第3話 農地を拡張
俺はそれから、人参の栽培を繰り返し、その収益で農地を拡張した。そういうゲームだからだ。農地の拡張は、繰り返すたびに必要なコインが上がって行く。ここには調理手段は何もない。どうせ生の人参なんて食べやしないから、とりあえず人参は植える分を残して、全部コインに変換。
ポポポポ…ドサドサドサ。
カーソルに指を滑らせるたび、自動的に収穫される、山のような人参。スマホの画面でこれをやるのは爽快だった。それが今、3Dで目の前に再現される。めちゃくちゃ興奮する。いい夢だな、これ。
しかし、だんだん飽きてきた。体感30分で、5回収穫。現在畑は30面に拡張、人参は126本ある。とりあえず30本は畑に植えて、96本はコインに変えて。
「オヤジ、こっちだ!」
そうしているうちに、さっきの彼が帰って来た。早いな。彼の背後からは、同じく犬耳を生やした大人の男。
「こんなところに畑が…アルミロ、こちらの方は?」
「畑作った変なオッサン!」
「ああ、保護者の方ですか。私は安積…いや、ユートと申します」
こらクソガ…お子ちゃま。オッサン言うな。そしてフルネームを告げようとして思いとどまった。ここはゲームの世界。ならば俺も登録ネームの方がいいだろう。
「ふむ、ユートさんか。ところで人族がこんなところで何を?」
「見ての通り、畑作ってます。…あ、もう5分経ったか。失礼」
俺は宙に向けて指を滑らせる。
ポポポポ…ドサドサドサ。
「な、変なオッサンだろ!」
「な、な、」
ドヤ顔のお子様、そして腰を抜かすパパン。どうでもいいけど他の作物の種、持ってませんかね。
とりあえず6回目の収穫を終えて、7回目。事情を話す片手間に、人参はどんどん生産される。しかし畑の拡張は、繰り返せば繰り返すほどコストが上がっていく仕組み。最初は1面10コインだったのが、50、100、200と上がり、今では500コインもする。増加率が鈍って来た。やれやれ。
「しかしこれほど大量のワイルドキャロットが、現れては消え、現れては消え…」
「そういうタイプのゲームじゃないんですか?」
「
何だか話が噛み合わない。この夢の中の住人は、ゲームの仕組みを知らない仕様なのか。まあいい。知ってる前提で話を進めるのは止めよう。とにかく人参は飽きた。
「ええとご覧の通り、俺はこうして畑に作物を植えて、
さっき野生の人参でも行けたしね。パパンは「ううむ」と唸った後、元来た道を走り去って行った。
「なあ、変なオッサン」
「オッサン言うな」
残されたクソガ…お子様が、泥だらけの手でジャケットを掴む。やめろ。
「なあ、変な兄ちゃん。これ、どこまで畑にすんの?」
「さぁなぁ。乗り換えで目が覚めるまでかなぁ」
日本人の超能力。それは降りる駅の直前で、何故か目覚めるスキルである。
「ノリカエ?」
そんな会話を交わしながら、俺は手持ち無沙汰に人参を植え、収穫し、畑を拡張する。パパン、走って行っちゃったけど、何か持って来てくれるんだろうか。そんなことをしているうちに、9回目の収穫。これで畑が45面、そして1面あたりの拡張費用が1,000コインに跳ね上がったところで、
===
チュートリアル終了。拠点を開放します。
===
パパーンというそっけない
「うわっ!オッサン、小屋!」
「オッサン言うな」
学習しないお子様だ。
しかし小屋を建てたはいいが、本格的に人参生産業に飽きて来た。なんせ同じ作業の繰り返し、畑の拡張スピードも大幅に鈍化。こういうスマホゲーは、最初だけサクサク進むように出来ていて、次第にあらゆる作業に時間を要し、時短課金アイテムを売りつけようとする。俺みたいな無課金ユーザーは、隙間時間に遊ぶから面白いのだ。真面目に人参を植えるのを一旦やめて、俺は小屋の中を探索する。
スマホの画面では、小さなアイコンが表示されるだけだった。外見は確かにあの小屋と似ているが、画面上ではかなりデフォルメされていて、実際は小さいが立派な木造家屋。工事現場のプレハブくらいの大きさ。中には素朴な作業台と丸椅子、そして農具なんかが置いてある。
ゲームの中では、作物を蓄えておくための施設だった。コイツのキャパが小さいと、いくら作物を育てても収穫できず、生産がダブついてしまう。だけど今のところ、作物は即コインに変えて畑の拡張に使っているから、拠点のグレードアップはもうちょっと先かな。しかしレベルが上がって上位の拠点が開放されると、コイツは次第に農家の家屋から豪農の邸宅、そして城のような建造物にグレードアップして行く。城に住みたいとは思わないが、一人農家でのんびりスローライフ、ちょっと憧れる。
そんなことを考えているうちに、外から複数の足音が聞こえてきた。息を切らして走って来たのは、アルミロのパパンと数人の男たち。
「あんた、ここで畑を作ってるって、本当か!」
本当も何も、見ての通りですが。そしてパパンは、先ほどまで存在しなかった小屋を見て、また腰を抜かしている。慣れようよ。君、この世界の住人なんだから。
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