第10話 エルフ再び

 ドワーフたちが二次元沼にハマって一ヶ月ほど。


 彼らは元来脳筋派だ。好奇心も旺盛だが、体を動かさないとどうにも落ち着かないらしい。基本的に勤勉な気質もあいまって、しばらくするとそれぞれの仕事に戻って行った。その代わり、夕方になれば焚き火を囲んで酒を飲みながら屋外スクリーンでアニメの上映会、休みの日には目一杯趣味を満喫した。彼らは人生の楽しみ方が上手い。


 結局、基本暇にしているのは私だけになった。ちぇっ。




 ドワーフたちも、ずっとここに留まるわけには行かないだろう。いずれ修行を終えたら、故郷に帰って国を支える人材となるのだ。そうなったら、私はどうしようかな。彼らなら喜んで私をドワーフの国に連れて行ってくれる気がするが、果たしてそこまで世話になっていいものか。なんせ、私はこの世界の異物なのだ。


 そういえば、彼女らが押しかけてきたのは、彼らが便りも寄越さずに半ば行方不明だったからではないか。全員、消息を連絡しなくてもいいのだろうか。ヘリで飛べば移動にそう時間はかからないとは思うが、あんなもんで飛んでいったら騒ぎになるに違いない。夕方相談してみようか。


 なんとなぁく、そんなことを考えながら、敷地の中をブラブラ歩く。ヘリは今、一人乗りの小さいのが一機、四人乗りのが一機、武装ヘリが一機、軍用ヘリが一機。それぞれ、数百万、数千万、数億、数十億。シュトゥルム、大人の階段を登り過ぎである。そういえば、みんなで乗るなら、輸送用じゃないとダメなのでは。ネットで見ると数億、割とお買い得。お買い得と思ってしまう自分の金銭感覚が怖い。




 などと思案しながら歩いていると、視界の端に異物が映った。


 白い上質な布に、金色の縁取りを施した、きらきらしい服装の男が、結界の外に立っている。後ろには、付き人と思われる地味な色のローブをきた男。


 金髪、碧眼、長い耳。またしてもエルフ族である。




 キラキラ男は、こちらに気づくと、何を思ったのか五体投地を始めた。お付きの男は慌てているが、キラキラは一向に気にしない。


「あのー、あんた…何やってんの?」


「あんたとは何事だ、この無礼な女め!」


 地味男が激昂したが、キラキラが強い口調で諌めた。


「黙りなさい。お前はここまで来た目的を忘れたのですか」


 キラキラはひれ伏したままこちらに向き直り、続けた。


「お初にお目にかかります、新しき魔の森のあるじよ。私はフィルス・ド・リュミエールでございます。此度は、我らエルフ族があなた様に働いた数々の無礼について、謝罪に参りました」


 そして、ハハーッと、額を土に擦り付けた。


 あまりのシュールな画に、「エルフって仏教徒なんだ。へー」などと現実逃避していたが、後ろでワナワナしていた地味男が、またギャンギャン騒ぎ出した。


「御子よ!このような薄汚い人族の小娘に、何をそのような真似を!頭をお上げください!」


 ピキピキッ。コイツらホント何なの。マジブチ切れそう。


 キラキラは一旦男の方を向き直って、男を指差した。すると即座に男に落雷し、男は倒れ沈黙した。


「新しき魔の森の主、失礼いたしました。弱き者ゆえ、あなた様の圧倒的な力と美しさを理解できなかったのです。私の責です。どうぞお赦しください。」


 そういって、またハハーッと、額を土に擦り付けた。


 コイツちょっとヤバい。




 ミニマップを見ると、付近にいるのはどうもこのキラキラと地味男の二人だけらしい。そして地味男は赤いが、キラキラは黄色い点で表示されている。敵対する気がないということだろうか。しかしドワーフたちは青で表示される。油断できない。


「魔の森の主、改めまして、この度は我らエルフ族があなた様に多大なご迷惑をおかけしました事、心よりお詫び申し上げます。」


 結界の壁を挟んで、こっち側に椅子、あっち側にはビニールシートを出して勧めた。一応椅子も出したのだが、頭が高いと言って座らなかった。会談にはお茶と茶菓子が付き物だろうと、ペットボトルのお茶とお煎餅を出した。アレでしょ、エルフって動物性の食べ物を受け付けないとか。あ、「持ち帰って国宝にします」とか、やめたげて。伊○園さんも越後○菓さんも困るわ。


 キラキラ、もといフィ…ナントカ。地味男は御子って呼んでたな。


「で、御子さんが言いたいのはそれだけ?うちはノーダメだし、別にもういいんだけど。エルフってそんな(地味男)エラソーなヤツばっかだし、もう関わりたくないんだよね」


あるじ…!」


 キラキラ御子は泣きそうになっている。なんなんだ、そのチワワのような目は。




 そこへ、落雷の音を聞いて、武装したドワーフ6人が駆けつけてくれた。


「何が起こったんじゃ!」


「ミドリ、大丈夫なの?!」


「なんじゃこの男は」


「またエルフか!帰れ帰れ!」


「ちょっと待って、このエルフ、ハイエルフ…いや、エンシェントエルフ…?」


 えっ。


「エンシェントエルフといえば、エルフを束ねるよわい数千を重ねる伝説のエルフ。おのれ、総大将からお出ましとは…!」


 ドワーフたちは若干怯みながら、それでも戦いの構えを崩さない。なんていいヤツ。


「お待ちください、ドワーフどの。私は、フィルス・ド・リュミエール。エルフ族を代表し、新しき魔の森の主に無礼をお詫びに参りました」


 キラキラは、わざわざビニールシートから土の上に戻り、五体投地を始めた。




「なんとのう、そういうことであったか」


 北側の結界を挟んで、私とドワーフ側、エルフ側で輪になって、はからずも会談となった。ドワーフは最後まで警戒していたが、どうやらフィ…ナントカの御子はマジで謝りに来たらしい。それは分かった。謝罪は分かったから、もう帰っていただいて結構なんだけど、なんと彼は、ここに住みたいらしい。


「主様のご迷惑になるようなことはいたしません。このそばに庵を建て、この場に留まり、仮にエルフ族がこの地まで到来した場合、私が交渉役となり、主様に危害を加えぬよう、家臣の末席に加えていただきたく」


 お前は何を言っているんだ。


「主、一目見た時からあなたに決めておりました!どうか!」


 テレビのお見合い番組かよ。


「エルフの重鎮が、何を言っとるんじゃ」


 ごもっとも。


「えー、じゃあ、私があるじということで、あなたに命令したらいいんだよね?」


「何なりと!」


「じゃあ、エルフの森に、ハウス!」


「そんなあああ!!」


 チワワがまた、プルプルし始めた。




 結局、しおらしいことを言いながら、キラキラは帰らなかった。なお、お付きの地味男はキラキラがここに住むことを伝令しに、森へ帰って行った。伝令だけなら魔法でどうにでもなるらしいが、要は厄介払いだ。キラキラを一人残しておくことを良しとしない地味男は猛烈に抵抗したが、


「主に無礼を働くものを側に置いておけるはずがあるまい」


 と、にべもなく切り捨てた。容赦無く落雷を食らわせるあたり、コイツ冷徹で容赦ない。地味男をバッサリやって、返す刀で


「主!御命令を!」


 と、キラキラチワワに変貌するのであった。解せぬ。




 私は私で、本当は暇で仕方ないんだけど、エルフに構ったら負けな気がする。好きにすれば、と言うと、キラキラは本当にその辺に庵を建てて、移住してきた。


 庵を建てると言っても、精霊魔法だか植物魔法だか、その辺に手をかざすと、木が場所を開け、変形し、どこからかツルが伸びてきて、まもなくツリーハウスのようなものが形成された。何それ超ファンタジー。


 食べ物は、基本必要ないらしい。その他排泄行為や洗濯なども必要ないそうだ。エルフもエンシェントエルフほどになると、どちらかというと精霊に近い存在で、物質界に存在はするものの、エネルギーの循環などはすべて魔素というか魔力というか、そういうもので事足りるのだそうだ。仙人かよ。

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