第7話 再び夢の世界へ

「あ、ユート様おはようございます!」


 小屋から出た俺を、住人が目ざとく見つける。みんな犬耳の銀髪碧眼で見分けが付かない。尻尾がちょっと違うくらいか。こいつは芝犬のようにカールしている。


 村は村らしくなっていた。いや、畑の位置と配置した家屋はそのままなんだけど、村人が畑の世話をし、洗濯物が家の前にひらひらとはためいて、井戸端では奥様方が洗濯しながらおしゃべり、そして子供が走り回る。おお、家のアイコンと非常口みたいな住民のグラフィックだけでは分からない、この生活感よ。


 こっちは相変わらずの陽気で、空気も美味い。ちょっと散歩に出ようとして、パジャマと裸足であることに気付く。とりあえずパーカーを羽織って、ワニのサンダルを出して。そうこうしているうちに、例のリーダーがやって来た。


「ユート様、おはようございます。三日も眠っていらしたので心配しておりましたぞ!」


「三日?」


 俺が小屋に籠もってから、三日経っていた。小さくて粗末な小屋なのに、住人が中の様子を窺おうとしても、窓の中は真っ暗。ドアも壁も、ビクともしなかったらしい。




 俺が放置して行った作物は、綺麗に収穫されて分配されていた。今は空いた農地を二人一面で手入れしつつ、狩猟と採集は続けているようだ。俺は、新しい作物や果物の種や現物があれば集めておくようにお願いした。リーダーは是非もなく快諾した。


 話をしながら、とりあえず空いている畑に片っ端から作物を植えて行く。彼らが食って行くためには、もっと畑を広げてやらないといけないだろう。俺が食わせてやる義理はないんだが、住人が増えてこそ、あらゆる機能や施設が解放されていく。ある種のお客様でもある。


 言ってるうちに、小麦やらコーン、人参などの早い作物がどんどん仕上がる。俺は例のごとく、ポポポポと収穫しながら畑の面積を増やしていく。やってることは単純作業だが、人参だけを育てるよりもずっと楽しい。そのうちお子様たちが俺に気付いて、こちらに駆けて来た。俺は早速「お母ちゃんに茹でてもらいな」とコーンを渡した。彼らははしゃいで駆けて行った。まるで子犬だ。


 しばらくすると、山のように積み上がる農作物。ごっそり売却しては畑に変え、売却しては畑に変え、飛んだり消えたりせわしない。作業の合間に好きなだけ持って行ってもらっていいと言うと、奥様方がきゃあきゃあ言いながらやって来て、それぞれカゴいっぱいに野菜を抱えて行った。麦は男衆が風車小屋に運んだ。次はいつ来られるか分からないが、最後畑に残して行ったヤツも好きに消費してもらって構わないし、存分に召し上がって頂きたい。




 召し上がるのは、彼らだけじゃない。俺のインベントリの中には、相変わらず作付け用の野菜が入っている。あっちでも取り出せた。ということは、俺はこっちで野菜を生産し続ける限り、野菜には一生困らないんじゃないだろうか。調理という大きな壁は立ちはだかるが、日々のなけなしの給料が少しは節約出来るだろう。ありがたい。


 そして、こちらでの生活も充実させたい。前回は、山のような人参を目の前にしておきながら、結局空腹に耐えかねて、シリアルバーとお茶で空腹を満たした。調理器具が必要だ。あちらでは寝る時間もままならないが、こちらでは畑仕事(という名のアイコンをタップ)しかすることがない。基本放置ゲーだからな。


 とりあえず今出来ることと言えば、農作業小屋をアップグレードすることくらいか。住人には家屋を与えておいて、自分は小屋っていうのも慎まし過ぎるだろう。俺は小屋の上に浮かぶ逆三角アイコンをタップし、『農家の住宅(小)に建て替えますか? はい いいえ』に、迷わず『はい』を選択した。


「おお!」


 農家の住宅(小)は、まさに俺が夢想していた家に近いものだった。鎧張りの外壁、銅板葺きの屋根。縁側のようなウッドデッキに、ポンプの付いた井戸。小さな庭は低い木の柵に囲まれ、非常にファンシーな出来となっている。いいな。実家のプランターすら持て余した俺が、ここにチューリップでも植えたらいいかも知れないなどと思いを巡らせている。


 小屋がいきなり家屋に変わり、どよめく住民を後にして、まずはお家探検だ。向かって右側、南東に玄関。入ってまっすぐに水回りとキッチン。左がリビングダイニング。南側のデッキに面していて明るい。その奥、北西角がベッドルーム。以上、小さな平屋だ。一人で住むにはちょうどいい。


 家具は一通り付いている。だが、モデルルームのように生活感がない。モノが少ないというべきか。てか、電気やガスはどうなってるんだ?分からん。水は前の井戸から汲んでくる感じか。生活排水とかどうしてるんだろう。そんな細部まで作り込まれてるゲームには見えないし、うーん。


 まあいい。とりあえず、ゆったり過ごせそうな拠点は確保した。掃き出し窓を開ければ、デッキ越しに畑と村が見える。爽快な風が吹き抜ける中、俺は遠くに見える三角アイコンをタップしながら、農作物を片っ端からコインと畑に変えていった。

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