【完結】なぜか俺だけ農村シミュレーション

明和里苳(Mehr Licht)

第1章 なぜか俺だけ農村シミュレーション

第1話 スマホゲームで農村シミュレーション

(お、実ってる実ってる)


 スマホの画面には、たわわに実った果実。スルスルと指を滑らせれば、ポポポポ…と音を立てて、それらの果物がインベントリへと吸い込まれていく。


 たまたまSNSの広告に出てきた、農村シミュレーションゲーム。クオリティはお察しだ。だけど、システムが単純なのが良かった。無課金でものんびり遊べる。建設中の倉庫はあと8時間で建つ予定だが、そんなものは時短アイテムなんぞ使わなくともあっという間だ。なんせこちとら社畜。遊べるのは、昼休みと帰りの電車の中くらいなのだから。


 さて、収穫した果物を市場へ出荷。麦はパン工場へ。小売店からの売り上げを回収して、ああそろそろ橋も建設出来そうだな。サンドイッチをカフェオレで流し込みながら、5分。俺の唯一の楽しみは終了した。開いたままの表計算ソフトから、プレゼン資料にグラフを貼り付ける。15時までに仕上げなければ。しかし作業を再開した途端、外線からコールが入る。昼休みなんてお飾りですよ、お偉いさんには分からんのです。




 昼休みに建てた倉庫は、既に帰りの電車では出来上がっていた。これで小麦の作付面積を増やすことが出来る。遅い時間の快速は、座れるのが救いだ。昼みたいに急いで作業をこなす必要がない。貯まった資金で、橋を建設し、ようやく大都市と繋がる。経済活動も活発になり、移住者も増えるだろう。そうすると、農業一辺倒ではなく、他にも産業を興す余地が出て来るな。橋が出来るまで三日。楽しみだ。


 スマホの中の人生は、すこぶる順調だ。作物や家畜を育て、出荷し、収益で新しい畑を開墾して、インフラを整備して、人を呼び寄せて。毎日薄給であくせく働き、昇給もないまま若さと体力だけが消費されていく俺の人生と比べて、なんと羨ましいことか。そう思うなら、スマホゲームなんかやってる時間があれば、資格でも取って転職すればいいのだが、夢くらい見てもいいじゃないか。


 一通りの作業を終え、ほう、と溜め息をつき、まぶたを揉む。乗り換え駅までまだ少しある。座席に体を預け、しばしの休息だ。まだ水曜日。目を閉じれば、あのグラフが脳裏をチラチラと掠める。嫌だ、もうあんなの見たくない。


 俺、このまま社畜やってて、いつまで持つだろうか。こんな日々があと10年20年と耐えられるとは思えない。朝はパンをインスタントコーヒーで流し込み、昼はおにぎりかサンドイッチを流し込み、そして夜はスーパーの割引弁当かコンビニ弁当。うん。3年後すら想像できない。なら思い切って転職でも、と思わなくもないが、同業他社はどこも似たようなもん。何なら、うちの方がよほど待遇が良いくらいだ。


 いっそこのゲームみたいに、田舎に越して農業でもやるか?だが現実は、このゲームみたいに上手く行くわけがない。タップ一つで畑が耕されて、種まきもオート、収穫もオート。雑草の一本だって生えやしない。実家のプランター家庭菜園だって辟易したのに、俺がそんなの務まるはずがない。


 でも、ああ、いいなぁ。


 見渡す限り、延々と広がる黄金の小麦畑。振り返れば、小さいながらも居心地の良い我が家。庭には愛犬と、ニワトリと、数頭のヤギ。そしてその奥には、たわわに果実を実らせた果樹。三角印のカーソルを滑らせると、豊かな実りは全て俺のものだ。


 弊社の実績も、収益予測も、稼働率も、全て頭から追い出して。心地良い振動と規則正しい走行音に身を任せ、俺はしばし空想の中へ旅立った。




 はずだった。




「オッサン、誰」


 頬に当たる硬い感触と無遠慮な声に、不意に意識が浮上する。しまった、乗り過ごしたろうか。


 しかし、目を開けばそこは草原。先ほどまでスーパーの閉店間際だったはずなのに、頭上には燦々と陽光が。そして俺を覗き込む、粗末な格好をした子供。白い髪に青い瞳、そして頭上には三角の耳が生えている。


「…は?」


 通勤カバンを抱きしめたまま、俺は素っ頓狂な声を上げる。


「この辺で見ない格好だけど、何それ」


 子供は、木の枝でツンツンと俺をブッ刺している。


「…はぁぁ?」


 何、これ。そして、お前こそ誰よ。

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