第2話 よくできた夢
そうか、これは夢だ。
電車でふとうたた寝すると、壮大な夢を見ることがある。会社でうっかり書類を提出し忘れたと思ったら、次の瞬間には奉行所のお
しかしこの夢は、当たりなんじゃないか。うららかな陽気、広々とした草原。遠くには山々が
しかも、夢である一番の証拠。それは、俺の視界の正面斜め上に、オレンジ色の下向き三角アイコンがプカプカ浮かんでいることだ。これはアレだ。さっきまで遊んでいた、スマホゲーの夢だ。わお、何てラッキー。ずっとこのゲームの世界に住んでみたかったんだよね。もうすぐ乗り換えだけど、それまではこの世界を満喫したい。
「なあ、オッサン」
半身を起こしてブツブツ呟く俺に、お子様が業を煮やしたようだ。彼はこのゲームの住人だろうか。ゲームの中では、住人たちは非常口のアイコンみたいな姿でしか表示されなかった。実際は、こんなファンシーな生き物だったのか。
いや、住人の姿はどうだっていい。ここがゲームの世界なら、始めなければならない。農業を。
「君、作物の種、持ってる?」
「…はぁぁ?」
今度は彼が「は」だ。
「いやいやいや。君、この世界の住人だろ。種か苗か用意してくれなきゃ。まずはチュートリアルがお約束でしょ」
「チュ…何言ってんの、オッサン」
オッサンはやめんかこら。
彼は「変なオッサンに声掛けちまった」などと呟きながら、しかし辺りをきょろきょろと見回し始めた。そして、
「腹減ってんだったらそう言えよ。何もねェけど、ほら、ワイルドキャロット」
そう言って、雑草を一本引っこ抜いた。根っこはひょろりと長く、何というかベビーキャロットのような。お前、泥だらけのそれを食えというのか。いやしかし待てよ。
手に取ると、視界には小さなウィンドウがポップした。
『栽培しますか? はい いいえ』
そうか、これが最初の作物か。ゲームの中では、最初からインベントリに種がいくつか入っていたが、夢の世界ではこんなやりとりの末、栽培作物が手に入るんだな。俺は迷わず「はい」をタップした。すると、斜め上の三角矢印が物言いたげに明滅を始めたので、指を伸ばしてタップの動作をした。三角は、10メートルほど向こうに浮いていたが、一瞬ピタッと静止したかと思うと、その下約10メートル×10メートル四方が、いきなり畑に変わり、
「…はぁぁ?!」
犬耳君の声が30デシベルほど上がった。いや、これゲームだから。こういう仕様だから。中の住人が驚いちゃってどうすんの。畑の上には、ストップウォッチのアイコン。人参は割と初期の作物なので、実るまでに5分だ。順調に
チーン。
『収穫しますか? はい いいえ』
ベルの音と共にポップしたウィンドウ。迷わず「はい」を選択。すると畑からは丸々と太った人参が独りでにズボズボと抜け、ポポポポ…という
ああ、これがやってみたかった。作物がたった数分で大量に実り、画面に指を滑らせるだけで、全て俺のもの。最高だ。植えられる人参が増えたため、三角のカーソルの数が増えた。最初の畑にしたところの上下左右(東西南北?)にプカプカと浮かんだ三角が、「畑を拡張しますか?」と言っている。それぞれ、拡張するためにコインが10枚。人参1本1コインなので、50本のうち40本を売り払い、4箇所拡張。そして5本をそれぞれ畑に植え、手元に残ったのは5本。
「君、人参要る?てか、他の作物の種、持ってない?」
俺は彼に人参を2本手渡した。ケチくさい気もしなくもないけど、ベビーキャロットが肥え太った立派な人参に化けて、しかも倍に増えたんだ。このくらいでいいだろう。しかし、
「…」
彼は目をガン開きにしたまま、口をパクパクしている。食べたいのかと思い、土を落として口に突っ込んであげると、手を
「おまっ…この!一体これは何なんだよ!」
おや。人参はお気に召さなかったみたいだ。牙も見えるし、肉食だったかな。しかし、その辺に生えている人参を引っこ抜いて、そのまま渡して来たのは彼だ。こっちの世界の住人は、生のままで食べるのかと。
「こうしちゃいられねぇ…オヤジ呼んで来なきゃ!」
彼はそう叫ぶと、林の方に駆けて行った。そうか。ゲームの中では、作物を作って耕作地を広げると、いつの間にか住人が増えて行くんだけど、こういうシナリオが用意されていたんだな。さすが夢。結構楽しい。
さあ、次の人参が収穫出来そうだ。この調子で、どんどん畑を増やそう。
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