第7話 「デートの誘い」



 家に帰ると、玄関で両親と話しているアイツの姿があった。 


 両親、特に母親が目を輝かせて嬉しそうだ。

 父はこちらに気づくなりサムズアップしてきた。


「ねぇねぇ、アナタこれって、あれよね、あれ」


「きっとそれだ、そうに違いない」


 幼馴染ユリとの会話でテンションを上げる両親。

 一体なんの話題なのかと、ユリに後ろから声をかける。


「あ、ソラ! お帰り!」


「うぉっ!?」


 両親の前でも構わず抱きつかれる。

 二人が「アラー」と陽気な反応をしていたが、そういう関係ではないことを証明するために彼女を強めに引き剥がす。


「急に抱きつくなよ!」


「じゃ、いつならいいの?」


「金輪際無しにして頂きたいな!」


「ぷっ……おばさん、おじさん、この子恥ずかしがっているだけなので」


 こら、父さんと母さんに何を吹き込んでいるんだ。やはり、こっちが強めに突き放したのが要因なのだろう。前よりもしつこさに磨きがかかっている。


「そんな事より、こんな時間になんでウチの玄関にいんだよ?」


「ユリちゃんね、今夜一緒にご飯を食べることになったの。椿木さん方からも電話をいただいたし、空も喜ぶと思って」


 母が言う。


 悪気はないんだろう。

 ただ俺がユリに対して抱いている暗い感情を知らないだけ。

 側から見たら仲の良い幼馴染同士で完結しているだろうが、コイツと同じ食卓で同じご飯を食べているのを想像すると腹が痛い。


 ただ、帰れともハッキリ言えない。

 ため息を吐きながら頷くしかなかった。


「そうだな、昔からの馴染みだし今回だけは上がるのを許可してやるよ」


「ふふ、正直じゃないんだからっ」


 腕に胸を押し当ててきやがった。

 尋常ならぬ不屈の精神の持ち主であるユリに半ば恐怖すら感じる。

 ここで断ったらスキンシップが激しくなりそうだ。


 不幸なことに今晩ユリと食事を取ることになった。





 ————






「ふはぁ! やっぱソラのお母さんの料理美味しいなぁ。うちには無縁なぐらい温かいし、私もここに住めたらな」


 強引に部屋に入ってきたユリ。

 流石に追い出そうとしたのだが力負けして現在に至る。

 遠慮なく俺のベッドの上に倒れ込み、幸福そうな表情を浮かべていた。


 俺のような人種なら喜ぶシュチュエーションだが、それが幼馴染のユリだと考えるだけで吐き気がしそうだ。


 時々チラチラと視線を向けてくる彼女に迷惑そうな顔を作りながら、帰るよう訴える。


「うわっ、変な顔、きもー」


(チッ)


 伝わってないようなので心の中で舌打ちをする。



「いくら幼馴染だからって遠慮ぐらいはしろよ。他人の家の中だぞ」


「ええ、おじさんからは『我が家と思って寛ぎなさい』と言っていたから遠慮はしないよ?」


 うん、父さんにも悪気は一切ないだろう。


「リビングでテレビでも見てこいよ。俺の部屋にきたって面白いことなんか一つも無いぞ」


 ムスッとしながら言う。

 こんな無愛想な男を追いかけるんじゃなく、女子に人気なあのサッカー部の先輩と付き合えよ。


 そんなことを考えていると、


「そうだね。けど変な趣味の絵で埋まった、気味の悪いあの部屋と比べたらマシになったじゃん」


 彼女の言葉で顔が一瞬だけ引き立ったが、勉強机の方へと向かい表情を見られないようにする。


「いらないよソラにはあんなの。もっと明るい世界で生きた方がいいよ、あんな暗い部屋ではない………私の傍で」


 唐突に耳元で甘い声をかけてきたユリの方へと振り返ろうとしたが、回された腕でガッシリ動きを止められてしまう。

 後ろから抱きしめられたのだ。



「ねぇ、今週の土曜日空いてない?」


「………理由をまず言えよ」


「私、もっとソラと関係を深めたいの」


 ユリはおっとりとした口調で言った。

 首筋にあたる吐息にゾワリと寒気が走る。


 部屋に招き入れた時点で危機感を感じていた、やはりこういう展開になってしまうのか。


「ねぇ……デートをしよ。明後日、土曜日に」


「………」


「いいよね?」


 すべてが思い通りになる。

 失敗することが頭の片隅に微塵もない。

 そんな緊張のない表情をユリはしていた。


「良いよ」という答えだけを期待して待っているのだ。

 だが俺の答えは決まっている。


「ごめん、用事があるから行けない」


 腕を振り解き、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめながら告げた。


「……!?」


 期待していた言葉ではなかったことにユリの瞳からハイライトが消える。

 唇をわなわなと震えさせていた。


 それでもユリは諦められないのか、虚な瞳をこちらに向けながら問いかけてきた。


「な………なんの用事よ?」


「お前に話す必要はない」


「いいから……隠す必要ないじゃない? 幼馴染でしょ……怒ったりしないから……ほら、言ってよ」


「……あのさ、そうやってしつこく聞いていれば易々と教えてもらえるって勘違いしてないか? 自分の頼みなら誰も断らない、きっと自分の思い通りになる。そうやって慢心してないか?」


 机を叩き、立ち上がる。

 まだ現実を直視できてないユリを見下ろしながら、怒り混じりの声で不満を次々に吐いてみせた。


「成功者のお前には、俺みたいは人間の意思なんか関係ないってか? いい身分だよな、他人の心を踏みにじっても罪悪感なんか微塵も感じる必要はない。そうやって俺らを隅に追い詰めて、自分らの有意な立場を確保する」


「え……ええと……」


 自分が気に食わなければ躊躇いもなく人の夢を破って捨てられる女を誰が好きになるのか。

 部屋の扉の方に指をさしながら彼女に告げる。


「帰れよ……お願いだからさ」



 目元から涙を零しながらユリは無言のまま扉から出て行く。下から彼女を呼び止める母の声が聞こえたが、開けっぱなしの扉を閉じてからベッドに倒れ込む。

 両耳を塞ぎながら思いだす。

 音楽室で幻想的な歌声で練習を重ねるアヤメの姿を。


 ちょっぴりだが、心が鎮まっていくのを感じた。




 ———






 椿木家の玄関前。

 想い人をふたたび怒らせてしまったことにユリは後悔していた。何故なのか、見当もつかないがユリは涙を左手の袖で拭いながら、もう片方の手でスマホを開く。


 あるアプリが開き地図が表示される。

 地図にはピンが一つ刺さっていた。

 光の消えた虚な瞳でそれを凝視しながらユリは下唇を噛んだ。


 ピンが示すのは、想い人のいるすぐ隣の家だった————

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