して来て欲しくないな。アレッサンドロさんたちは、「天狼族の名に賭けても、ユート様をお守りします」って言ってくれたけど。最初に出会ったのが天狼族で、本当に良かった。
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